第27話 迷路
ミラベルは翌日いつもより早めに王宮へ着き、朝食を摂りに食堂へ来ている王子に言った。
「ウォルナー王子様、実は重要なお話があります。朝食が済みましたらお部屋へお伺いしますので、どこへもお出かけにならないでお部屋にいらしてください」
「重要な話とは……何だろう」
「ここではちょっと……後程お話しします。必ずお部屋にいらしてください!」
「分かりました」
ウォルナー王子はミラベルのただならぬ様子に、驚いていた。そんなことは今まで一度もなかったことだ。朝食が済み、ミラベルは食器をかたずけると早々に、王子の部屋へ行った。
「ウォルナー王子様、いらっしゃいますか?」
「はい、ここへ座ってください。深刻な顔をして何があったのですか」
ミラベルは昨日農道で見かけた二人組の男たちの事と、聞いた通りのことを王子にそっくりそのまま話した。王子は失望の表情をし、少しの間考え込むような姿勢でいた。
「僕は女性を見る目がないんですね。始めて声を掛けた女性はとんでもない詐欺師だったということだ。しかも一家でぐるになって僕を陥れようとしている。奴らのことを責めるよりも、自分が見抜けなかったことの方が情けない」
「王子様の責任ではありません。プルーナ様を見て、誰もそのような企みをお持ちになっているなど想像がつきません。私も全く気がつきませんでした。それよりも、一週間後どのように対処するかが大切かと思います」
「その日に王宮に入ってくる外部の者達の身元の確認を今以上に厳重にすることと、入り口の警備の兵を増やしておこう」
「はい、よろしくお願いいたします。ただし、他の方々にはこのことは内密にした方がよろしいかと思います。私が秘密裏に聞いた話ですし、本当にそのようなことが行われるかは全く分かりませんので」
「ああ、念のためということだな」
「はい、プルーナ様の事も、男たちのたわごとだったら全くの濡れ衣になってしまいますので、今はまだ信じていてください」
「昨日その話を聞いてから、いつ僕に話そうかと一人で悩んでいたでしょう。お話ししに来てくれてありがとう。ミラベルさんは、いつも僕の味方になってくれますね」
「当たり前です。王子様にお仕えしているのですから」
「当たり前かあ……でも、現に婚約までしたプルーナ様が信じられるかどうかわからなくなっている」
「王子様……お可哀そうな王子様……私もあいつらの言っていることが嘘偽りだと信じたいです」
「ミラベルさん、ありがとう」
ウォルナー王子はミラベルの座る椅子の前に来て、両手を取った。王子の大きな手がしっかりとミラベルの両手を包み込んでいた。
「ねえ、ミラベルさん。気晴らしにちょっと庭を散歩しましょう」
「えっ、私とですか」
今まで、仕事をしている時に声を掛けてくるだけで、そんな誘いは初めてだった。
「庭の掃除をするから、と僕がクランさんに言いますよ」
「なんだかデートのお誘いの様です」
「いけなかったかな?」
「散歩は気晴らしにはもってこいです。行きましょう」
ミラベルとウォルナ-王子は、二人で庭へ出た。王宮の前には花壇や大きな池があり、その後ろには迷路のように入り組んだ生け垣があった。生け垣は人の背丈以上の高さがある。いつか王子が出てきて声を掛けた生垣だ。
「あそこを歩いてみませんか?」
「迷路ですね! 私いつか歩いてみたかったんです! 案内してくださいますか」
「道に迷わないよう、一緒に歩いてくださいね」
「はい! 迷わないようについていきます」
ミラベルは掃除をすると言って箒を持ってきたので、入り口に置いて中へ入って行った。ウォルナー王子は、まっすぐ歩いていったと思ったら、右へ曲がったり左へ曲がったりしながら、どんどん進んでいく。頭の中に道順が入っているかのように全く迷いがない。ミラベルは分岐点に来るたびにどちらが正しい道なのかを考えた。しかし迷う必要は無い。王子が先に言ってくれるのでついていけばよい。ウォルナー王子は突然止まった。
「僕が先に歩いたんじゃ、迷うわけがない」
そう言ってミラベルの顔をじっと見ている。
「えっ、ひょっとして私が先に行くのですか?」
「そうですよ。さあ、正しいと思った方へ進んでください」
「はい、ではこちらへ行ってみます」
ウォルナー王子は、正しいとも正しくないとも言わずにただ黙ってミラベルの後ろを歩いている。道なりに歩いていき、さらにその奥へ曲がっていくと、そこは突き当りだった。
「間違えてしまいました。先ほどの場所まで戻らなければ……」
「はい、戻りましょうか」
戻って、先ほどと別の道を進んでゆく。曲がり角に来て、再び分岐点が現れた。そこでミラベルが選んだ道を行くと、再び突き当りになった。最初はがっかりしてばかりいたのだが、戻って歩くことも楽しくなってきた。迷路とは道に迷うから楽しいのかもしれない。戻りかけたミラベルと、進んできた王子が正面からぶつかってしまった。地面に尻餅をついてしまったミラベルのそばへ寄り手を指しのべた。ミラベルはしっかりとその手につかまり立ち上がった。大きくて暖かい手につかまれて、ミラベルは幸せそうな顔をした。
「王子様の手は、大きくて暖かい……」
外は次第に夕やみに包まれていく。早く出口を見つけなければ道が見えなくなってしまう。屋敷の窓から漏れる灯りと、空の端の方へ白くなって消えかかっている太陽の光を頼りに再び歩きだした。
「王子様、こっちでしょうか!」
「まっすぐ行ってごらん。次の分かれ道は左へ行って」
「どんどん先へ進んでいます。出口はもうすぐでしょうか?」
「あと少しだ。今度は右だよ」
もう時間があまりないと思った王子は、後ろから指示を出している。外から見た時は、それほど広くはないと思った迷路だったが、実際に中へ入って歩いてみると迷ってしまった道の分だけ長く感じられる。しかも木々が自分の背丈よりも高いため、向こう側が見えない。
「そこはまっすぐ行ってください」
「はい、わかりました」
そのまままっすぐ行った先には突き当りで、左側に出口があった。ミラベルは左へ曲がり外を眺めた。花壇のあった入り口とは反対側に出てきた。その前には小道があり、道に沿って木々が植えられていた。丁度木々の下を歩くように、再び正面へぐるりと回って出てきた。
「道で悪い奴らと出くわすといけません。道端に奴らがいたんでしょう。今日は僕が送ります」
「……いいえ、王子様にそのようなことをしていただくわけにはいきません。私があとで怒られます」
「急用ができたから出かけると言って出ますので大丈夫です」
「そんな……申し訳ございません」
「出口で待っていてください」
「はい!」
王子は、従者に馬車の用意をさせると、出口でミラベルを乗せて王宮を出た。
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