第33話 王子の力に
ミラベルは村はずれに住むために購入した荷馬車に乗り、ブランディ侯爵家へ急いだ。ブランディ家にも王宮が焼き討ちされた話は伝わっていて、皆がこの国の行く末を案じ国王が変わってしまうのだろうかと、心配で居ても立っても居られない様子だった。ミラベルの顔を見た時には、無事だったことを心から喜んだ。仕事が休みだったら田舎の家へ行っているのではないかと、一縷の望みを抱いてミラベルの無事の知らせを待っていた。下手に王宮のそばへ寄り様子を見ていたりしたら、盗賊一味に狙われてしまうから捜索をすることすら危ぶまれた。特にヘーゼルの心配は尋常ではなかった。
「村はずれの林の向こうのやせた土地に家を建てたのでそこで畑仕事をしていました」
「田舎の家にいてくれたら、と願っていました。あの時王宮にいなくて本当によかった。皆さんは無事なのでしょうか?」
ミラベルは声を潜めていった。
「これは極秘事項ですが、王子様は昨夜私の家へ逃げてきました。王宮から隠し通路を通って外へ出て私の家へやってきました。お願いがあります! このままでは盗賊一味とグレーシア公爵に国を乗っ取られてしまいます。グレーシア公爵が王位を狙っています。彼らからウォルナー王子を守り、王家を復活させる手助けをしてください」
ミラベルは彼らを説得して、何とかウォルナーを元の王子に戻したかった。彼のためだけではなく、暴挙に苦しむ町の人々のためでもあった。ブランディ家にとっても決断のいることだった。もし失敗に終われば、新王朝に謀反を企んだものとして処分されてしまうかもしれない。命がけの決断だ。
「どうかお力をお貸しください。何でもしますから!」
ブランディ侯爵が腕組みをしてじっとテーブルの一点を見つめている。一家の今後の運命がかかっているから軽はずみの選択は許されない。バナーヌ夫人も何も言い出せないでいる。ピスタがそんな重苦しい雰囲気を打ち破るように言った。
「何とかできないのか? このままじゃこの国は盗賊たちに支配されてしまう。この国のすぐ隣にはパイン王国があった。メローネ大国よりずっと大きな国だ。そこから兵士を派遣してもらったらどうだろうか!」
「ピスタ、よくそんなことを思いついたな。勿論ただでは動いてはくれないだろうから、それなりの対価は掛かるだろう。しかし、今の状況とそれを打開するための手段だということを説明すれば、動いてくれるのではないか!」
二人の話を聞き、ブランディ侯爵は眉間にしわを寄せて考え込んだ。隣の国の国境まで、どのぐらいあるだろうか。無事に超えることができるだろうか。まさに命がけの行動になるだろう。しかしここでじっとしていても、状況を変える事はできない。
「僕は何とかしたいと思う。この国の中にも雇うことができる兵士もいる。父さんはできるだけ兵士を集めてくれ。僕がウォルナー王子とともにパイン王国へ頼みに行ってくる。僕だけで言っても相手にされないだろうから」
バナーヌ夫人は、さらに心配そうな顔をして、そこに集った一人一人の顔を見ている。皆が命懸けの戦場へ出て行こうとしている。できる事なら、そんなところへ誰一人行かせたくない。
「私も一緒に参ります。街を出てからずっと田舎暮らしをしていました。馬にも乗れるようになりましたから、どうか連れて行ってください!」
「僕と、ウォルナー王子、ミラベルさんで馬に乗り、傭兵を雇い国境を超えましょう。準備が出来次第連絡します。それまでは、家に隠れていてください。僕たちが協力していることを誰にも悟られないようにしましょう。父さんそれでいいだろう。母さんも心配だと思うが、細心の注意を払って動くから心配しないで待っていてくれ!」
「わかった、気が気ではないけど仕方がないわ。こんな時ですから……」
「私が無理やりお願いしたせいで、大変なことに巻き込んでしまい申し訳ございません」
ミラベルは深くお辞儀をして皆にお礼を言い、屋敷を立ち去った。広大な屋敷の周りには、人影一つ見えず、嵐の前の静けさのようだった。ミラベルは帰りに、レーズンおばあさんの小屋へ立ち寄った。早く無事だったことを伝えたかった。
「おばあさん、王宮が大変なことになってしまったんです」
「ああ、私も街でうわさになっていたので、市場でそのことを知ったよ。街からいなくなった盗賊一味の仕業ではないかと言い合っていたが、真相はだれも知らないようだ。しかし、奴らを見たものがいて、グレーシア公爵家の方へ向かっていたと言っていた。公爵家に隠れているようだ」
「おばあさん、ありがとう。ものすごい貴重な情報です。ちょっと耳を貸してください。誰にも知られてはならないことなので……」
「ふむふむ……」
ミラベルは先ほどブランディ侯爵家で話した内容と計画について告げた。レーズンおばあさんは驚き心配したが、やはりやらなければならないことなのだと納得してくれた。
「お前たちのような若いものが動かなければ、何も変わらないからね」
「ものすごい危険なことだということはわかっているの。でも私たちがやらなければならない!」
「分かっているよ。私のような年寄りは足手まといになるから、ここでおとなしくしているよ」
ミラベルが帰ってから、早速ブランディ侯爵は、協力してくれる貴族たちに連絡し傭兵を集められるだけ集めていた。こんな時にもブランディ家の財力は物を言う。ヘーゼルは、彼らの仲間たちに遭遇しないで国境まで行く道順を考えていた。グレーシア公爵邸へ通じる道を通らないで行くことが出来そうだった。
ミラベルもレーズンおばあさんに報告してから、王子の待つ田舎の家へ急いだ。人里離れた土地だが、外へ出れば誰の目があるかもしれない。王子は一人で心細い思いをしてミラベルの帰りを待っていた。
ミラベルは、周囲に誰もいないことを確かめてから、鍵を開けそっと家のドアを開けて中へ入った。入ってすぐの居間には王子の姿はなかった。寝室のドアをノックした。
「私です、ミラベルです」
「ああ、良かった。どうぞ」
「王子様もご無事で、良かった……」
王子はミラベルに駆け寄り、手をしっかりと握りしめた。無事に帰ってきたことを喜び、安堵の溜息をついた。ここにいる間も、恐怖感が薄れることがなかった。
「ミラベルさん、僕は覚悟を決めました。最後まで戦うことにします!」
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