第22話 舞踏会
何日も前から準備をして使用人たちも心待ちにしていた舞踏会の日がやってきた。舞踏会は午後から開かれることになっているが、その日は朝食の時から皆そわそわと落ち着かない様子だ。ウォルナー王子も、時間はたっぷりあるのに、普段と比べようもない程急いで食事している。ミラベルはいつも通りに朝食の給仕をしていたが、ウォルナー王子がそわそわしている様子は手に取るように分かった。
「王子様、落ち着いてくださいませ。いつも通りにやればきっとうまくいきますから」
王子の皿にパンを置きながらミラベルは言った。二人だけの秘密のレッスンの事を思い出し目配せした。ウォルナー王子がようやく妃探しをやる気になってきて、王妃もにこやかに笑っている。ウォルナー王子の変化も嬉しくて仕方がないようだが、その理由については謎のままだ。
使用人たちは、来客が到着するだいぶ前から、お互いに身だしなみや髪型などを見合って入念に確認していた。
舞踏会では、国中の名だたる貴族の令嬢や子息が参加する。令嬢たちはみな王子と踊りたがるだろうし、そんな様子を見れば子息達は王子に遠慮しながら王子が声を掛けなかった令嬢を誘うことになるのだろう。何とも複雑な舞踏会であるが、令嬢たちにとっては自分を売り込む格好の場ではある。ミラベルは勿論いつものメイド服に身を包み舞踏室がきれいに掃除されているか最後の確認をした。
ウォルナー王子が着替えを済ませて自分の部屋から出てきた。狩りの時とは服装も雰囲気もかなり変わっている。細身のスラックスを履き、上着も体の線にぴったりと合ったものを着ている。ミラベルは、部屋の確認が終わるとウォルナー王子の部屋へ向かっていた。期先が決まってしまったら、もう近くで話が出来なくなってしまうのではないかと思うと寂しかった。
ノックをすると中から声がした。
「どうぞ、ミラベルさんだね」
「はい、お会いしようかどうか迷ったのですが……」
「迷うことはありません。これからも話をしてくださいね。遠くへ行くわけではあ
りませんから。今日の服装はどうかな?」
「ウォルナー王子様、悪くは……ありません。上品で……王子様の魅力が引き立っています!」
「……よかった! ミラベルさんに褒めてもらえてよかった」
「それでは、私は失礼します」
ウォルナー王子は、ミラベルが出て行くのをじっと見守っている。美しい金髪の下から見つめる目は優しげでブルーの輝きを放っている。まっすぐに背筋を伸ばした姿勢で見つめられると、はっとするほどの魅力がある。シトラス系のすっきりとした良い香りもまとっていて傍へ寄ると、涼やかな風が吹いてくるようだ。
庭園の車寄せには、次から次へと馬車が止まり、中から美しく着飾った令嬢とお付きの人々が下りてきた。屋敷の使用人たちは彼等に名前を尋ね、控えの間へ連れていくことになっている。屋敷内に人の動きが多くなってきた。皆各部屋へ客人たちを連れていったり、お茶を用意したりして忙しく動き回っていた。ミラベル達メイドは控えの間にお茶を持って入って行った。その中にはッと目を見張るほど美しく、ひときわ素晴らしい装飾品を身に着けた女性が一人いた。どちらかの公爵家のご令嬢だと伺っていた。貴族の中では最も身分の高い位だ。テーブルにお茶を出すときは緊張してしまったが、いつも通り粗相のないように出した。
傍へ寄ると、ほんのりと薔薇のような優雅で温かみのある香りがした。その目鼻立ちのはっきりした女性は、にっこりとほほ笑みお礼を言った。
「ありがとう。所作の美しいメイドさんね。舞踏会の準備は大変だったでしょう。ご苦労様」
「いいえ、このような華やかな会が開かれるのは、私どもにとっても楽しみです」
「今日は素晴らしい日だわ。何か良いことが起こりそう」
「私も陰ながらお祈りしております」
ミラベルは、そっと頭を下げ部屋を後にした。廊下にも美しいドレスを身にまとったご令嬢たちが侍女とともに歩いていた。歩き方も優雅で、指先まですっと伸びた体のラインも美しい。それに比べると、機能性だけを重視したメイドのブルーのスカートと白のエプロン姿はひどく簡素に見える。すれ違うたびに会釈すると、ドレスの色もデザインやネックレスなどの装飾品の色や輝きがそれぞれ違っていて飽きることがない。
舞踏室のテーブルに置かれた花瓶には、色鮮やかな花が生けられ、天井から下がるシャンデリアの発する光に照らされた床は、一点の曇りもなく招かれた客人たちを待ち受けていた。
ほぼすべての客人たちが控えの間へ入り、そろそろ始まる時間になった。使用人たちが順に客人を舞踏室へ案内していく。その手順は前もって執事頭に決められており、手順通りに動いていた。国王一家は舞踏室へ先に移動していた。王と王妃それからウォルナー王子は前の席に座って入ってくる令嬢や子息の様子を熱心に見入っていた。彼らは順番に入ってくると、まず三人の前まで進み出て会釈をし、テーブルのある席まで移動していった。ミラベルはそこでも飲み物を持ちテーブルを回って歩いた。会釈をしながら各テーブルを回っていると、懐かしい顔があった。ブランディ家の三兄弟の姿があったのだ。侯爵家の子息達だから、当然と言えば当然の事だった。
「あっ、ミラベルさん! 懐かしいなあ。ここで働いていたなんて……俺は勉強する気が無くなって困っていたんだ」
ピスタのいたずらっぽい目がミラベルの顔に向けられた。
「わあ、お懐かしい。私もピスタ様のことが気がかりでした。ここで働いていたのですよ」
「メイドの服もちょっと違うんだな。ここの方が何だかしゃれて上品に見える。流石王宮だな」
ヘーゼルが、目じりを下げてミラベルの姿を見て言った。
「仕事にもすっかり慣れてきましたね。この間会った時に着ていたクリーム色のワンピースも似合っていたけど、これもなかなかいいね。僕にはワインを下さい」
「はい、どうぞ。今日はごゆっくりおくつろぎくださいね。お好きなものをどんどんお持ちしますから、ご遠慮なさらないでくださいね!」
「じゃあ、サンドイッチも頂きます」
「はい! どうぞ。たくさん召し上がってください」
「ミラベルさん、ウォルナー王子にこき使われていませんか。この間は仕事が大変そうでしたが」
「……いえいえ、仕事は大変ではありません。ちょっと考え事をしていただけなんです」
「どんな方なのかなあ。今日は直接お会いできるから、よーく拝見してみます」
「まあ、じっくり観察なさってください」
「僕の周辺の人たちは、変な、いやいや、ちょっと風変わりな王子様だという評判だったので……興味がありますよ。それと、ミラベルさんの身近にいるので気になります」
そう言った後照れくさそうに笑った。ヘーゼルは使用人たちにも分け隔てなく親しみを持って声を掛けるのだが、その中でもミラベルには特別なほど親しみを持って接していたのだが、ミラベルは気がつかないでいた。
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