拾伍
言の葉がかき消えると同時に幻影から覚めた金次郎像の前に、花子が立っていた
「さっきこれを取りに戻ってたねん。返す機会も無かった、ていうか正直だいぶ前の事やから忘れてたねん。ただほかす訳にもいかんから大事にとってたんよ」
花子はポケットから歪な物を取り出した。
それは開校前日、金次郎像の身体から欠けた部分であり、大切な過去の記憶を司る場所でもあった。
金次郎像は改めて自分の頭の右側後ろの部分を触ってみる。
そこははっきりとわかるほど欠けており、目の前にあるものがそこに収まると思うと少し恐くなった。
「その部分をはめ直せばあなたの過去の記憶は蘇るでしょう。ただ残念ながら、これもまた記憶の転生。あなたが持っている今迄の記憶はリセットされるでしょう。欠けていた頃が無かったことになり、以前の過去の記憶を引き継ぎ、今日から新たな自分が生まれるのです」
欠片のある間の記憶がリセットされる。
今日から新たな自分が生まれる。
金次郎像は深く考え込んだ。本当の自分と向き合うには今の自分を消すしかない。何故なら今の自分は欠片が取れてできた偽りの記憶だから。考え込む金次郎像をよそに、花子は欠片を金次郎像の手に無理矢理ねじり込んだ。
「ごめんなさい。私のせいであんたたくさん苦しんだみたいやね。まさかこんな大事になるなんて思わんかってん。記憶がリセットされたら私の事も忘れるやんな?私、また会いに来るから。そん時はまた友達になってくれるかな。私のわがままが過ぎるかな」
元気のないトーンで話す花子は本当に反省しているようだ。
金次郎像は悩んでいた。この欠片は大切なもの。僕が僕であった事を含んだ大切な記憶の塊。これをはめ直せば本来あるべき自分に戻ることができる。ただ、代償は今迄の100年余の記憶がリセットされること。もちろん今日のことも。
自分の記憶の塊を右手に握りしめ、金次郎像は震えながら答えを導き出す。
「花子さん、正直に教えてくれてありがとう。謝ってくれるのは嬉しいけど、元気が無いのはやっぱり花子さんらしく無いから嫌だな。答えが出たよ。これが僕の答えだ!!」
金次郎像は右手を高く振り上げ、そのまま地面に叩きつけた。
元々古く脆くなっていた歪な欠片は粉々に砕け散った。
「まぁなんてことを!」
「お前何やってくれとんじゃあぁー!!」
悲鳴と奇声が街全体に響き渡った。
「僕だってバカじゃない。よく考えたよ。本来の自分の記憶を取り戻して座敷童子として逝き直すことも考えた。でもダメなんだ。それが本当の、本来の自分なのかもしれない。でもね、欠片が取れた後に出会った全ての人々の記憶を消したくないんだ。僕は開校当時からの記憶も大切にしている。子供達の話を聞きながら成長も見守ってきた。成長した子供達の子供の登校姿を見たこともたくさんある。全部がかけがえのない”僕"の記憶なんだ。記憶が無いことで生まれた痛みもある。でも、その痛みのおかげで友達もできたし、悩みに打ち勝つ精神を身に付けることもできた。本来の自分を取り戻すには大切な記憶が多過ぎるんだ」
粉々になった欠片はゆっくりと消えていき闇に還る、元から存在しなかったかのように。
「花子さん、僕わかったよ。自分が誰なのか。二宮金次郎でもない、もう元座敷童子でもない。僕は”僕"なんだ。何者でもない。"僕"だ」
花子は最初びっくりしたが、理由を聞くと強く逞しく納得のいくものであった。
花子の中の罪の意識も少し和らいだ。
「僕は僕なんだはええけど。人からは呼びにくいやろ。ほなこれからあんたのこと”キンジロー"って呼ぶわ。改めまして、宜しくね、キンジロー!」
花子はハニカミながら初めて名を呼んだ。
それを聞いた大木は身体全身で喜びを表した。大地に張り巡らせた根を含めて揺れているようだ。
「ちょっとすいません。嬉しく思ってくれるのはありがたいんですが、あなたがやると規模が大き過ぎます」
笑いながらキンジローは大木に話し掛けた。
「ごめんなさい。私としたことがつい。あなたの出した答えは素晴らしいものです。今の自分を大切に思う気持ち、護りたいたくさんの思い出を抱いていることがわかりました。これは私が出来る些細な贈り物です」
そう言うと大木から放たれた言の葉がキンジローの身体全体にまとわりついた。
そのまま回転しながらキンジローは宙を舞った。
「え、これ大丈夫?なんかめっちゃ回ってますけど」
花子が心配そうに様子を見る。
しばらくすると回転は弱まり、キンジローが地面に立つと言の葉は散っていった。
すると同時に花子は驚いた。 キンジローから石っぽさが消え、そこには座敷童子のような少年が立っていた。
「朝日を浴びる前には台座に戻りなさい。それが約束です。それ以外ではその姿で生活をすると良いでしょう。これから忙しくなるのでしょう?花子さん?」
それを聞いた花子の顔に今迄で一番とびっきりの笑顔が浮かび上がった。
「ええやん、キンジロー!石っぽく無くなって暖かみが増したよ。これで草履脱いで校内に入れるな、あはは」
キンジローは自分の手足を見ながら信じられないような様子でいる。
「ありがとうございます。木の精さん。あなたには昔も今も助けてもらってばかりです」
「良いんですよ。それでは2人ともいってらっしゃい。するべき事が残っているんでしょう?私はここを動かずいつも待っています。早くいってらっしゃい」
キンジローは言っている意味がわからずに質問をしようとするが、花子がそれを遮るように大木に語り掛ける。
「色々お世話になりました。あと、自分のした過ちに向き合う機会をくれてありがとうございました。これからは口の利き方にも気を付けます。ほなまったねー、はよ行くでキンジロー!」
花子はキンジローと共に一礼した後、手を取り合って校内に向かって走り出した。
「これで良かったんですね。あなたがどの道を辿ろうと私はあなたの味方ですよ。本当にこれも何かの縁ですね。逞しく育った坊や、金次郎」
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