第18話 ダンスの練習

 ほんの数日で、ウォルナー王子は目覚ましい進歩を遂げていった。今まであまり考えたことがなかったからなのか、周囲から大切にされていて本人もそれでいいものと暢気に構えていたからなのか、気配りや動作に気を付けただけで人が変わったように魅力的になった。ウォルナー王子天性の魅力が表に現れてきたようだ。


「おはようございます!」


 今日も仕事の始まりだ。メイドとしての仕事の手順が呑み込め、いつへどこへ行き何をしたらよいのかがわかるようになってきた。ウォルナー王子の部屋へ行くときは、掃除と身の回りの世話をしに行くということになっていた。世話をしていることには変わりはない。名目上はそうだが、実際はレッスンをしていた。女性に愛される魅力的な王子様になるためのレッスン今日は三日目だ。一日目の挨拶と二日目の筋トレも当然毎日行わなければならない。


「筋トレは、私がいないときでも、必ず行ってくださいませ。一か月後には見違えるように引き締まった体になりますので」


「かっこよくなるのは大変なんだなあ。でも、君がついていてくれるから頑張れそうだ。一人だったら嫌になってしまいそうだった」


「お役に立てて幸いでございます。では、今日の新しいレッスンは……ダンスの時の気配り、でございます」


「おっ、ダンスなら自信がある。心配ないぞ!」


「では、私が壁の前に立っておりますので、お誘いするところからやってみましょう。さりげなく近づいて、まずご挨拶されてください」


「僕の事ならみんな知っているのに、挨拶するのか?」


「挨拶はとても大切です。最初にお会いしたときに、その方のイメージは強く印象付けられるのです」


「そんなもんかなあ。では、やってみよう」


「はい、始めてください」


「僕はウォルナー王子です、僕と踊りませんか?」


「相手の眼をじっと見つめて、お話しされるところは良くなったのですが、ちょっと見つめすぎて怖いです。さりげなく、視線はその方に向けてください。あと、王子はつけなくてもよろしいかと思います。当日着ていらしたお召し物がお似合いになるなどのお褒めの言葉を入れると、効果的です」


「高度な技がいりますね」


「もう一度やってみてくださいませんか?」


「では、最初から……」


 二度目はミラベルの注意事項をしっかりと聞き、格段に雰囲気が良くなった。やればできる人なのだということがわかる。逆に今までどのようにしていたのかが気になる。背筋をピンと伸ばし、手を差し伸べ優しい言葉をかける。日差しを浴びた金髪が輝きを増し、まぶしそうに目を細めてほほ笑む横顔は素敵だ。今度の舞踏会では、良い出会いがあるような気がする。


「じゃあ声の掛け方はわかったから、実際に踊ってみよう!」


「私と踊るのですか? それは困ります。踊り方がわからないのです……」


「あれ、君ダンスはできなかったのか…じゃあ、俺が教えてあげるから言った通りに動いて」


「……仰せと有れば、やってみます!」


 再び、挨拶をし、服装をほめ実際にダンスが始まった。ワルツのリズムで動くのだが、優しそうに見えて、優雅に動くのは非常に難しい。王子の口ずさむ音楽に合わせて、三拍子で動かなければならないのが、どちらにどれだけ体を動かしていいものやら分からない。王子の指示を聞きながら、見よう見まねで体を動かしていると、時々王子の胸や足にぶつかってしまう。そのたびに体に緊張が走り、心臓の鼓動は早くなる。緩い部屋着の王子とメイド服を着た自分が王子の自室でダンスをしているなどというのは、この屋敷の誰が想像できるだろうか。


「あのう……私たちこんなことをしていてよろしいのでしょうか? 王子様とメイドですが……」


「これはレッスンの一環ですから。練習に付き合っていただいているだけです」


「……そうなのですかあ……私、何だか恥ずかしくなってきました……」


「いち、にっ、さんっ、まだまだです」


 手取り足取り一緒にダンスをして、王子様は腰に手を回してしまっている。体も、接近寸前ぎりぎりの距離にあるし、顔もかなり近い。うっかりミラベルが変な動きをしたら、くっついてしまいそうだ。ミラベルは、これ以上接近しないよう、接近しないよう体を突っ張っていた。


「ダンスをしているのですよ。体を突っ張りすぎです。もっと柔らかい動きで。う~ん、まだまだ体の動きが固いなあ。もっと柔らかくして、滑らかに動いてくださいっ。それ、いち、にっ、さんっ」


 ミラベルの方がレッスンを受けている形になった。少しだけワルツの動きがわかってきたところで王子の掛け声は終わった。


「さあ、これで一曲ダンスが終わったところです。ここからはあなたのレッスンです」


「あっ、はい! 終わりましたらまず丁寧に礼をしてください。そして、名残惜しそうなお顔をするのです。もう少し踊っていたかったな、というような。そして笑顔でお送りし元の場所に戻られるまで見守っていた下さい」


 こんなことまで言う必要があるのだろうか。


「そうかあ、大変いいことを聞きました。そこまでの配慮をするのですね」


 やはり言っておいてよかった。


「じゃあそれもやってみましょう。もう一度手を組んでください。踊り終わったところから行きますよ」


 ウォルナー王子は、ミラベルとワルツの最後のポーズを取った。


「ここでのせりふで、もう一度お会いしたいかどうかが決まるのです」


「君は緊張しすぎて僕とぶつからないようにすることだけを考えていたね。今度は、僕にぶつかっても構いませんので、自然に踊ってください。その方がずっと素敵ですよ」


「……あれ、それは私と踊っていて思ったことではありませんか? 私に言ったように聞こえます」


「だって、目の前の人がもう一度会いたくなるように言うんでしょ? だからそういうふうに言った。もう一度踊りたいと思ってくれたかな?」


「もう……知りません! 合格です!」


「おっ、やった-。あれあれ、顔が踊る前より赤くなっている」


「体を動かしたせいですね。ちょっと休憩にしませんか?」


「そうだね。ミラベルさんの方から休憩を言い出してくれるなんて珍しい」


「それでは私は、失礼いたします」


「もう終わりなんですね。明日が楽しみです」


「あら、まだレッスンは続いていたのですか?」


「いや、終わったよ。変な人だなあ……」


 ミラベルは、部屋を出ると戸をそっと後ろ手に閉めた。こんなことを一緒に練習しようだなんて、面白い王子様。でも楽しければ楽しいほど本気で誰かを好きになってしまったら、きっと自分は悲しくなるだろうと、ミラベルは思った。

 

 

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