第23話 美しい令嬢
殆どのテーブルに客人たちが座り、この会を取り仕切る宰相が前に進み出て挨拶をした。
「お集まりの皆様にはご機嫌麗しゅうございます。この度の舞踏会は国中の若い方々の社交の場といたします。どうぞご存分に語らい、ダンスをお楽しみください」
特に王子のお妃をこの中から選ぶとか、その趣旨で開かれているなどとは一言も触れられていなかった。しかし王も王妃もウォルナー王子も大いにその気持ちはあるようだった。王子は各テーブルに座っているご令嬢を眺めている。王子が主役とあっては若く美しい令嬢たちは気が気ではない。その美しさを競うように柔らかな色合いのドレスを見にまとい、色とりどりの装飾品や髪飾りなどで飾り、美しさを競い合っている。楽団の準備ができ、音楽が始まった。若い男性たちが立ち上がり、近くの席の令嬢に挨拶をしている。令嬢たちは恥ずかしそうに挨拶をし、男性が手を差し伸べるとその手を取って舞踏室の中央へ恥ずかしそうに歩いていく。いち早く声を掛けられた女性たちの顔には優越感が漂っている。
一方、座っている女性たちは、羨望のまなざしで彼女たちを見て他の男性たちの動きを目で追っている。次は自分たちに声が掛けられるのではないかと期待している。
また一人、また一人と男性が立ち上がり一緒にダンスをしてみたい女性の前へ行き挨拶をしている。座っている女性の方が少なると、彼女たちの苛ついている様子がわかる。そうとは気取られないようにしてはいても、若い令嬢たちの表情からはうかがえる。最悪相手がいないまま終わってしまうのか、王子から声を掛けられるのか、その違いも大きい。
王子がおもむろに立ち上がり、歩きだした。ミラベルは王子の動きを目で追っていた。座っている女性たちの視線も一斉に王子に向けられている。
王子は、無駄のない美しい動きで歩いていく。迷うことなくまっすぐ背筋を伸ばして歩く。ミラベルと特訓した通りの立ち居振る舞いに、誇らしい気持ちになる。向かった先はどこなのか、皆かたずをのんで見守る。そしてあるテーブルの前で立ち止まった。
テーブルの近くの数人の令嬢たちの真剣なまなざしを見ると、ミラベルは彼女たちの気持ちが痛いほどわかった。どのような思いで、今日ここへ来たのか。何日も前からこの日を楽しみにし、今日は朝から着飾り、王子様に選ばれることを夢見ている年若い令嬢たち。ウォルナー王子の視線がある一人の令嬢に定まった。彼女は泣き出しそうなほどの歓びで打ち震えている。そして王子が丁寧にお辞儀した。
「初めまして、ウォルナーです。今日は宮殿にようこそいらしてくださいました。もしよろしければ、僕と踊ってくださいませんか?」
「……光栄でございます。わたくしグレーシア公爵の娘でプルーネと申します」
王子が差し出した大きな手の平に、小さい指先をそろえて乗せた。細く白い指が少し震えている。
「ご心配なさらず、僕にお任せください」
王子は手を握り、舞踏室の中央へプルーネをエスコートした。いまだ座っていた女性たちは失望しながらも、彼女が選ばれたのなら致し方ないと思い感嘆の溜息をついた。彼女はミラベルが控室へお茶を持っていった女性だった。
楽団の演奏が始まり、ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノなどの楽器の音色が、広いホールいっぱいに響き渡る。演奏中彼らが曲に合わせて体を動かすのを見ることができるのも、演奏のすばらしいところだ。ミラベルは、楽団が音楽を奏でる時の動きと王子のダンスの様子を交互に見ていた。体を逸らせぎみにして立つ王子の体のラインに合わせて、プルーネも顎を引き背中を一直線にして立っている。楽団が奏でる音楽の拍子に合わせて、ステップを踏み、機械仕掛けの人形のようにくるくると回る。息をのむような無駄のない優雅な動きにしばし時を忘れて見入っていた。あまりにも美しく、これは現実ではなく、どこか遠いところで行われている出来事のような気がする。他の人たちのダンスには全く眼がいかず、最後には二人の姿だけをずっと追い続けていた。一曲踊り終わり、ウォルナー王子は丁寧にお辞儀し、元の席に戻っていった。プルーネは名残惜しそうに手を振りウォルナー王子が席に着くまで見つめていた。二人の間に何かが起こりそうな予感がしていた。
やはり王子様は高貴な生まれの女性といつか結婚なさるのだろうとミラベルは思った。プルーナとなら釣り合いそうだし、うまくいきそうな気がする。
じっと壁際に立っていると、ミラベルを呼ぶ声がする。ヘーゼルが手招きしているので、彼らの座っているテーブルの方へ歩いていった。
「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「じゃあ、今度はジュースを頂きます。今の二人いい雰囲気でしたね」
「はい、私もつい見とれてしまいました。お二人の息がぴったり合っていて、ダンスもお上手でしたね」
「王子のお妃もいよいよ決まりかな。今まで女性との噂話など一度も聞いたことがなかったが……彼女とならお似合いですね、ミラベルさん」
「あっ、ああ、そのようですね。私たちも祝福して差し上げなければ」
「今日であったばかりですので、今後どのような展開になっるかはわかりません。ちょっと気が早かったかな。でもあの方がお妃さまになられたら、ミラベルさんはあの方にもおお仕えすることになります。よ~く、どのような方か観察しておいた方がいいですよ」
「ヘーゼル様、その通りです。素晴らしいアドバイスありがとうございます。もう控室でお話させていただいたのですが、良い方の様です」
「ふ~ん、そうでしたか……でも実際にお付き合いしてみないとわからないかもしれませんよ。あなたがこちらのお屋敷へ来てしまったので、僕は物足りない毎日を過ごしています」
「僕たちに会いたくなったら、いつでも会いに来てくださいね」
「ヘーゼル様、優しい言葉をありがとうございます。私って本当にどうしようもない娘ですね。お給金につられて皆さんのもとを去ってしまって。今に嫌なことが起こらなければいいのですが」
「嫌なことねえ。敵の襲来を受けるとか?」
「不吉なことをおっしゃらないでください!」
「今のは冗談ですよ。あれあれ、王子様、また先ほどのご令嬢と踊るようです。真中へ出ていらっしゃいました。ミラベルさんもそんな服を着ていなければ、僕がお誘いしたいところなんだけどな」
「私のような者を……お気持ちだけで有難いです」
二人の踊っている姿は、見ているものをも幸せな気持ちにするほどだった。プルーネのドレスは回転する動きに合わせてふわふわ揺れて、王子のすらりとした細い体の周りを美しく彩っている。
「やはりあの方をお選びになるのでしょうか?」
「そのようですね。仲がよろしそうです」
「ミラベルさん、言葉では喜んでいるのですが、ちっともうれしそうではありません」
「ヘーゼル様、それ以上言わないでください」
「やはり……そうなのですね」
最後の言葉は、ほとんどミラベルには聞こえず、まるで独り言のようだった。
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