第29話 襲撃
一週間が過ぎ、いよいよグレーシア公爵令嬢のプルーネが、婚礼の打ち合わせに王宮を訪ねる日がやってきた。プルーネ嬢は馬車に乗った従者二名に先導され、侍女と共に美しい馬車に乗ってやってきた。馬車から降りたプルーネ嬢は出迎えの執事に挨拶をし、従者や侍女と共に王宮に入った。出迎えの使用人たちは、入り口で並んで挨拶をしたが、ミラベルが見たところ舞踏会で見た時と同じように上品で美しく、何か企みがあるようには思えなかった。自分が聞いた男たちの話が嘘であってほしいと思いながら、出迎えた。
執事の指示で、一行は控えの間へ通された。隅々まで塵一つ無いように掃除され、調度品は輝くように磨かれていた。これから起こることが恐ろしく、自分はどう動けばよいのか見当もつかなかった。ウォルナー王子のそばに控えているようにと言われているだけだった。盗賊一味が狙っていることは、ウォルナー王子と一部の使用人しか知らなかった。どこからどういう経路で入ってくるのかわからなかったし、知っていていることを隠せず、表情や言葉に出てしまうものがいるのではと王子が危惧したからだ。控えの間以外のいたるところに、兵士が隠れて、緊急時はすぐ出て行けるように準備していた。それもここへ出入りする人々には悟られないように十分な注意を払って控えていた。廊下を歩く使用人は企みを聞いている者も聞いていないものも皆一様に通り仕事をしていた。
ウォルナー王子とプルーナ嬢は、面会をするための部屋で会うことになっていた。そこで婚礼の打ち合わせをすることは、相手にも伝えられていた。ウォルナー王子は、緊張の面持ちでその部屋へ入って行った。いつも部屋で着ている緩い服ではなく、体にぴったりとした上着とズボンを履いていた。しかし飾りがなく、いざとなった時に動きやすいものを選んだ。ウォルナー王子も執事や、従者などを控えさせソファに座って準備が出来てプルーナ嬢が入ってくるのを待っていた。プルーナ嬢は、薄い桃色の柔らかいシルクのドレスを着て、髪を結い美しい銀色の髪飾りを付けて止めていた。肌は透き通るように白く、瞳は南国の海のような透明な青い色をしていた。舞踏会に招かれた多くの女性たちの中から王子が選んだだけのことはある。
ノックの音がして、執事と共にプルーナ嬢一行が部屋へ入ってきた。飲み物などを持っていくメイドは、メイド頭のクランとミラベルが担当することになっていた。執事からの連絡を受け、二人はお茶を持って後から部屋へ入って行った。ウォルナー王子は歓迎のあいさつをし、プルーナ嬢と握手を交わした。皆の挨拶が終わり、椅子に座って、結婚式当日の打ち合わせが行われた。衣装を着けて馬車で街の中心にある教会で式を挙げ、再び街の人々が街道沿いで祝福されながら王宮に向かうことになっていた。その時の事細かな動きを連絡した。ミラベル達は、部屋の片隅でかたずをのんでその様子を見守っていた。何かが起こるのではないかと、お盆を持った手には汗がにじんでいた。いつもと違う表情をしているのではないかと、悟られないようできるだけ顔を下に向けていた。話はどんどん進み、佳境に入っていた。取り越し苦労をしただけで、このまま何事もなく終わるのではないかと思った。打ち合わせがすべて終わり、次は着付けをすることになっていた。
静かに扉が開き、仕立て屋が数人入ってきて、プルーナ嬢に挨拶をして一歩前へ進んだ。プルーナ嬢が立ち上がったその時だった。仕立て屋と思われたうちの一人が剣を抜いた。彼らの動きを常に観察していたウォルナー王子は、その瞬間の動きを見逃さなかった。
「プルーナ様の、命をお預かりします!」
剣を抜いた一人が、プルーナ嬢の手を掴もうとした。プルーナは後ずさりしていた。これでは自分から離れてしまうと、王子は大きな手ですかさず彼女の手をぎゅっと掴み自分の方へ思いきり引っ張った。彼女は後ろへ下がろうと抵抗しているようだったが、最近体を鍛えて筋肉を付けた王子の力にはかなわなかった。
「プルーナ様、こっちへ来るんだ!」
「あっ、ウォルナー王子様!」
プルーナ嬢を人質に取ろうとした仕立て屋に扮したその男は、予期せぬ動きにうろたえていた。しかし、目的を達成しなければならないと思ったのか、大声で怒鳴りつけた。
「金目のものは頂いていく。仲間も来ているんだ、抵抗しなければ、命の危険はない!」
