第28話 馬車に揺られて
「わあ、すごい豪華ですね!」
「何を驚いているんですか?」
「王宮の馬車ってこんなふうになっているのですね。内装も美しいし、座り心地も最高です」
「ああ、馬車に感動しているんですね」
「はい、馬車に乗るのは何か月ぶりでしょうか。遠くへ行く時しか乗れませんでしたから」
「そんなに喜んでくれると、乗せてあげる甲斐があります」
「素晴らしいです! それに物凄く速いです! 馬車ってこんなに凄いの乗り物だったんですね!」
ミラベルは、ふわふわした座席の座り心地を堪能し、窓を通り過ぎる景色の移り変わりの速さに感嘆の声を上げていた。景色はどんどん通り過ぎあっという間に王宮の敷地を出て田園景色に変わった。見ると、ウォルナー王子はミラベルの様子を見て笑いをこらえているようだ。
「よっぽど馬車に乗れるのが嬉しいんですね」
「どういうことですか?」
「僕と一緒にいられることより、馬車に乗れることが嬉しいんだなと思って」
「馬車に乗れるのも感動ものですし、王子様と乗れたらこれ以上の感激はありません!」
「本当ですか?」
「本当でございます」
ウォルナー王子までが初めて馬車に乗った子供の様にはしゃいで隣に座っていた。いつもはくたくたになりながら歩いて帰る道が、あっという間に窓の外を通り過ぎてゆき、見る見るうちに雑木林のそばまで来ていた。
「僕と一緒に乗れたのも嬉しいって言ってくれたから降りてもいいよ」
「まあ、王子様。ありがとうございました」
「いつもこれだけの道のりを歩いていたんだね。大変ですね」
「ええ、まあ。仕方ありません」
馬車から降りて、ミラベルは窓から手を振る王子の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。周囲を見回しても、昨日の二人組は見当たらなかった。ほっとしてそのまま雑木林の中へ入って行った。
一人で歩きながら、ウォルナー王子の事を考えていた。面白そうに王宮で働らくようにミラベルに声を掛けてきた王子、ことあるごとにミラベルに話しかけては、かかわろうとしてくる。挙句の果ては、女性にもてるような魅力的な王子にして欲しいと頼んできた。彼の真意は何だろうか……もしや、自分のことが好きなのでは。ミラベルは考えれば考えるほど答えが出なくなった。そして自分の気持ちは……王子のことが好きなのでは。しかし、それをお互いに認めてはいけない立場にあるから、伝えられないし、二人とも伝えてはいけないと思っている。
小屋にたどり着いた時に、その答えにたどり着いた。しかし、すぐに入ることが出来ずじっと考え込んでいた。小屋の前で考え込み、結局考えても何も自分にはできないことがわかり、それならいっそ成り行きに任せることにした。
「ただいま、レーズンおばあさん」
ミラベルは元気を取り戻していった。レーズンおばあさんは、夕食の支度を終え、ソファに座って居眠りをしていた。起こしてはいけないと、そっと毛布を掛け一人で夕食を採ることにした。鍋からおかずをすくい、パンを食べながらミラベルはあることを考えていた。
食事をする音でレーズンおばあさんが目を覚ました。
「あら、ごめんなさい。よく眠っているようだったので、先にいただいていました」。
「いいんだよ。いつの間にか眠ってしまったようだ」
「疲れていたんですね。私お金もたまったことだし、田舎に小さな家を買いたいと思っているんです。ウォルナー王子様からもたくさんお金を頂いたし、このままおばあさんの家に居候しているわけにもいかないので」
「ふ~ん、自分の家ねえ。村はずれのそのまた先の林の向こうに人が入っていない土地がある。荒れた土地なので、作物もあまり育たないようで、村人たちも住んでいないんだ。でもそこなら家を立てることができそうだ。荒れた土地とはいっても、これから耕せば何か作物ができるかもしれないし、ヒツジやヤギを飼うことはできる」
「私そこに家を建てます。場所を教えてください」
「どれどれ地図を書いてあげよう。ここが家の小屋で、ここが農場で、その向こうの林を抜けて、大体この辺りだな」
「分かりました。街の大工のところへ行って、頼んできます」
「じゃあ、一緒に行ってあげるよ」
「わーっ、おばあさんありがとう!」
ミラベルはいずれは小さな家を建てて独立して出て行かなければと思っていた。街に住むのは怖かったので、ほとんど人の来ないような土地に住めるのはうってつけだった。そうしてミラベルは、今までためたお金を持って、街の大工のところへ行き家を建ててもらうことにした。大工に設計図を書いてもらったのだが、予算も多いわけではなく台所と、寝室のある小さな小屋のような家だったが、誰にも気兼ねなくいつでも好きなだけいることのできる家が手に入るとあって、うきうきしていた。おばあさんとミラベルとで、できるだけ早く建ててもらうように頼み込んだ。小さな家なので、現在建設中の家が完成したらすぐに着工してくれることになった。二人はお礼を言い、大工の元を後にした。お金は前金を僅かばかり払い、残りの代金は完成してから払うことになり安心して帰ることができた。
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