拾陸

 ガチャッ

 目の前の扉が開くとそこにはニヤニヤ笑う花子が立っていた。

 キンジローは花子に引きずられるまま校内を歩き回り、前と同じようにある扉の前で待つように言われた。今度は早く戻ってきてね、と言おうと振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。

 幸運にも今回は数分足らずで済んだ。

 扉の先で満面の笑みを見せる花子にキンジローは問い掛ける。

 「この部屋に何しにきたの?」

 辺りを見渡すとたくさんの机や椅子が向かい合わせになって並んでいる。机上には書類らしきものが溢れており、探しものがあるとすれば困難な雰囲気をかもしだしていた。

 「ここは職員室やで。今から紙とペンを探そうと思ってるねん。キンジローも手伝ってや。私の”相棒"やろ?」

 うきうき気分でそう言い放つ花子を見ると、キンジローは少し恥ずかしくなると同時に緊張する。

 キンジローは自分のアイデンティティを再構築した後、校内に入るまでの間に花子とある約束を交わしていた。初めて木の上で会った時に言われた”相棒"発言。花子はこれからもっと規模を大きくし、さらなる妖怪達の悩みを解決するべく活動していきたいという旨をキンジローに改めて話した。キンジローはそれはとても素敵で優しさ溢れる行いだと絶賛した。自らが救われたように、他の現代に悩める妖怪達を救ってあげたいとキンジローも願った。今の自分があるのも花子のおかげである。そんな花子の願いに協力してあげたいという気持ちと、ただ単純にキンジロー自身興味があるので他の妖怪達の相談に乗ってあげたいという気持ちが合致した。

 校内に入る直前、2人は立ち止まり、誓いの握手を交わした。

 これから2人でたくさんの妖怪を救っていこうと。

 キンジローが先程交わした花子との握手を想い返しながら右手の平を見ていると、目の前の机にペンが3本転がっているのに気付いた。

 「花子さん!ペン見つけたよ。3つもあるけど全部借りたら良いかな?」

 そう言うとキンジローは3本のペンを掴み花子に見せた。

 それをチラッと横目で見た花子は頭を横に振ってまたペン探しを再開した。

 花子さん、これは?あれは?じゃあこれは? 

 職員室にはペンが机の上にたくさん転がっており、見つける度に花子に報告するが、花子は最初こそ反応を見せたが、後半は見もせずに首を横に降るだけだった。何がいけないんだろうと、キンジローは自分が見つけたペンをじっくり見つめるが何もわからない。

 「やっとペン見つけた!紙もこれやったら大丈夫やな、ラッキー」

 キンジローが花子の声がした方向を向くと、部屋の端っこに落ちていた小汚いペンと色褪せた紙の束をもっていた。

 「ねぇー、今まで僕が見つけたやつと今花子さんが持ってるその薄汚いペンと紙は何が違うの?」

 キンジローが問い掛けると花子はびっくりするほど丁寧に説明を始める。

 「残念ながら、あんたが見つけたペンや紙は人間の所有物や。それらは私らには扱かわれへん。人間にとって使えるペンを私らが使うと何も書かれへんし読み手も読まれへん。それは定められたルールの1つ。ほな、ここにあるペンと紙の束はどうでしょう」

 そう言うと花子はペン先を出し、1番上の紙に次々と文字を書き出し始めた。

 



  “日本全国に古来より巣食う妖怪さん方へ

 何か悩み事を抱えていませんか?1人で頭を抱えていませんか?あなたは決して1人ではありません。私達があなたの悩み相談を承ります。ご相談のある方は、この紙を持参の上、時刻は丑満時、お近くの闇の街道へとお進み下さい。後はこの紙が私達のいる学校まで導いてくれるでしょう。着きましたら、校内3階にある”開かずの間"でお待ちしております。PS: 複数の妖怪さん方が同時に闇の街道に入られた場合、先着の方のみこちらに辿り着ける仕組みになっておりますのでご了承下さい。

それでは、お悩み/ご相談がある妖怪さん方お待ちしております。

 花子 &キンジロー”



 普通に書かれた文字を読みながら、キンジローは花子が招待状を書きたかったんだと気付いた。読み終わってから花子の顔を見るが、ペンと紙について何もわからないキンジローはただただ花子の顔を見つめた。

