第14話 ミラベル、王子様に振り回される
掃除や洗濯を終え、ようやく休憩時間になった。ミラベルは厨房でお茶を飲んでから、若いメイド仲間のラズリーと一緒に階段を昇って行った。通いのメイドであるミラベルには部屋がないので、ラズリーが部屋へ来ないかと誘ってくれてついていくことにした。ミラベルは思い切って訊いてみた。
「ねえ、ラズリーさん、王子さまって……あのウォルナー王子さまっていつもあんなふうなの?」
「あんな風というと、わざとナイフやフォークを落として拾わせたり……」
「……ああ、今朝の事ですね。たまにあんな悪戯をなさるんです。特に入ったばかりのメイドとか、若い使用人を相手に。まあ退屈している時になさるらしいですが、王子様の性格なのでしょうか、私には理由はわかりません」
「悪戯でやっているの……私はここへ来たばかりだから、からかって遊んでいるのね」
「まあ、あまり気にしないことです。そのうちおやめになるでしょう」
「王子様はお食事の後は、剣術の稽古やお勉強などをなさっていらっしゃるの?」
「さあ、いつも宮殿の中を歩き回っていますよ。この中に図書館もあるのですが、そちらではお見かけしたことはありませんし、剣術の稽古もあまりお好きではないようです」
「……それで、王様や王妃様は何もおっしゃらないのですか?」
「お二人とも王子様を大層可愛がっておりまして、嫌がることは無理にはやらせようとなさらないようです。ですから、ナイフやフォークを落としても何もおっしゃらなかったのでしょう」
「……そうですか。外から拝見しているのとは大違いなんですね。色々分かりました。ありがとう」
ミラベルは、王子の日頃の様子を知れば知るほど、彼のことがわからなくなる。でも自分にとってはどうでもいいことなのだ。ここへはお金を稼ぎに来たのだと割り切って働くことにした。
「……あのう、私は住み込みのメイドなんですが、ミラベルさんは通って来るんですよね。どなたとお住まいですか?」
「祖母と一緒に田舎に住んでいます。だからここまで歩いてきています」
「ご両親はいらっしゃらないの?」
「ええ、経済的に苦しくなって別居中なの」
「あら、悪いことを訊いてしまいました」
「いいんですよ。本当の事ですから」
「でも王子様、趣味が悪いですよね。いざご結婚なさる時は良家のご令嬢となさるのに、メイド相手にからかったりなさって……ミラベルさんも気にしないことですよ。それが一番です」
いい人だったら結婚相手に、そしていずれは王妃にと心の中では希望を持っていたが、王子がメイドと結婚するなどということはあり得ないことだ。ミラベルは自分の魂胆が見透かされていたようで、居心地の悪い思いをした。
「色々教えてくれてありがとう。お部屋にまでお邪魔しちゃって、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、若いメイドは私たちだけですから、これからもこちらで休憩しましょう」
二人は、紅茶のカップをトレイに乗せ部屋を後にした。
ミラベルは、宮殿の中を歩いていたウォルナー王子と出くわした。
「おい、これから狩りに行くからついて来い!」
「えっ、これからですか? 私、メイドの仕事があるのですが……」
「そんなの他の連中にやらせとけばいいじゃないか。これも仕事だから大丈夫だ」
「まあ、ウォルナー王子様の命令とあれば、どこへでも参ります。仕事ですから……それではすぐ支度します」
「よし、ミラベルさんは行動が素早くていいね」
メイド長のクランに白い目で見られながら、王子様の命令だからと王宮を後にして、狩猟場へ出かけた。ウサギを見つけた王子が合図するので、後をついていく。お付きの家来も数人後を追った。そっと回り込んで逃げ道を奪うように取り囲む。網を持った従者の一人がウサギの進行方向にさっと手を出し網でウサギの行く手を阻んだ。ウサギは必至で抵抗し、飛び出そうとしているがもはや無駄な抵抗だ。網にかかったウサギは、体中の力を振り絞って抵抗するが、徒労に終わった。
「おう! よくやった! 褒美を取らすぞ! 今日はウサギ料理が食べられる」
