第25話 王子からの謝礼
ミラベルは、いつもの給金のほかに今までの特別レッスンのお礼として、ウォルナー王子から特別に謝礼をもらうこととなった。週決めで与えられている給金よりもはるかに多い金額にミラベルは驚き、もらうことがためらわれた。
「こんなにたくさん……受け取るわけにはいきません! 普段の給金の何十倍ものお金を下さるなんて。それほどのことをしていませんから……」
「別に気にすることはありませんよ。これからの生活に役立ててください。僕はミラベルさんのレッスンで随分変わることが出来ましたから。女性にもてるような魅力のある男になるという目標は、ほぼ達成できたと思っています。どうか受け取ってください。僕の気持ちです」
僕の気持ちという言葉を聞いて、ミラベルはウォルナー王子の眼をじっと見つめた。美しいブルーの瞳が、ミラベルを見つめ返していた。
「では、有難く頂戴します。とりあえず貯めておいて、必要な時に大切に使わせていただきます」
今までの貯金と合わせるとある程度まとまったお金が出来た。街へ戻れば自分たち一家を騙した一味がいるので、田舎に小さな家を建てて住みたいと考えていた。
今まで女性にあまり興味を示さなかったウォルナー王子が、自分から声を掛けた女性がいたことに感動した王と妃は、ウォルナー王子に彼女と交際するようけしかけている。
ウォルナー王子も悪い気はせず、プルーネ嬢を屋敷に招き庭園を散歩したり、話しこんだりしている。プルーネ嬢は何をするにも完璧で優雅な身のこなしをして、それを目にした使用人たちも感心していた。メイド頭のクランは、他のメイドたちに向かっていった。王妃付きの侍女も彼女を見てうっとりしていた。
「あの方ならわたくしたちがお仕えするのにも十分ですね。ウォルナー王子もようやくお妃さまをお決めになる決心がつくでしょう」
「その通りでございます」
ラズリーは本心からそう思っている。
「王子様がお幸せになれるのでしたら」
ミラベルは、王子に対して持ち始めた気持ちを心の奥底へ押し込めるようにうなずいた。
舞踏会が終わってから、ウォルナー王子とプルーネ嬢の仲は急速に深まっているように見えた。プルーネ嬢が訪れる時はいつもミラベルは菓子とお茶を出すよう王子に命じらた。王子は屈託のない顔で彼女の前で振る舞い、プルーネの方がつんと澄ましているようにミラベルには見えた。しかしその顔には自信がみなぎっていた。
――もう婚約の話が出ているのかしら
なんとなく気になって、プルーネ嬢が帰ってから王子に訊いてみた。
「王子様、もう婚約の話をされているのですか?」
「なぜ、そう思うんだい? まだしていないけど」
「あら、そうでしたか。プルーネお嬢様は、自信のありそうなお顔をされていたので、もしやと思いました」
「僕は気がつかなかった。ミラベルさんは、人の心がわかるのですか?」
「いえ、そういうわけではございませんが……プルーネ様のお顔を拝見してそう思いました」
「王と王妃があまりにも熱心に進めてくるので……このままだと婚約するかもしれません」
「それは、王子様の御心のままになさればよいのではありませんか?」
「……う~ん、僕は時々自分で自分の心がわからなくなるんだ」
それから暫く黙り込み、考え込んでいた。
仕事を終え家に帰ろうとすると、王子が話しかけてきた。
「ミラベルさん、僕が婚約しても、ここを辞めないでくれますね」
「はい、有難いお言葉です。王子様のおそばで仕事させてください」
「良かった。それを聞きたかった」
「……王子様。私のことをそんなに気遣ってくださっているのですね」
「ミラベルさんのためじゃなくて僕のためだ。明日も会えると思うと安心して眠ることができるんだ」
「心配なさらなくとも、毎日お会いできます」
ミラベルは王子に丁寧に会釈して、家路を急いだ。
レーズンおばあさんの小屋へ戻り、王子から謝礼をたくさんもらったことを話した。ミラベルは今まで世話になったレーズンおばあさんにもお礼をしたかった。ところがレーズンおばあさんは、すべてミラベルが持っているようにと断った。これ以上の生活を望んでいないという返事だった。
「私はいつかどんな田舎でもいいので自分で小さな家を建てるつもりです。市場には悪い人たちがいるから怖くて当分行けません」
「嫌なことがあったからねえ。隠れていたい気持ちもわかるよ」
「でもどこか良い場所があるかしら。田舎の方は全く分からないの」
「良い場所があるか、私も見つけるように心がけておくよ」
ミラベルは、ここから少し離れたところでもいいので少しの畑と家が建てられる場所がないだろうかと考えていた。
王宮はあわただしい雰囲気に包まれていた。ウォルナー王子が男爵令嬢のプルーナと婚約されたことが使用人たちにも伝えられた。ミラベルはいよいよその時が来たのかと身を引き締めた。相手は王子、自分の気持ちが報われることはないのだとあきらめてはいたのだが、本当にその日がやってきてしまうとこんなに苦しい気持ちになるとは思わなかった。ミラベルはこれできっぱりと王子の事はあきらめてしまおうと思っていた。
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