第16話 窓ふき対決
午後は、窓ガラスを拭く仕事をしていた。三階建ての屋敷には窓ガラスは数えきれないほどあり、一階の端から順に一枚一枚拭いていった。建物はコの字型になっており、お互いに重複しないようにミラベルとラズリーは、両端に分かれて磨き始めた。始めはお互いの姿が見えず、角を曲がった時にようやくお互いの姿が見える。そして、ぶつかったところで終了となる。競争しているわけではないので丁寧に磨いていた。するとそこへウォルナー王子が現れた。この人はいつ屋敷の中で現れるかわからない。
「君たち両端から磨いてるんだよねえ。早く真ん中まで来た方にチョコレートをぜーんぶあげる! 何か目標があった方が張り切ってできるでしょ?」
一体今度は何を言い出すのかと思ったら、そんな提案をしてきた。ミラベルはラズリーの反応を見てみる。彼女は話を聞き、張り切って人が変わったように磨きだしている。チョコレートの包みを見てみると市場では評判の店のもので、ミラベルはショウウィンドウの外からしか見たことがなかった。ラズリーとて同じだろう。彼女は必死になって磨いている。ミラベルもチョコレート獲得を目指して、窓ガラスを磨き始めた。ミラベルは後ろを時々ちらりちらりと見ながら、手は必死に上下に動かしていた。雑巾を何枚か用意し、取り換えながら同じ動作を繰り返す。右腕が痛くなり、体は熱くなってくる。かなりのハイペースで磨いていると思いきや、ラズリーの方が真ん中に近い位置にいた。自分がこれだけ体を動かしているのに、なぜあんなに速いのだろう。でも綺麗に磨くことをおろそかにしたのでは、競争の意味はないと思い同じペースで拭き続けた。
「はいっ!、ラズリーの方が早かった! ラズリーにチョコレートを全部上げるよ!」
ミラベルは腰の力が抜け、がっくりとその場にへたり込み、ため息をついた。終わってしまったのか……。あんなに欲しかったチョコレートが、すべてラズリーのものになってしまった。くだらない競争だと思いながら始めたが、実際負けてしまうと悔しくてたまらない。
「じゃあこれは君の物だから、後でよーく味わって食べてね!」
ウォルナー王子の物言いを、憎々しげに聞いた。しかしなぜそんなに早かったのか、綺麗に窓ガラスが拭けたのだろうか問いただしたくてたまらなかった。しかし、それを聞くことはためらわれた。あんなに喜んでいるラズリー、フェアな戦いだと思い商品を出したウォルナー王子の二人の事を考え黙り込んだ。能力の違いだったのだ、と思い諦めた。後でラズリーが少しだけ分け前をくれるのではないか、と期待もしていた。ラズリーはメイド部屋へチョコレートを置きに行き、ミラベルは一人寂しく雑巾を入れたバケツを持って洗い場へ引き上げた。
洗い終わり、次は昼食の支度をするために厨房へ戻った時の事だった。メイド頭のクランが不機嫌そうな顔でこちらを見ている。食器棚へ手を伸ばした時に、怒りが爆発した。
「ちょっと、ミラベル、あなた達さっき一階の窓ガラスを拭いていたわよねえ? あれで本当に拭いたつもりなの? どんな教育を受けてきたのかしら……ウォルナー王子の気まぐれで雇ったメイドはこれだから困るのよ! もう一度よく見てきて、やり直してちょうだい!」
「たっ、たぶんそこはラズリーが拭いたところだと思うんですけど……」
「まあ、新入りの分際で口答えするなんて、いい度胸してるじゃない!」
「わっ、わっ、分かりました。今すぐやり直しますっ!」
どうしてこうなるのだ。再び大きなため息をついて、厨房を後にして一階の窓ガラスを拭きなおすことにした。行ってみてやはりそこはラズリーが拭いていたところだということが分かった。でも、仕方がない。拭きなおすように言われたのはミラベルだったので、黙ってもう一度汚れが残っているところを拭いていた。もやもやとした気持ちを胸に拭いていると、クランに言いつけてしまいたい衝動が湧き上がってくるのがわかった。しかし、今はとりあえず拭いておこう。すると今度はそこへラズリーがやってきた。一緒に窓ガラスを拭いてくれるのかと思いきや、チョコレートを一粒だけポケットから取り出していった。
「あのう、悪かったわね。拭いてもらっちゃって、でも……これで皆には黙っていてね」
「え――っ、ずるいじゃない。チョコレートは独り占めだし、やり直しは私だし、もうっ!」
「だからねっ、これで黙っていて欲しいの……今更ばれるときまり悪いでしょ」
全く自分の立場しか考えていないのだ。
「あなたも、ここでずっと働きたいでしょ?」
本当のことを言ってしまうと働けなくなってしまうのだろうか、よくわからなかったが、新入りの立場じっと我慢して従うことにした。
「……はあ……分かったわ」
納得はいかなかったが、ミラベルは答えた。真相は誰にも知られることなくこの日の仕事は終わった。
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