その言葉を合図に、廊下に控えていた盗賊の仲間が数人中へ入ってきた。ミラベルとクランは、王子に指示された通り、王子の後ろで従者と執事に扮した兵士たちの後ろに回った。本物の剣を見て恐ろしさに体が震えた。刃物をこちらへ向けている男はミラベルが農道で見た二人組ではなかった。目の前にいる男はその男たちに雇われた兵士のようだった。数人の兵士たちが中へ入ってきたが、王子の後ろに控えていたのも執事に変装した兵士だったので、ソファの後ろに隠してあった剣を抜いて、王子を守ろうとした。そこへ、何かあった時のために他の部屋で準備していた兵士が応戦し、挟み撃ちの形になった。予想外の多くの兵士たちに取り囲まれて、もはや盗賊の仲間たちは数人では太刀打ちできななくなった。剣を振るってきたものは、王家の側の兵士に返り討ちにされ、あまりに多くの兵に取り囲まれ降参してしまったものもいた。怪我をしたものも含めて、結局全員が捕らえられ牢に入れられた。ウォルナー王子は、捕らえた男たちの命だけは助けてあげることを条件に、事の真相を聞きだした。
「誰の指図でこのようなことをしたのだ!」
「街の市場を陰で支配している一味に雇われたんだ。うまく宝を奪い取ってきたら、大金をもらえることになっていて、絶対にうまくいくからとつい話に乗せられてこんなことになってしまった」
「先ほど、プルーナ嬢の手を掴もうとしたな。俺はお前の動きを見逃さなかった」
「お分かりになったんですね。プルーナ嬢を人質にとれば、王子様が手出しをできないので、その間に宝石などのありかを聞き盗み取ろうとしたんです」
「プルーナ嬢をもし人質に取っていても、我々が言うことを聞かなかったらどうするつもりだったんだ」
「そんなはずはないからと言われました。王子様は、プルーナ様にぞっこんだから、彼女を守るためならこちらの言うなりになるだろうと」
「もし、我々が、かまわず抵抗していたら、プルーナ嬢を殺してもよいと言われたのか?」
「いいえ、お嬢様には、手出しをするなと言われました。我々の仲間だからと……申し訳ございません。これですべてお話いたしました。命だけは助けてください!」
先ほど剣を出して意気込んでいた盗賊の姿とはとても思えず、すべてを話して命乞いをする姿が情けなかった。
「やはり、グレーシア公爵とその令嬢プルーナもお前らとグルだったんだな」
「やはりって、ご存じだったのですか?」
「いいや、俺の勘だ。良く話してくれた。命だけは助けよう。しかし、お前たちはこの事件の証人だ。釈放するわけにはいかない。この事件の決着がつくまで暫く牢に入っていてもらおう」
盗賊人たちは、一様に俯いて命乞いをしていた。しかし主犯格の盗賊はここへは現れず、雇った者たちだけに仕事をさせたので、捉えることはできなかった。主犯格の者たちを捕まえるまでは油断はできないと、ウォルナー王子は気を引き締めた。盗賊たちの証言を聞き、ウォルナー王子はプルーナ嬢を返すわけにはいかないと判断した。
「プルーナ様、あなたの従者たちはなぜ僕に刃を向けたのでしょう? あなたは彼らとお知り合いなのではありませんか?」
「いいえ、滅相もございません。私あなたに刃を向ける商人など存じ上げません。父の知り合いでもございません。本当に私は、あの者どもとは何の関係もございません」
「そんなはずはないでしょう」
「えっ、どういうことでしょうか?」
「あなたは、あいつらが刃を向けた時、僕の方ではなく後ろへ下がろうとしていた。後ろへ下がって人質に取られるつもりだったのでしょう。しかしそれを察知して僕が先にあなたを無理やりこちらへ引き寄せた。想定外の事が起きてしまって、慌てていました」
「いいえ! 後ろへ下がってあいつらから逃げるつもりだったんです! 信じてください!」
「もうおしまいです。あいつらがすべて白状しましたよ。自分の命と引き換えにね。命だけは助けてあげると言ったら、盗賊たちとグレーシア公爵が組んでいることや、あなたもこの計画を知っていて協力していたのだということを話しました。ですからあなたをお返しするわけにはいきません。こちらで預からせていただきます!」
「お許しください! 私は何も存じませんでした! 牢に閉じ込めるだなんて、そんな恐ろしいことをしないでください!」
「僕と結婚すれば、王国も王宮も宝石も皆手に入るのに、なぜそんなことを考えたんでしょうね。もう正直にお話しください。もうあなたと結婚することはありませんから」
「……そうですか……結婚しても私がここにいなければ、私のものではないではありませんか。所詮、私個人のものではなく、すべて王国の物です!」
「よく分かりました……あなたの本心がお聞きできてよかった。あなたと結婚しようとした気持ちはきれいさっぱり消えました!」
ウォルナー王子は、美しいプルーナ嬢の本心を聞き失望すると同時に、こんなことが見抜けなかったのかと自分自身にも失望していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます