第31話 ブランディ家の援助
王宮へ着くと早速王子の部屋へ行きそのことを告げた。王子は何代も前の祖先について、話には聞いたことがあったが、祖先が王になる前にこの辺り一帯を支配していたオーク家についてはあまりよく知らなかった。ここへ来た時には、以前の城は大方破壊され、現在の場所も荒野だったということぐらいしか知らなかったのだ。国を立て直すために立ち上がった貴族の一族だったということは、王家に語り継がれていた。ウォルナー王子も父王からそのことはよく聞いていた。しかし、以前支配していたオーク家の事や、グレーシア公爵がその末裔だということは全く想像がつかなかった。舞踏会に乗じてプルーナ嬢を王子に近づけ、王維奪還を狙っていたとは、誰も知る由がなかった。この話は王と王妃にも伝えられた。名前を変えているのではということは、想像に過ぎなかったが、そう考えると彼らの行動はわかるような気がする。その事はプルーナには秘密にしておいた。しかし、盗賊と彼女の監禁状態は続いていた。
「王子様、王宮はいつになく緊張に包まれていますね」
「ああ、以前ミラベルさんが言っていたことを思い出した。僕は剣術の稽古をすべきだった。今までは平和だったが、いつ何が起こるかわからない。今からでも間に合うだろうか」
「はい、体力はおありになりますので、是非剣術の指導のできる方について、練習を積まれるとよろしいかと思います」
「明日からでも早速練習に取り掛かります」
翌日から、ウォルナー王子は練習に励んでいた。部屋にいることは少なくなり、食事の時間以外はあまり会えなくなった。王や王妃は、その様子を見て喜んでいた。結婚の話が消えてしまったが、今はその話題どころではなくなっていた。
ミラベルは、王子からもらった謝礼をもって大工のところへ行き、台所と寝室一間だけだった小屋を、もう一部屋増やして欲しいと頼み込んだ。追加料金を払うと、急ぎで家を建ててくれることになった。大工たちは急ぎミラベルの家の工事に取り掛かり、数日後には完成してしまった。荷物は、農夫に借りた作業用の荷馬車を使って運んだ。元々家財道具などはほとんどなかったのだが、食事に使う道具などを買い込み引っ越しもあっという間に終わった。これでいつでも、住むことができると思うとホッとした。両親は住み込みの仕事をしているので、暫くはミラベルだけがその家に住むことになる。レーズンおばあさんに一緒に引っ越してこないかと提案したが、おばあさんは住み慣れた小屋を離れたくないのだという。ただし、新しい家は更に街からは離れていて王宮へ通うには遠すぎる。暫くは休日のみそこで過ごすことにした。
盗賊に押し入られた事件から一か月ほどが経っていた。ミラベルは普段はレーズンおばあさんの小屋から通い、休日は自分の家で過ごすという生活をしていた。すこしずつ生活に必要なものを買い揃え、不自由なく生活できるようになっていた。
仕事からの帰り道、ミラベルは帰りに遠回りになってしまうが、ブランディ―家へ寄ることにした。ブランディ家では皆が夕餉の食卓に着いていた。突然の来訪にもかかわらず歓迎してくれ、そこで夕食までご馳走になった。
「ミラベルさんが自分からここへ寄ってくれるなんて、珍しいなあ」
ピスタが嬉しそうに、夕食を頬張りながら言った。
「久しぶりだから今日は一緒に夕食を食べよう」
「申し訳ありません。突然夕食の時間にお邪魔してしまって」
「いいからいいから。今日はお客様としてゆっくり座って食事をしてください」
「わあ、ありがとうございます」
ヘーゼルも舞踏会以来なので、懐かしそうだ。
「この間街へ行ったときに昔のミラベルさん一家が住んでいた仕立て屋を覗いたのですが、例の一味の姿がありませんでした。錠がさしてあり、中へ入ることはできませんでしたが、あいつらどこかへ姿をくらましたのでしょうか。何かご存知ですか」
「ええ、あの連中も関係したある事件が起きました。美しいプルーナ様の従者が王子様に突然刃を向けたのです。その情報を前もって得ていたので、事前に警護の兵を増やしていたおかげで事なきを得ました。」
「そんな大事件が起きたのですか。王宮にいらっしゃった方々はみな無事だったのでしょうか?」
「お陰様で、怪我をしたものもなく盗賊たちを捕らえることが出来ました」
「協力できることがあったら、力になりますよ」
ヘーゼルが真剣な面持ちで言った。
ブランディ―伯爵と、バナーヌ夫人もなにかできることはないかと考えた。
「僕たちが直接手を下すことはできないが、傭兵を雇って派遣することはできる。
必要でしたらお力になりたいと、王様にお伝えください」
「私たちも王様には大変お世話になっていますので、協力させていただきたいわ」
二人は、ミラベルに是非王に伝えるよう頼んだ。
「このことは、他の方にはご内密にお願いします」
「もちろんです、私たちを信頼して話してくださったんですからね」
「それでは、私はそろそろお暇します」
「もうあたりは真っ暗でしょうから、ヘーゼルに馬車で送らせましょう」
「突然お邪魔して、ご親切にしていただいてありがとうございました」
「またいらしてね」
ミラベルは、ヘーゼルと共に馬車で小屋へ向かった。仕事のある日はレーズンおばあさんの小屋へ帰ることになっていた。ヘーゼルに送ってもらうのは二度目だった。もう夜になり、ランプの明かりをつけてやっと見える暗い道を進んだ。月明かりとランプの明かりだけが頼りで、馬車はゆっくりと進んだ。
「悪党どもが水面下で動いている。どんなことでもいい、何か変化があったら僕に伝えてくれ。できる限り力になるから。伊達に体力をつけているわけじゃないんだ」
「そう言っていただけると心強いです。私も細心の注意を払って、周囲の様子を探ることにします」
「しかし本当にこの辺りは夜になると真っ暗だなあ。夜道を歩く時は気を付けてくださいよ。変な奴らがまだこの辺りに隠れているかもしれない」
「ヘーゼル様、恐ろしいことを言わないでください。一人で帰れなくなってしまいます。いつも月明かりとランプの明かりだけを頼りに歩いているんですから。ああ、そうそう。ヘーゼル様にもお知らせしなければ」
「何でしょうか」
「私、自分の家を建てました」
「おお、すごいですね。たくさん稼いだのですね。どこですか」
「農場の林の、そのまたずっと向こう。ほとんど人の住んでいないような荒れ地です。いつまでもレーズンおばあさんの家に居候しているわけにはいかないと思って」
「素晴らしいですね。どんなところでも自分の城ではありませんか」
「いつもお世話になっているので、ご連絡しておこうと思って」
「話してくれてありがとう」
「それでは、ここからは歩いていきます」
ミラベルは、雑木林の前で降りて曲がりくねった道を歩いて小屋へ帰った。
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