拾参
「着いた。ここに違いない。僕はここに来る、いや、戻るように呼ばれたんだ」
自分が100年余ただ立ち続けた台座を目の前にして語る金次郎像。
2人は校門前に戻っていた。
夜を通し深みを増した闇は今は勢いを落とし、朝日を迎える準備を始めているようだ。
「ここって…あんたがずっと立ってた場所…やん?今更この場所に…何かあるん…?あんたの大好きな台座と校門、あとはこの…ふっるい木しかないやん」
花子は息を切らしながら言葉を投げた。
「まぁ、なんて失礼な子でしょうか?言葉遣いがなったもんじゃありませんね」
金次郎像と花子は目を点にし、体制を整えながら振り返る。
目の前にそびえ立つ古い大木と対面した2人は妙な緊張感を覚えた。
「やっと声が届いてくれましたね。いつもあなたを見守っていたんですよ」
大木から放たれた優しさに溢れる言の葉は柔らかく2人の両耳に届いた。
そして同時に心地良い風が吹き去ったのを身体が感じ取った。
「あなたの声は初めて聞いたような気がしなかったんです。どこか懐かしくてとても優しい声でした。そして思ったんです。僕がいつも困った時に感じていた風。あの風がいつも運んできていたのはあなたの言の葉だったんですね。校内で”コレ"を見つけて確信しました」
そう言い終わると大木に見せるように手を広げて中のものを見せた。そこには葉っぱが数枚掌に乗っかっていた。花子はいつのまに葉っぱを見つけたのかと驚きながら金次郎像と大木を交互に見る。
「あなたはいつも僕の悩んでいる姿を見ていた。そしていつも頭を撫でるような優しい風を吹かして僕を落ち着かせてくれた。痛みを緩和しながら、悩む事をやめるようにずっと言ってくれていたんですね。でもどうしてだろう。今になってはっきり声が聞こえるようになったのは…」
金次郎像は全てを理解したように語ったが、まだ何か引っかかるようで神妙な顔のまま大木を見つめる。
大木は頷くように揺れた後、金次郎像に応える。
「私は一度もあなたを止めた事はありません。むしろその逆です。私はあなたに恐れずにもっと悩んで欲しかったのです。私はあなたに悩みに悩んだ後、答えを見つけるべく台座から旅立って欲しかったのですよ。いつも風を吹かせ言の葉をあなたに飛ばしました。”大丈夫、恐がらずに旅立ちなさい。答えを探しに行きなさい"と」
金次郎像はその言葉を聞き、自分の耳を疑った。
あの抱きしめるような風は自分を束縛するものではなく、新たな世界を見るように勧める上昇気流だったのだ。臆病な自分は勝手に考える事をやめるように、諭されたような解釈をして逃げていたのだ。
「そんな、あなたはずっと私を見守っていてくれていたんですね。いつからですか?本当の僕の事を知っているんですか?」
金次郎像は事の核心に迫る。
今まで逃げてばかりでいた臆病な金次郎像はもう姿を消していた。
ここにいるのは全てを受け止める覚悟を決めた男である。
花子は静かに見守りながら確信する。
自らを奮い立たせ凝り固まった自分を脱ぎ捨て、本当の自分探しを始めた金次郎像は心の中の可能性の扉を次々と開けていき、今まで見えなかったもの、聞こえなかったものを感じる事ができるように急成長していたのだ。
金次郎像の純粋な眼差しを一身に受ける大木は静かに語り始めた。
「私はあなたの事を開校前から知っていますよ。そう、あなたがまだ東から来たばかりの座敷童子だった時から」
金次郎像は目をカッと広げた後、口を開けるが言葉が出ない。
花子は何かを勘付いたような顔をし、地面に顔を落とす。
すると、大木から優しく抱きしめるような風が吹いた。それに乗って数多の言の葉が
2人を包み込む。そして、 2人の視界がどんどん塞がっていく。
その先は、闇。 そして世界は暗転した。
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