拾柒

 キンジローは階段をひたすら上る。屋上を目指しどこまでも。

 石から人の姿になってから間接の曲がり具合が良く、より歩きやすく上りやすくなっていることに気付き1人はしゃいでみる。階段を軽やかに上りきると、そこには古びた大きな扉があった。

 「ここをあければ屋上か」

 扉をゆっくり押す。

 長年開け閉めがされていなかったらしく、開ける際に不快な高音が耳に響いた。

 屋上は殺風景だが広がった。真正面を見ると花子が立って誰かと話していた。

 何に話をしているのだろうとゆっくり近付くと、花子の周辺に無数の黒い物体がひしめき合っているのに気付いた。新たな妖怪かな、と思い早歩きで距離を詰めると、それらの正体は実はカラスであった。

 「だーかーら、こうやって長い時間お願いしますって頭下げとるやん。頼み事きいてええなぁ。あんたら全国飛び回ってるんやから一緒に招待状持って行って好きなタイミングで落としてくれたらええねん。ただそれだけ、お願い!!」

 必死に頼み込む花子の姿を見てキンジローは胸がキュンとする。

 花子さんが頑張っている姿はなんて素敵なんだ。僕ももっと頑張らなくちゃ。そう思わせるような態度と笑顔で花子はカラスに話かけるが、カラスの対応は冷たい模様。

 「カーー、そう言われましてもやな。そんな全国に招待状配るような仕事するんやったらわしら何貰えますん?飯やらキラキラ光るもん結構もらわな交渉成立しませんわ」

 一羽のカラスが柵の上に乗っていて、そいつが花子と会話をしているようだ。

 「学校で見つけたキラキラなもんは全部あんたにあげるわ。ご飯も見つけたら屋上に持ってくる、だからお願いやわ」

 花子が両手を揃えて懇願している。

 「わしらは今生きてますんや。今何かもらえれへんかったらやる気も起こりませんわ。それに見てみ、まだ外若干暗いでっしゃろ?わしら、鳥目やねん。まだまだ飛べませんわ、カーーーッカッカーー」

 花子を嘲笑うようにカラスが声を上げた。その大きな笑い声を聞いたキンジローは花子と話しているカラスに注目した。

 妙にリーダー気質な振る舞い、頭に特徴があり本人がオシャレのつもりなのか頭部の羽が全体的に左になびいていてキザな風貌をしている。

 「ちょっと待てよ。あいつ!!」

 キンジローは咄嗟に走り出し、地面にうずくまるカラスの群れを上手くかき分け、花子と話しているカラスの隙を突いて詰め寄った。

 「やっと捕まえたぞ、この野郎」 

 スッとのびたキンジローの右手はキザなリーダーカラスの喉元を捉えていた。

 花子は今までに見たことがないキンジローの怒りを目の当たりにして数歩下がる。

 「キンジロー、あんたなにやってんの?」

 花子はキンジローと彼に捕まったリーダーカラスを交互に見た。

「ガ、ガ、なんや失礼な奴やな。いきなり首掴んできやがって、どんな顔しとんねんガーーーー!!」

 カラスがキンジローの顔を見ると奇声を上げた。

 「僕が誰か知ってるよな。いつもいつも空から僕に糞を落としてくる忌まわしいカラスめ。昨日の夕方も僕に糞を落としたな。見ろ、まだあるぞココに。これはお前の糞だろ」 

 そう言うとキンジローは自らの肩に染み付いた薄黒く汚れた部分をリーダーカラスの目の前に見せ付けた。

 「あ、あなた様はもしかして。いつも不甲斐なく無礼な弟が迷惑を掛けております」 

 リーダーカラスは急にトーンを落とし、甘い口調でキンジローに話しかけた。

 「バカ言うな。騙されるもんか。僕は糞を掛けられる度に空をみてお前を睨んでいたんだ。その変な前髪を間違えるわけないだろ!」

 キンジローの顔はリーダーカラスのくちばしにつきそうなくらい近距離で怒鳴っている。

 「キンジローさん、で宜しかったかな?よく見てください。この前髪はわしら兄弟のトレードマークなんですわ。兄の私は左分け、弟は右分けでやっております。残念ながら弟は今食料調達係で別行動とってますんや。次おうた時にはガツンと言うときますさかいこの兄の謝罪を受け止めて下せい」

 リーダーカラスは申し訳なさそうに目を瞑り平謝りを繰り返す。

 「そ、そうだったんだ。早とちりした僕の方こそごめんなさい。それでは弟さんにもう2度としないようにきつく伝えて下さいね」

 右手の握力を弱め、キンジローはリーダーカラスを解放する。

 「ありがとうございます。あの愚弟め、今度会ったらどつき回したるから覚悟しとけよ。ところで、あなたがキンジローさんだったんですか。花子はんの相棒でっしゃろ?今回は謝罪の気持ちを込めて招待状配らせてもらいますわ。もちろん無料で。おい、お前ら!招待状をとれぃ!所々で落として行くけど俺の合図まで待てよ、カァーー!!」「ガァーーー!!」

 地面に陣取っていたカラスの大群がリーダーの一声に答えるかのように鳴き返す。

 するとキンジローが抱えていた妖怪宛の招待状を1羽1羽引き受けていき、天空へと飛び立っていった。

 最後にリーダーカラスが残りの手紙をガッサリ掴み、別行動中の連中にも渡すと言って屋上から羽ばたいていった。


 長い夜が遂に開け、朝陽が昇り始める。

 「さっきまでまだ暗い。鳥目やから飛べれへーん。って言ってたのに、ただ飛びたなかっただけやろ。あいつお調子者やな」

 花子が気を悪くしたままキンジローに話しかける。

 「まぁまぁ、一応引き受けてくれたから結果オーライじゃない?」

 丁寧な口調で言い返すキンジローを見ながら花子がさらに言葉を続ける。

 「てかキンジローもあんな風に怒れるんやね。ただボーッとした優男やとばっか思ってたからびっくりしたわ。あのカラスに立ち向かっていった姿、ちょっと格好良かったよ」 

 キンジローは花子の言葉を背中で受け止める。朝陽に照らされた2人の顔は真っ赤に照らされていた。


 「カァーーーッぶねぇところやったわ。バレてないよな?お前らどう思う?いやぁ、昨日の夕方風が強くて助かったわ。まさかいつもとセットが逆になってるなんてな。カカカ、これからあいつに糞する時は必ず右分けにせなあかんな。助カァーーッたぁー!でもよぅ、お前ら。任された仕事はきちんとこなすで。花子はんが長い間俺らに説明しとったやろ?正直おもろそうなアイデアや。これからどんな妖怪達があの学校を訪れるか楽しみでしカァーーッたないわ。おい、そこのお前。今や、落とせ!!」

 朝陽を浴びながら天空より宛名のない招待状が地上へと解き放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る