 「何アホみたいな顔しとんねん。じゃあヒント教えてあげる。このペンと紙の所有者は今はもういません」

 キンジローは考えた。今はもういない、ということは以前にはいたことになる。ここは古い学校で歴史も深い。シンプルだが1番最初に思った事をキンジローは口にした。

 「そのペンと紙の所有者はもう…亡くなってるんだね」

 花子は黙って頷いた。

 「大正解。アホみたいな顔してやるやん。そういうこと。私達妖怪が使える物は故人の物。生者が死ぬと所有権は剥奪されて私ら妖怪や死者が干渉できるもんになるわけ。もしこの招待状を生きてる人間が見てもただの白紙にしかみえん。ただ妖怪や死者が見ると内容が浮き上がって読めるっていうわけ」

 キンジローはまた1つ新たな事を学んだ。

 「ほなら、キンジロー。あとペン数本と紙もうちょい探してくれる?私はちょっくら片付けしてくるわ。準備出来たら前行った3階図書室のもう1つ奥の部屋で会いましょ」 

 そう言うと花子はいつものように部屋の隅へ近付き、闇と同化し消えていった。

 キンジローは微かに感じる亡者のオーラをヒントに職員室内にある忘れられたペンと紙の探索を始めた。

 そこでふっとキンジローは思う。

 「あれ?図書室ってたしか角部屋だったような」

 ペンと紙束を回収したキンジローはうろ覚えの中、校舎3階にある図書室へと辿り着いた。

 ここで”二宮金次郎"についての本を探したのがずいぶん前のように感じられる。

 「ここが図書室で、花子さんはあの隅から前へ消えていっ」

 消えていった。と続けようとしたキンジローの言葉が止まる。

 キンジローが向いた先にはさらに廊下が続いており、図書室に隣接する新たな部屋が現れていたのである。

 「これって一体」

 キンジローが覚悟を決めて入室すると、そこは特に不思議な物があるわけでもなく、一般的な小学校の教室風景が広がっていた。ただ机と席は教室後方に下げられており、教室の真ん中には机と椅子のセットが3つだけ残されていた。2対1になるように向かい合った机の正面にある教壇に花子は立っていた。

 「探し物ご苦労さん。不思議な顔して入ってきてたな。ここはこの小学校に伝わる学校の七不思議の一つ、開かずの間。存在するようで存在せえへん。存在せえへんようで存在する曖昧な教室やな。まぁこの学校自体が古いから、学校の”記憶"が作り出した昔の幻影がなんらかの理由で生徒や先生らと干渉して怪談になってより存在の強さを増していったって感じかな。まぁこれからは私らが本格的に使うようになるわけやけど、

“開かずの間"改め"妖怪悩み相談室"や!」

 ドヤ顔を決める花子であるが、勝手にそんな理由で教室一つを貸し切っても良いのかとキンジローは思った。ただ整理整頓された内装を見ると、自分がペンと紙漁りをしていた間、花子は必死に開かずの間を掃除していたんだなぁとしみじみ感じた。

 「準備ってめっちゃ大変やな。とりあえずここがこれからの舞台になるわけやから尊重して扱うように。でさぁー、ちょっとすれ違いばっかで悪いんやけど、キンジロー。さっき私が書いた文章をそっくりそのまま写してくれる?その見つけた紙全部に。私また行かなあかんとこあるから。それ全部写し終わったら屋上に来てくれる?鍵は開けとくから。ね、お願い!」

 最後に明るくニカッと笑って締められてしまうとどんなに面倒くさくてもノーと言えないキンジローがいた。

 寧ろこの笑顔が見れるならもっとできる。いや、なんでもできる。と、キンジローは思った。  ただ、花子に褒められたかったキンジローは職員室を隅々まで探し、故人所有である紙の束を大量に集めていた。

 「これ全部に…写すのか」

 変な下心を見せずに、丁度良いぐらいで切り上げておけば良かったとキンジローは少し後悔した。

 「ちょっと時間掛かりそうだけど、やるしかない」

 キンジローは妖怪達への手紙を書き始めた。

 外はとうとう闇が消えつつあり、もうすぐ陽の光が昇りそうになっていた。

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