「あらあら、そこの坊や。どうしたのですか?そんなに険しい顔をして」 

  隣では学校建設の風景が広がる。土地開拓が終わり、今は建物を築く作業に入ったようでガンガンという凄まじい音を響かせながら順調に進んでいるようだ。

 そんな中、この周辺の土地で最年長の大木がある日弱った妖怪と出会った。

 「大変申し訳ございません。お気遣いありがとうございます。わたくし、東から来た座敷童子でございます。旅の途中、しばし旅疲れをしたようなのでゆっくり休養をとっていたのですが、疲れが抜けぬばかりかどんどん気が滅入ってまいりまして…」

 夕陽に照らされたこの座敷童子はすでに片足が半透明になっていた。

 「坊や、宜しければ私に寄りかかりなさい。目を瞑り暫し休まれると良いでしょう」

 大木は優しい風と共に言の葉を弱った座敷童子に送った。

 「感謝致します。それでは、御言葉に甘えて」

 足を引きずりながら座敷童子は大木にもたれるように倒れ、数秒も経たずに眠りについた。

 「何も説明せずにごめんなさい。少し覗かせてもらいますよ」

 眠りについた座敷童子に向かって、1つの枝が伸びていく。それは座敷童子のおでこの真ん中で触れるか触れないかの距離を保ちながら止まった。

 「……そう、そういうことがあったのですね。なんて徳の高い妖怪なんでしょう」

 大木が座敷童子の記憶を通して見たもの。それはこの座敷童子は人間が大好きだということであった。東で生まれたこの座敷童子は数々の人間の家を訪れ幸せを与えていた。好奇心旺盛で旅好きな座敷童子は東から西に向かいいつしか旅を始めた。旅の途中、訪れた土地で人々に笑顔を与えながら過ごしていた。ただ、この旅が座敷童子を弱めていった。  噂・怪談が定着しないため、座敷童子としての存在感が薄れていってしまったようだ。

 旅を初めて数年、数多くの人間に笑顔を与えそれを見ながら自らも笑い福を招く。

 そんな徳を積む生活をしていながら自分の存在危機を招いているのに気付かなかったようだ。

 「なんと健気で哀れな坊やでしょう。このままでは今夜、いえ明日の夜には闇に還ってしまうかもしれません」

 大木は枝を元の位置に戻し、解決策を練り始める。

 どうすればこの坊やを救えるのか。そればかりを考えていると、近くに作業員がいることに気付いた。

 「この辺りが校門になるんやんな。ほなら、金次郎像はここでええかな?勤労と勤勉の象徴やろ?足ムキムキで本と薪てんこ盛りで作るか?」

 若い衆がそういうと遠くの方からしわがれた声が返答する。

 「お前またしょうもないこと言うて。普通でええんや普通で」

 この会話に自然と気を引かれた大木はある名案を思い付く。

 すぐにでも伝えたい気持ちを抑え、大木は座敷童が自然に目覚めるのを静かに待つことを決めた。


 座敷童子が目覚めたのは2日目の明朝だった。思った以上に深く眠りについた座敷童子は寝過ぎてしまった事を只々詫びた。

 「ゆっくり休ませて頂きありがとうございました」

 そう言う座敷童子の両足はもう透けて無くなっていた。眠りが深かったのもすでに闇との同化が進行しているのだろう。

 「わかっております。私は闇に還るのですね。残念です。もっと人間達と触れ合いたかった。笑顔を見たかったなぁ」

 涙を堪える座敷童子はもう無くなった足の部分を叩きながら怒りと悲しみに耐えていた。

 「あなたは本当に心の優しい妖怪です。あなたのような存在が今まさに必要となっております。私に良い提案があるのですが興味はありますか?」

 大木が言い終わると、座敷童子は静かに燃える眼差しを向けながら深く頷いた。

 「宜しい。そこを見てみなさい。あれはこの学校と共に建てられる予定の石像です。勤労と勤勉の象徴として校門前に立ち生徒・職員達を見守る存在です。今、あの石像はからっぽ、つまり器の状態です。あなたが転生しあの石像に入り生まれ変わるというのはどうでしょう。人間好きのあなたにぴったりだと思うのですが」

 話が壮大過ぎて座敷童子は理解に苦しんだ。ただ、勤労と勤勉の象徴として子供達の成長を見守れる事はなんて素敵な事なんだと思った。

 「木の精さん。私は決めました。生まれ変わります。私はあの石像に入りこの土地に根付き、全てを見守る事を誓います」

 上半身を真っ直ぐ伸ばし、胸を張りながら座敷童子は大木に提案を受け入れることを伝えた。

 「素晴らしい。あなたのような徳を積んだ妖怪をこの街に受け入れることができて光栄です。心配しないで。生まれ変わりには多少時間が掛かりますが、今の自分の記憶も引き継げます。目が覚めたら形は変われど新しいあなたの出発です」

 そういうと大木はうっすらと消え行く座敷童子のおでこに枝をつけ、反対側の枝を作りかけの金次郎像のおでこにつけた。

 「あなたに会えた事に感謝致します。このご恩、一生忘れません。あの石像に転生を終え再び目覚めた後も宜しくお願いします」

 目を瞑り、額に集中しながら座敷童子は大木に語りかけた。

 「こちらこそ、忘れないで下さい。あなたが人間達を見守るように、これから私はあなたを見守り続けますよ。坊や」

 「木の精さん。坊やはやめてください。恥ずかしいです。私の名前は●●●と申します」

 言い終わると同時に古い大木を伝わって座敷童子の意識は金次郎像へと流れていった。 

 いつのまにか座敷童子の姿はどこにもいなくなっていた。

 「そうですか。それは奇遇ですね、●●●。再びあなたと言葉を交わすのが楽しみです。では転生の間、ゆっくりとおやすみなさい」

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