第8話 ミラベル初めて給料をもらう

 そんな風に、ミラベルはメイドと家庭教師の仕事を繰り返しながら一週間が過ぎ去っていった。相変わらずピスタの勉強はゆっくりだし、ヘーゼルとカシュ―の兄弟は、暇さえあれば外でサッカーをやっていた。いつカレッジに行っているのか分からないほどよく庭にいた。


「今日は念願の給料日。楽しみだわ……」


「おお、おお、よく頑張ったね。お給金をもらったら、街で好きなものを買ってくるといい」


「ええ、嬉しいわ。食料の買い出しに行ってくる。それから普段着を一着。そんなにもらえるかわからないけど……


「そうだね。どのぐらいもらえるもんかね。でも、侯爵家の家庭教師とメイドだ、期待できるんじゃないのかな」


「そうだといいんだけど」


 ミラベルは、鞄を持ち緑色のチェックのワンピースを着て出かけた。一週間同じ服を着ている。これが仕事に行くときの制服のようになっている。いつもより足取りが軽いのは、やはり今日が給料日のせいだ。侯爵邸が見えてくると、さらに歩くスピードが増し足取りは軽くなってきた。休み時間にピスタと一緒にいただくおやつも病みつきになってきた。


「ミラベルさん、おはよう」


「あら、だんだん勉強が嫌じゃなくなってきたの?」


「どうしてだ?」


「だって、私の顔を見ても嫌がらなくなってきたじゃない……」


「まあ、えへへ……」


 一週間でようやくこの家の人たちに受け入れてもらえたようだ。始めて仕事をするミラベルにはこの上なく嬉しい。仕事が終わり、伯爵夫人のバナーヌ様に呼び出された。いよいよ給料がもらえるのかと思うとドキドキする。さていくらぐらいもらえるものなのか。


「一週間御苦労様。ピスタの面倒をよく見てくださったわ。あの子も少しは嫌がらないで勉強するようになってきたみたいだし、あなたになついているみたいです。続けていただけますよね?」


 皆一週間も持たないでやめてしまったらしいので、すこぶるご機嫌だ。


「もちろんです。ここで引き続き働かせていただけると助かります」


「そうよかった。これ一週間分のお給金ね。少ないかもしれないけど来週もよろしくお願いしますね」


「あっ、ありがとうございます」


 ミラベルは紙幣の入った封筒を受け取ると、しっかりと両手で握りしめ、鞄の奥にしまった。始めてもらう給料に走り出したいほどの衝動を感じたが、平静を装って屋敷を後にした。屋敷の庭を出たところで、周囲を見回し人がいないのを確かめてから鞄の中に手を突っこみ、封筒をそっと取り出した。その厚みがなんとも嬉しく、開けるのが楽しみだった。


「すっ、凄い! これが少ないかもしれないだなんて、どういう金銭感覚をしているの?」


 何と封筒の中からは、百ダーラが出てきたのだ。この国の貨幣単位一ダ-ラで、市場で焼き立てのパンが十個は買える。これでパンが千個も買えるんだ! 当分食べる物には困らない。いやいや全部パンを買うわけではない。仕立て屋をしていた時の女性もののドレスがこのぐらいの値段だったはずだ。明日は市場へ行ってこようと思う。普段着の一着ぐらいは食料を買っても買えるかもしれない。


