第15話 舞踏会の準備始まる 

 メイドの仕事を初めて数日間、ウォルナー王子は相変わらずミラベルにフォークやナイフを取らせたり屋敷内をうろうろしては、メイドたちに声を掛けたり暇そうにしていた。剣術の稽古をするふうでもなく、図書館に行くこともほとんどなさそうだ。


そんなある日、メイド頭のクランが、大真面目な顔をしていった。


「あなたたち、ここで舞踏会が開かれることになったの! これから準備で忙しくなるから頑張って頂戴。当日は粗相がないように、気をつけてね!」

「はい、畏まりました」


 それから使用人たちはみな、準備に明け暮れた。メイドたちは隅々まで掃除し、当日飾る花や控室をどのように使ってもらうか確認したり、男性の使用人は、車止めの場所の整備など日頃はない仕事が増え忙しくなった。

 そんな忙しいさなか、相変わらず暇そうにしているウォルナー王子は、ミラベルを呼び止めた。


「ちょっと、ミラベルさん。折り入って話があるんだけど。僕の部屋へ来てください……こっちですよ」


「いつも掃除しておりますので、存じております」


 ミラベルが部屋へ入るとすぐに話を切り出した。


「話っていうのはねえ……」


 ウォルナー王子は、照れたように下を向いたり、窓の外に視線を向けたりしている。


「どうしたのですか。言いにくいことなのでしょうか?」


「……う~ん、ちょっといいにくいことなんだが、お願いがあるんだ。聞いてくれるかな」


「王子様の仰せとあれば何でもお伺いしますが。私にできることでしたら何なりとお話しください」


「……あのね、話っていうのはねえ、今度舞踏会があるんだけど……それでねえ……」


「……その話は私共も存じておりますが……続きをどうぞ」


「僕のお妃を探そうと、両親が定期的に開いているんだ。でもいまだかつて、僕のお眼鏡にかなった人が見つからない……なので……僕は現在に至っているんだけど」


「……なかなか王子様がお好きになられる女性が現れないのですね」


「まあ、そういえば聞こえがいいんだが、恥ずかしい話、なかなか僕を気に入ってくれる人が現れないんだ」


「えっ、王子様なのに……ですか? 信じられません!」


「まあ、いらっしゃる令嬢もそれなりの領地や財産を持っているからね……厳しい世の中だ」


 どこまで本当の話なのか、またもや分からなくなってきた。王子様が女性に興味を示さないのか、本当に選ばれないのか謎である。一文無しの自分にはもったいないぐらいの良い条件だが、人によって境遇が違うのだ。


「それでね、良いことを考えたんだ。ミラベルさんに、僕を女性に選ばれる王子にしてもらいたいんだ。どうすれば女性の心を掴むことができるか、君で練習してみたいのだ」


「というと、私が練習台になって、女性の口説き方を学びたいということですね。どういう態度を取れば、女性がグッとくるかを知りたいと……」


「単刀直入に言うとそうなんだ! 君頭がいいから話が早くていい! やってくれるよね? こんなこと両親には頼めないから、給金は僕が個人的に出すから……ねっ、ぜひやってくれ! これは勤務命令だ!」


「勤務命令じゃ、私に選択の余地はないじゃありませんか。お引き受けします! それで特別手当がいただけるのでしたら、喜んで!」


「そうと決まれば今からでも実行しよう。ただし、君が僕といる時だけだ。他の人の目があるときは何事もないように振る舞わなければならない。お互い気を付けて行動しよう。では同士。早速誓いの握手をしよう」


 ウォルナー王子は大きな右手を差し出した。ミラベルはその手をしっかりと掴み誓いの握手をした。


「それでは、王子様よろしいですか。レッスン1でございます。まずは表情から作ります。いつもににこしているそのお顔、口元を引き締め何か考え事をしているような、謎めいたお顔に変えてみましょう」


「謎めいた顔とは? こういう顔ですか?」


「それでは口に力が入りすぎて怖いです。自然な感じがいいのです。すべて動作は自然になさってください。王子様は美しい瞳をお持ちです。眼も下から覗き込むような視線ではなく、まっすぐに相手のお顔を見てください。そうすれば、瞳の美しさが引き立ちます」


「これはどうですか?」


 今度は、相手を睨むように見つめている。


「もっと自然に、さりげなく相手を見た、という感じで」


「これではどうでしょう?」


「だいぶ良くなりました。次は声の掛け方です。ねえ君、とか、ちょっとさあ、という普段私に声を掛けている掛け方はあまりよくありません」


「そんなあ、酷いなあ。ミラベルさんそう思っていたんですか」


「いえいえ、これはレッスンですのでお気になさらず」


 王子は口をとがらせてミラベルを見てプイと怒っている。ミラベルは思わず吹き出しそうになってしまった。


「あのう、続けますよ」


「はいはい」


「先ほどの掛け声の件です。軽い感じに見えないようにしてください……今日のあなたはバラの花のようですねなど、お世辞でもいいのでお褒めの言葉を述べてください。相手の方をよく観察されることが大切です」


「なるほど、今までそんなことを言ったこともなかった」


「今まで、どのようにお声を掛けていらっしゃったのですか?」


「こんにちは、君暇そうだね。僕とダンスを踊ってみない? って調子で話しかけていた」


「では、今お話ししたことを踏まえて、私をどこかのご令嬢だと思って誘ってみてください」


「では、行きますよ。僕の魅力に参らないでくださいね」


「はい、スタート!」


 ウォルナー王子は言われた通り、壁際に立つミラベルのそばへ寄っていく。いつもの王子とは別人のような身のこなしだ。まっすぐにミラベルの眼を見つめ、引き締まった表情で近寄り手を差し伸べた。


「今日のあなたは、他のどなたよりも美しい。僕と是非踊ってください」


 ミラベルは、差し出された掌の上に手を重ねておき、静かに返事をした。


「光栄です。今日の王子様は素敵です。是非お願いします」


「凄いなあ、こういえば今の君が口にしたような言葉を言ってもらえるのか」


「それは、分かりませんが、いつもとはだいぶ違って見えると思いますので、この調子で話しかけてみてください」


 ほんのちょっとしたことを気を付けるだけで、こんなに変わるとは思わなかった。まっすぐミラベルを見つめたブルーの瞳は魅力的で、ウォルナー王子から声を掛けられただけでうっとりとしてしまった。その後何度も練習をし、本当に魅力的な王子のように見えるようになってきた。ある程度の成果が出たので、今日のレッスンは終わりになった。


「では、この部屋を一歩出たらいつも通りに振る舞うように。お互いに注意しよう」


「はい、明日またレッスン2を行いますので、今日のレッスンを復習しておくようにお願いします」


「よし、了解した。ミラベルさん!」


 しかし、今まで誰も彼に指導してあげる人はいなかったのだろうか。彼のマイペースぶりは度を越しているような気がする。ミラベルは、直してあげなければならないことはまだまだたくさんありそうだと思った。




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