第26話 企み

 ウォルナー王子の婚約が決まり、婚礼は三か月後に行われることになった。プルーナ嬢は式が終わるとすぐ王宮に住むことになる。婚礼は王家ゆかりの、国中で最も大きな教会で執り行われることになっている。ウォルナー王子の元には衣装を作るための採寸をするために仕立て屋が来たり、王妃に使ってもらうための部屋を準備するために家具職人が呼ばれたりしていた。そんな仕事関係の人々の対応や接待に追われ、使用人たちも普段より仕事が増えた。ミラベルも忙しく動き回っている方が気がまぎれた。



「ミラベルさん、急に忙しくなってしまいました。こんなに急に決めなくてもよかったのに、僕の気が変わらないうちにと両親がどんどん話を進めてしまいました」


「分かるような気がします。周りの人たちが急かさないと、王子様はいつまでたっても動き出さないような気がしますから」


「そんなことはないんだけど」


「でも、決心されたんですね」


 ウォルナー王子は、吹っ切れたような顔でミラベルを見つめている。ミラベルもこれならば安心して、いつかここを去っていけそうだと思った。

 忙しい毎日を過ごし、夕暮れ時になり仕事を終えて帰り道を小屋へ向かって歩いていた。。いつもより時刻は遅く、あたりは薄暗くなってきている。ミラベルは、普段以上に大股で進み、歩く速度を上げる。農道を進んでいると、後ろの方から規則正しい音がしてくる。始めはほんの小さな音だが、それが次第に確かなものに変わった。馬がこちらへ向かって走っている音だ。視界が悪いので、ミラベルの存在に気がつかないと怪我をしてしまう。狭い道だから、畑の中へ入ってやり過ごそうとした。もうそろそろ通り過ぎていくだろうと思っていたのだが、なかなか馬の姿が見えない。振り返ってみると、二人組は馬から降りて休憩しているようだ。見覚えのある二人だった。ミラベル一家が街を追い出される原因を作った一味だった。その顔は、忘れようにも忘れることが出来なかった。ミラベルは畑の中で彼らに見つからないように身を隠していた。彼らは馬を休ませながら何か話し込んでいる。農道の真ん中だが、周囲に人などいないと思いはばかることなく大声で話している。彼らの企みが少しでも聞き出せるかもしれない、と身をかがめてどんどん近寄っていく。足音や葉音が聞こえないように、そっと忍び足で歩く。声がようやく聞き取れる距離まで近づき、じっと身を潜めた。見つかったら自分の身が危ないことを覚悟した。


「王子の婚約が決まって王宮は浮かれているようだぜ。婚礼の準備で家具職人やら、仕立て屋やら、いろんな連中が呼ばれてごった返している」


「公爵家の令嬢プルーナも首尾よくやってくれたな。美人だとは思っていたが、あんなにあっさりと王子が引っ掛かるとは思わなかった」


 二人の会話をこれだけ聞いただけで、何かただならぬことになっているのだということが分かった。じっとして固く握った手に汗をかいていた。公爵家も彼らと関係があるのでは。そしてプルーナを使って王子を罠に掛けようとしている。ミラベルはもっと詳しい話を聞かなければと、身をかがめた。二人とも四十代ぐらいに見え、背も高く体格もいい。日焼けした顔が沈みゆく日の光を受けて光っていた。一人は、鼻の下に髭を生やしていて、もう一人は頭頂部の髪の毛が薄くなっている。 髭を生やした方の男が言った。


「プルーナ嬢は一週間後に婚礼の打ち合わせに王宮に来ることになっている。しかも王は城へ行っていて留守だ。その日は、家具職人や、衣装合わせをするために仕立て屋も来ることになっている。それに乗じて乗り込むんだ。兵士たちを変装させる。彼らは俺の方で用意しておく」


「俺も、商人に変装して入り込むんですか。そして、プルーナ嬢を人質に取ってウォルナー王子は抵抗できないようにさせる。なーに、脅しに使う剣は切れない偽物さ。使用人たちは、兵士たちに見張らせて下手なことをしないようにする」


「その間に金目のものは頂いて、素早く立ち去る。協力してくれたグレーシア侯爵には、お礼をすればいい」


「素晴らしい計画ですね。俺たちとグレーシア侯爵の関係を知る者はいないから、後でばれることはない。プルーナ嬢はうまいこと王妃に納まることができるし、王宮のものが盗まれたことは、後で王にはばれてしまうが、他国から雇った兵士だから素性が後になってばれる心配はない」


「兄貴、素晴らしい作戦です。きっとうまくいきますよ」


「ああ、準備万端整ったからな。さあ、そろそろ街へ戻るか」


 二人の男たちは、馬にまたがり街の方へ走り去っていった。戻る先は、ミラベルが住んでいた仕立て屋だ。今では彼らの住処になっている。ミラベルは先ほどの話を聞き、驚愕と憤りで胸がいっぱいになった。このことを早く王子に知らせなければ、彼らの話によると一週間後に行われる。ミラベルは、暗くなってきた道をひとまず小屋へ向かって帰ることにした。居てもたってもいられず、できるだけ早く誰かに話しておきたかった。


 小屋へ帰って、農道で聞いた話をレーズンおばあさんに告げた。


「ミラベル、よ~くその話を聞いてきた。見つからないように隠れているのも怖かっただろう。お前の勇気で相手の手の内が事前に分かったんだ。この際、ここで奴らを捕まえてしまいたいよねえ、ミラベル」


「はい、ウォルナー王子に知らせて対策を立てないと! プルーナ嬢との婚約は取りやめにした方がいいのかしら?」


「いや、取りやめにしてしまったら計画が知られたと思われ、警戒されてしまうだろう。誰からばれたのかと、奴らもさらに慎重になってしまう」


「では、そのまま一週間後にプルーナ嬢には来てもらい、そこで罠を張って捕まえた方がいいのかしら」


「それがやつらの悪事を暴くのには一番だが、危険も伴う。必ずとらえなければ、王宮ににいる人たちの命も危ない。まずはウォルナー王子に知らせて、作戦を立てる必要があるだろう。ミラベル、このことは他の使用人たちには絶対に言わないように。わかったね」


「はい、私が聞いただけで、本当に起こるかどうかは全く分からない話ですので、プルーナ様をお呼びするのを中止にすることはできませんね。こちらも兵士をいたるところに隠れさせて対応するしかないのでしょうね」


「グレーシア公爵と、一味がグルだという証拠も今のところ何もないわけだからね」


「おばあさん、私何だか怖い。プルーナ様と初めてお会いした時には、美しい方だと見とれてしまいました。ウォルナー王子も、彼女のことを気に入られていたのです。王子様もこの話を信じたくないでしょうし、信じられないと思います。私のやっかみだと取られてしまわないかしら?」


「いやいや、信じたくはないだろうが、今までの王子様の話を聞いていると、お前の言葉を信じるだろう。念には念を入れる必要がある。用心しておいてしすぎることはない」


 ミラベルは、ソファに横になったが、一週間後のことを考えるとその晩はなかなか寝付けなかった。皆が無事に済むといいのだが、悪い奴らが捕まり帰らの悪事が暴かれるといいのだがと祈っていた。


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