拾肆

  「い、今のは、過去の記憶?」

 驚きを隠せない金次郎像と花子は今見た幻影を振り返りながら大木を見る。

 「わかって頂けましたか。あなたと私はずっと前からの知り合いなんですよ。今あなたと話せていることが私にとってどれだけ嬉しい事かも感じて頂けたでしょうか」

 100年余、決して届く事の無い一方通行の会話をしていた大木にとって今日という日は特別のようだ。

 「これもそこにいる口の悪、いや花子さんのおかげ(せい)ですね。何か言ったらどうですか?」

 花子の後押しによって金次郎像は前を向いて歩む事を決めた。この大木とまた会話できるようになったことも塞ぎ込まずに全てを受け入れる覚悟を決めれたのも花子のおかげである。金次郎像は花子に向き合い、改めて感謝の意を表そうとするが、花子は冷や汗をかきながら静かに震えていた。

 「やめて。あんたに謝らなあかんことがあるねん。感謝される筋合いもない。寧ろ私が全部の原因なんや」

 どうやら2人が見ていた幻影は違った内容だったらしい。

 すると花子の周りを囲んでいた言の葉が舞い上がり、今度は金次郎像を覆い尽くした。



  新しい学校が建っていた。

 翌日に生徒を迎えるこの学校に1人の妖怪が訪れた。

 「いっちばんのりー!これからここは私の城やな。新しい物好きやないけどやっぱ新品はええなぁ」

 土地に根付く怪談の一つ”トイレの花子さん"は建設中の頃からこの学校を我が物にするべく目を張っていた。そして開校する前日、正式にこの学校に取り憑いた。

 花子は早速3階女子トイレを拠点とし、まだ人間も妖怪もいない学校中を占拠するように歩き回った。

 「あれ、私以外に妖怪の気配が…おかしいなぁ、何か反応が弱いし」

 感じるまま花子は再び外に出て校門前に立つ金次郎像に向かい合って立ち止まった。

 「はぁ〜、あんたが一番乗りなん?私じゃなくて?あんた誰よ?」

 圧の強い言い方で詰め寄る花子を横目に金次郎像からの反応は皆無であった。

 「え、無視なん?自己紹介するなら自分からやろて?ええよ、わかった。私は花子。この学校に取り憑いた”最初”の妖怪。言わばここの女王みたいな存在やな」

 微笑を浮かべ高笑いする花子だが、金次郎像からの応答は相変わらず何もない。

 「ちょっとちょっと。無視は失礼やろあんた。怒るか笑うかしいや。しゃべられへんの?てか石よりの像やなくて像よりの石なん?」

 花子はイライラしだし、台座の上に乗って金次郎像と対峙する。

 「聞こえてますかー?像さーん、石さーん?…うわちゃっ!」

 言いながら背後に周り頭を撫で回していると、頭の一部が欠けてしまい花子の手の中にそれは納まった。

 手の中にある石の欠片と金次郎像の欠けた部分を交互に見る花子。

 「えぇーっと、急用思い出したから私はこれで!え?痛かった?気のせい気のせい、ほなまったねぇ〜」

 いそいそと駆け足で花子は校内へと消えていった。

 開校前日の夜は静かに過ぎ去り、開校初日の朝日と共に金次郎像は転生を終え帰って来た。

 「生徒、職員の皆さん、おはようございます。そして開校おめでとうございます。これから皆さんが素敵な学校生活を送れるよう見守らせて頂きますね」

 朝日を浴びながら校門前は生徒、職員で溢れていた。

 「生まれ変わった気分はどうですか?新しい身体にもすぐ慣れますよ。あなたの怪談は夜に走ったり中々アクティブなものも多く、そこに留まり続ける必要もありません。せっかくなので充分楽しんで下さいね」

 大木が金次郎像に語りかけるが反応が何もない。

 「みなさーん、おはようございます。今日も素敵な一日になりますよーに」

 何も聞こえていないのか、金次郎像は大木に見向きもせず、生徒達に向けて陰ながらエールを送り続ける。

 「何かがおかしい。何も聞こえていないみたい。まさか、あの日現れた、花子と言ったでしょうか?あの子が取った欠片に記憶の一部が入っていたのかも。まぁなんてことでしょう。私の可愛い坊や、可哀想な●●●」 

  優しくも悲しい風貌で大木は金次郎像に陰を落とす。太陽が昇り過ぎ、夕暮れを迎える。

 「みなさーん、お疲れ様でした。気を付けて帰るんですよー。明日も元気良く登校しましょうねー」

 悲しいくらいに真っ直ぐで純粋な金次郎像を見ると心が痛くなった。大木は静かに揺れながら金次郎像に風と言の葉を送り続けることを欠かさなかった。

 いつか返答してくれることを信じて。

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