 小屋に着くと、くるくると鍋をかき回しているレーズンおばあさんを驚かそうと近寄った。


「おばあさん、聞いて、聞いて! これを聞いたらきっと驚くわよ!」


「何だい、騒々しい。今鍋をかき回していたんだ」


「一週間分の給料が入ったのよ! 何と百ダ-ラも頂いたの!」


「おお、そんなにもらえたのか。凄いじゃないか。良く働いたからねえ」


「予想より多かった。こんなにもらっていいのかと思うぐらい」


「まあ、くれたんだからもらっておけばいい。じゃあ今日はお祝いだ。といってもいつものシチューだがね」


「明日は食料を仕入れに市場に行ってくるわ」


 いつもと同じシチューでもその日の夕食は美味しく、話も弾んだ。この調子でお金が稼げれば、かなり短期間で大金がたまるだろう。市場には、父親を騙して店を乗っ取った悪人がまだうろついているのだろうか。自分の顔を覚えられていないだろうかと恐ろしかったが、翌日スカーフをかぶって出かけた。乗り物などないし、乗るお金ももったいないので歩いていった。店がそこにまだあるのではないかという淡い期待を抱いてはいたが、やはり期待は裏切られた。店は改装され、高利貸しの事務所になっていた。中を覗いてみると強面の男たちがソファにふんぞり返っている。こんな事務所に客が来るのだろうか。ミラベルは一瞥して食料品を買いに行った。幸運なことにまだお金は残っていた。普段用のワンピースを見つけ一着購入した。クリーム色の柔らかい色合いのワンピースだった。試着してみるとかなり気分が華やかになり、思い切って購入した。仕事に行くのが、少しは楽しみになるかもしれない。


――うわあ、こんな素敵なワンピースを見るの、家を出て以来だわあ……


 両手いっぱいに荷物を抱えて、村へ向かって歩きだした。すると向こうからピスタとヘーゼル、カシュ―の兄弟が三人で歩いてきた。


「あらあら、皆さんお揃いで、お買い物ですか」


「うん、買い物が終わってついでに何か食べようかと思っていたところなんだ。ミラベルさんは何をしてたんだ?」


「わっ、わっ、わたしはっ、お買い物よ……今日はお休みですから……」


「そうかあ、一緒に食べるか?」


「いえいえ、私はここの料理は苦手だから遠慮するわ……」


 そこは街でも一番のレストランで、当然値段も一番高いことで有名だった。


「そうなのか、すっごい美味しいって評判の店なのに残念だな。じゃあまた来週、行こうぜ」


 三人はさっそうと、有名レストランに入って行った。ミラベルは逃げるように、その場を立ち去り、一目散にレーズンおばあさんの家へ走った。自分だってお金さえあれば、堂々と一緒に店に入って行くことができる。奢ってもらうつもりで着いてくわけにはいかない。今にたくさん働いて、もっとお金を手にしたら彼らと一緒に入って見せる。そう心に誓う。


 自分と余り年齢の違わない彼らが、レストランでおいしい食事を摂っているのだろうかと想像しながら、馬車にも乗らずに街を過ぎ、牧場や畑を過ぎ雑木林の中の小屋へ入った。ほっとして家の中へ入り買ってきた食料をテーブルの上へ置いた。来週はちょっと気取ってクリーム色のワンピースを着て行こう。そういえば、ヘーゼルにもらった白粉と口紅もあった。ちょっと彼らを驚かせてやろう。こんなことを考えている自分が不思議でもあったが。おばあさんの留守の間に、クリーム色のワンピースを着てヘーゼルからもらった化粧品で化粧をしてみた。白粉をするすると肌に載せ、口紅を差すと二歳位年上になったように見える。急にレディーになったような気がして、くるりと回り全身を鏡に映して見る。一週間分のご褒美をもらったようだ。


「おやまあ、ずいぶんきれいになったもんだ。これじゃあ、侯爵家のお坊ちゃんたちは、見とれてしまうよ」


「そうかしら。こんな格好で仕事に行くのはまずい?」


「いやいや、素晴らしいレディーになっていいんじゃないのかい」


「おばあさんのおかげでこんな身なりが出来たわ。おばあさん魔法使いなんでしょ? あの家庭教師の推薦書だってどうやって作ったの?」


「まあまあ、それはいずれ教えてあげるから今は仕事のことだけ考えなさいな」


「ちょっと気分を変えて、来週はこれで一週間働くことにする。食料もたくさん買えたし、元気が出てきたわ!」



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