第11話 ミラベル王家の狩猟場へ

 翌日からは大きな問題も起こらず、家庭教師もメイドの仕事も順調に進んでいった。慣れてからは月日はどんどん過ぎてゆき、あっという間に一か月が経っていた。

 ピスタも以前は机に向かえるだけでもすごいことだったのだが、いつの間にか本を読んでいることもあり、家族を驚かせていた。ミラベルにとっては、読書は狭い世界の扉を開けてくれるようなものだったし、そんなミラベルの姿にピスタが動かされていたのだ。


「想像の世界ではいろいろなことができるし、どんなことでも起こりうるんだ」


 真面目腐った顔でそんなことを言うこともあったが、あまりの変化にミラベルの方が感心することもあった。


「ピスタ、あなた大丈夫? 熱でもあるんじゃないの? あなたが自分から本を読んでいるなんて想像できないわ」


「僕には無限の可能性があるんだ。見くびらないでよ!」


「いえいえ、別に見くびっているわけじゃないんだけど。まあ、あまりの変化に驚いているだけよ。この調子で勉強すれば、カレッジ入学も夢ではないわ」


「本当にそう思っている? 俺もそんな気がしてきた。兄貴たちと違ってストレートに入れそうな気がする」


「そうだといいわよねえ。私もここへ来た甲斐があるわ」


 ヘーゼルの方は相変わらず私に声を掛けたり、メイド仲間のチェリーに声を掛けたりと忙しい。そんな彼の様子がわかっていても、独りぼっちのミラベルには嬉しい。本気で相手にしていないとわかっていても、メイド相手にからかって楽しんでいるのだとしても、彼が話しかけてくると不思議と心が和む。


「ミラベルさん、ピスタの勉強も軌道に乗ってきたし、このままここでメイドを続けるも悪くないでしょ?」


 と真面目な顔で訊いてきた。正直迷っていたので、即答できずにいた。


「僕と付き合うとかどう?」


「へっ……付き合うって………」


 以前、ピスタに訊かれたのと同じ質問だ。この間のように、サッカーに付き合うとか、買い物に付き合うとか、そんな内容だったら真面目に答えるとまた恥をかいてしまいそうだ。


「ああ、どこかに一緒に行くとか、サッカーに付き合うとか、そういうことですね?」


「鈍いなあ、付き合うっていうのは、交際するってことじゃないの?」


「あら、ヘーゼル様は、そちらでしたか、え――っ、私考えたことがなかったので……わからないのですが!」


 本気なのか、からかっているのかその顔色からは全く読めず、時間を稼ぐしかない。一瞬、お金を稼ぐための仕事はこれで終わりにしようかと、淡い期待をしている。

 ヘーゼルの強気の視線に射抜かれたように、体は緊張で固まってしまった。ミラベルは結構満足げな顔をしていたのではないかと自分でもわかる。しかし、からかわれているのだろうと結論付けた。


「そんな、私なんて……ヘーゼルさんにはもっとふさわしい方がいらっしゃるでしょう?」


「そうか? チェリーとかかあ? チェリーも悪くないな」


 本気でそう思ったのだろうか。それともはぐらかされてしまったのだろうか。それを聞き、失望しているのが、自分でもわかった。私っていやな性格だな、とミラベルは思う。 


「そうね、チェリーがお似合いなんじゃないかしらね。私よりずっと以前からの知り合いでしょうから」


 どんどん嫌なことを言っていくのがわかるが、止まらない。


「うん、ミラベルさんにも好きな人の好みがあるのだろうから……」


 どういうわけかこの話はミラベルが断ったような形になり、あやふやなまま終わりになってしまった。まあいい、ここへはお金を稼ぎに来ているだけなのだ。その話以来、ヘーゼルはミラベルをあまりからかってこなくなったが、それは少し寂しい気がしていた。




 更に一か月ほどが過ぎた。道すがら知り合った農夫と親しくなるうちに、時々荷馬車の後ろに乗せてもらえるようになった。ミラベルの方も、給料が入った時には何か美味しいものを届けたりして、馬にも乗せてもらえるようになっていた。毎週もらえる給金は生活するには十分すぎるほどあり、ミラベルの蓄えはどんどん増えていった。そうなると人間というのは不思議なもの、さらに多くの収入を求めて何か仕事はないかと考えるようになった。


「レーズンおばあさん、今の仕事も順調に言っていて、不満はないんだけど、もう少しお金を貯めておきたいと思うの」


「ふ~ん、もっとお金になる仕事を見つけたいのかい」


「……ええ、この先一人で生活しなければならないことを考えると、貯められるだけ貯めておきたい。でも、なかなかそんないい話はないわよね」


「……そうだねえ、無くはないがねえ、ちょっとやってみるかい?」


「えっ、また何か妙案があるの?」


「ああ。隣に農場があるだろ? あの向こうに何があるか知ってるかい?」


「いいえ、教えて! 何かいいところがあるの?」


「王様の領地で、狩猟場があるんだ。そこでよく王子が狩猟をしているらしい。そこに偶然を装って忍び込むんだ。運が良ければ王子に巡り合うことができる。王子は、まだ二十代の若者だから、その人の心を掴めば、お前はお妃になれる。どうだい、こんなにうまい話はないだろう。家庭教師やメイドの仕事をしないで、お妃としての務めは果たせばいい」


「おばあさん、凄い情報を持っているのね。流石、元領主さまのメイド頭ね」


「運が良ければ知り合うことはできるかもしれないが、悪くするとお咎めがあるかもしれない。一か八かの賭けみたいなもんだ。見つかった後の事はお前次第だから、うまくいくかどうかは何とも言えないよ」


「私……やってみます! 農夫の方に馬を借りて、狩猟場に迷い込んでみせます! その後どうなるかわかりませんが……」


「まあ、若い娘だから見つかってもそんなひどいお咎めはないとは思うから、やってみるがいい。健闘を祈っているよ!」


 ということになり、休みの日に決行することになった。


「私は魔法使いじゃないから、うまくいくかどうかは運しだいだからね」


 おばあさんの掛けてくれた言葉に、なぜか心強くなった。


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