第24話 二人を隔てる壁

「今日は久しぶりにミラベルさんに会えて、話が出来てよかった」


「ヘーゼル様、私家を出てから一緒に住んでいるおばあさんとヘーゼル様しか、困った時にお話しできる方がいませんでした。だから、こうして親身に話を聞いてくださるだけでも心が休まります」


「そうでしたね。ミラベルさんは一人で何でもやらなければならない。何か困ったことがあったら、相談してくださいね」


「ありがとうございます」


 話をしていると、ミラベルは他のテーブルから呼ばれ飲み物を取りに戻らなければならなくなった。


「あっ、それでは、そろそろ仕事に戻ります」


「じゃあ、元気でいてください!」


「はい、またお呼びください!」


 ワルツの曲が何曲も繰り返され、そろそろ踊り疲れた人たちはテーブルに戻り、飲み物を飲んだり軽食をつまんだりしている。ミラベルはテーブルを回るのに忙しくなっていた。ウォルナー王子も踊り疲れたのか、椅子に座って寛いでいる。ミラベルと目が合ったときに、片手をあげこちらへ来るように合図した。食卓でよくミラベルを呼ぶ合図なので心得ていた。


「ウォルナー王子様、何度も踊られてお疲れになったでしょう」


「それほどでもない、最近体を鍛えていたから疲れませんよ。でも飲み物とサンドウィッチを持ってきてください」


「はい。ちょっとだけお待ちください」


 ミラベルは紅茶とサンドウィッチを取りに行き、再び王子のところへ戻ってきた。


「ミラベルさん、あの方をどう思いますか」


「先ほど一緒に踊っていた女性ですか?」


「あの方は僕の方ばかりを見ていられて、僕もそんな彼女が気になってしまいました。それで声を掛けてみたのです」


「美しくて気品があり、身のこなしも軽やかで洗練されていますね。私のようなものには、彼女の本当の魅力はわからないのかもしれませんが、素晴らしい女性だと思いました」


「ミラベルさん、本当にそう思いますか。僕には女性を見る目がないのかもしれません。本当のところ分からないのです」


「どの方もそれぞれ魅力がおありですし、難しいですね」


「はい、でも今日いらした方の中では一番美しい方ですね」


「あら、そのようにお思いになったのでしたら、彼女のことを気に入った証拠なのでは?」


「そうなのですか。あの方も僕に自分の心を見せてくれるといいのですが」


「どういうことですか? あの方も、とは?」


「あなたの事です、僕に本当の心を見せてくれるのは。だから僕は君のことが気に入ったんです。そしてそばにいてもらった。気まぐれなんかじゃないんですよ、ミラベルさんにここへ来てもらったのは」


「私の本心が見えていたのですか? 貧乏でお金を稼ぎたかった私の本心が?」


「それは、外側のミラベルさんの姿です。本当のあなたは、純真で心の美しい人です。一目でそれがわかったのです。僕のことを馬鹿で何もわからない、世間知らずの王子だと思わないでください」


 ミラベルが会ってしばらくの間そんな目で王子のことを見ていたことを、彼は感じ取っていた。ウォルナー王子はすべてそれをわかってミラベルと接してきたのだ。


「私、そんなこと思っていませんでした。王子様のことを馬鹿だなんて……」


「始めは思ってたでしょ? ミラベルさんは自分の考えがいつも顔に出るんです」


「すいませんでした」


「いや、謝らなくていい。僕はそんなあなたの心を見ながら、話しをしていたんだから。楽しかったなあ。あなたのような人を探していたのに……。そうだ! ミラベルさんが僕のお妃になればいい! 我ながら素晴らしい案を思いついた!」


 ウォルナー王子は、一人で悦に入っている。こんなところで、こんな言葉が飛び出すとは、どれだけ奇想天外なのだろうかと、ミラベルはじっと彼の顔を見つめた。


「王子様、気は確かですか?」


「うん、どう思う?」


「王子様からそのようなお言葉を頂けるなんて、もったいないです。でも、誰からも祝福されません」


「そんなこと、ミラベルさんに言ってほしくなかった。やっぱり無理なのでしょうか。あなたが欲しがっていたお金もたくさん差し上げますよ。どうですか」


「お金の問題ではないんです。あなたは王子様で私は、ただの街の娘です。だから無理なのです」


「……そうですか。やはりそうなのでしょうか……ミラベルさんがそういうなら仕方ない……」


 ウォルナー王子はたまらなく寂しそうな顔をして、ミラベルにそれ以上言葉をかけることはなかった。ミラベルは、仕事に戻っていった。


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