ついてきたミラベルが、狩りの一部始終を知り、がっかりした。これが、この間さっそうと狩りをしていた王子の正体だったのか、知らないほうが良かったと思った。
「はい、ウサギも気の毒にあっという間につかまってしまいました」
「そうかい、可哀そうだった?」
「ええ、少しは……」
今日の収穫が得られたので、満足げにしていたのだが、ミラベルがあまり楽しそうではないのが不満なようだ。帰り道でついつい口にしてしまった。
「あのう、私のようなものが口にするのは失礼かもしれませんが、剣術や勉強などはなさらなくても大丈夫なのですか」
「ああ、僕は家来もたくさんいるし頭の良い学者も国中にたくさんいるから勉強する必要は無いのさ」
「さようでございますか。でもこの先どんなことが起こるかもしれませんし、決断を迫られる場面があるかもしれません。その時のために備えることは無駄ではないのではありませんか?」
「ほお―、めずらしい。メイドにそんなふうに言われたのは初めてだ」
「心配だったもので……失礼いたしました」
「君って面白い娘さんだね。だって、僕にご機嫌取っていた方が仕事しやすいに決まってるのに、そんなことを言うんだもの」
「嫌われてしまいましたね。でも、クビにしないでくださいね。ここで暫く働かなければなりませんので」
「分かってるって。君はお金が必要、僕は面白いメイドが必要。両者の利害は一致しているんだからクビになんかしない。それに思ったことを言ってくれてうれしかった」
「ああ、良かった!」
「だって、皆僕と本心で付き合ってなんてくれない」
「こんな私でよろしければ、いつでもどこへでもお供いたします」
ミラベルに声を掛けたのは単なる退屈しのぎではなかった。ミラベルには王宮の生活の中にはない何かを持っていてウォルナー王子はそれを感じ取った。
それとは反対にミラベルは、考えれば考えるほど彼は本当は賢いのか賢くないのかよくわからなくなる。先ほど捕まえたウサギが、今晩の食卓に上ってしまうのが気の毒ではあったが、そのことは言わずにいた。ミラベルは通いのメイドなので、ここでも夕食の準備が終わるとすぐに帰ることになっていた。気になったので厨房の調理人に訊いてみた。
「夕食にウサギの料理は出されますか? ちょっと気になったもので……」
「いいや、ウサギの肉は届いてないよ。今日は鳥肉のローストだ。こんがり焼くと美味しいよ。ソースもたっぷりかけてな」
「そうですか。ウサギの料理はないんですね。良かった」
「たぶん明日の食卓に乗りますよ。狩りに行って捕まえてきたそうだから……」
やはりあのウサギは明日までの命なのだなと思いながら、着替えて外へ出た。宮殿の前庭には、迷路のように植えられた木々が生い茂っている。一度中へ入ったらなかなか出てこられないだろう。いつか時間のある時に歩いてみたいが、今日はまっすぐ家に帰ろう。
木々の前を通り過ぎ、門までの小道を歩いていた時、何処からかミラベルを呼ぶ声がした。
「おーいっ!」
「どなたですか?」
「おーいっ、こっちこっち……」
「誰ですか? 私を呼んでいるのは」
――もしやあの方では?
「まだわからない? ここだよ!」
「あら、こんなところにいらしたのですか」
迷路の中から、現れたのは昼間一緒に狩りに行ったウォルナー王子だった。何を悪戯しているのだろうか。
「こんなところで、何をしていらしたんですか?」
「何を、って、迷路から出てきたんだ。中を歩いていたに決まってる」
「何か御用でしょうか?」
「別に用がなくても話しかけていいだろう」
「もちろんでございます」
「さっきウサギがかわいそうだって言ってただろう。だから今回は君に免じて逃がしてあげようと思ってね。それを言いに来た」
「……えっ、それを言うために……」
「そうそう、待ってたんだ。君がそろそろ帰る時間だと思って。別に用はなかった、じゃあ気を付けてね!」
「はい! また明日」
思いがけずウォルナー王子に呼び止められ、ほんの少し帰るのが遅くなった。ミラベルはいつもより更に大股で門を出て、家路を急いだ。今日一日でウォルナー王子のまた新たな面がわかったような気がして楽しくなってきた。
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