拾弐

 深夜の図書室、月明かりに照らされる二つの影。

 一つは常に動き回り止まる事をしない。

 もう一つは少しの上下運動をしながら一直線にゆっくり動いている。 

  二つの影が重なった時、二つの影の動きが止まった。

 いや、活発の方はさらに動こうとしたが、何かにせき止められたようだ。


 「いたたたた、花子さん。マゲがとれちゃうよ」

 機嫌良く本を眺め歩いていた金次郎像はいきなり花子に頭を鷲掴みにされた。

 「だって持ちやすいとこがここしかなかったんやもん。てかほら、見つけたで。二宮金次郎の本」

 すれ違う瞬間、花子は左手で咄嗟に掴んだ二宮金次郎像の頭をジロジロ見ながら、右手には”二宮金次郎"と書かれた本を握っていた。

 二宮金次郎像は自分の頭より優しく取り扱われている本の表紙の”二宮金次郎"をにらみつけた。

 「緊張してんの?そんな怖い顔せんと早よ真の自分とご対面しい。私ちょっと行くとこあるから失礼するで」

 そういうと花子はそそくさと部屋を出て、恐らく校内の闇の街道へと旅立った。

 1人残された金次郎像は花子から渡された本と向き合う。

 表紙の”二宮金次郎"を見ながら、徐ろに自分の顔を触る。

 こういう顔立ちをしているのか、と思いながらゆっくりとページをめくる。

 さらにめくり、めくり、めくり…

 二宮金次郎像は”二宮金次郎"についての情報を吸収していく。

 二宮金次郎像は無我夢中で読み更けた。


 「たっだいまー。どうやった?何か思い出せた?」

 花子が陽気に図書室に戻ってきた。  すると、そこには真っ白に燃え尽きてしまったような石の塊が寝転がっていた。

 「おいおい、あんたどうしたん?石灰みたいになってるやん?大丈夫か?」

 花子は力尽きたように床に伏せる金次郎像を抱き寄せ頬を軽く叩く。

 「は、花子さん、おかえり」

 金次郎像は振り絞った力で応答した。

 「良かった。しゃべれるやん。もう倒れるのは堪忍してや。良い思い出無いねん」

 花子がワケありなように語ると安心したのか、右手の平で目の辺りを一拭きする。

 それを聞いてただ謝るしかない金次郎像は石灰になりかけた理由を話し出した。

 「読めば読むほど胸が苦しくなったんだ。これが自分なのだと思いたい気持ちとこんな記憶なんて全く無くて、一体自分は何者なのかと抱いた深い疑心に押し潰されそうになったんだ」

 花子はそれを聞いてガッカリした。

 少なくとも図書室で”二宮金次郎"の本を見つければ彼の"あいでんてて"について何かわかると思っていたからだ。彼の心が疑心で壊れてしまう前に戻ってこれたことがせめてもの救いだと花子は思った。

 「何にも思い出されへんの?何の心当たりも無し?」

 花子は少ない希望を乗せて金次郎像に問いかける。

 「全部読んだよ。2回読んだ。でも何もわからないんだ。まるで他人の話みたい」

 がっくりと肩を落とす金次郎像は本棚を背に項垂れている。

 花子は神妙な顔で金次郎像を見下ろしている。

 その落ち着きのない目は金次郎像を見下ろした後、部屋中を理由なく見渡しているようだ。どこかそわそわした仕草は立ち止まりながら踊っているようにもみえる。

 そんな花子の滑稽な姿を嘲笑うかのように窓から降り注ぐ月明かりは妙に膨らんだ花子のスカートのポケットを捉えた。

 花子は覚悟を決めた顔をし、金次郎像に声を掛けた。

 「あんな、私さっき思い出したんやけど、あんたに言わなあかんことが…」

 花子の言葉が放たれたとほぼ同時に、耳ではなく直接頭に響くような声が金次郎像の耳を包んだ。

 「キンジローヤ、コチラニイラッシャイ。オカッパノカノジョモツレテオイデ」

 金次郎像はポカンとしながら宙を向く。

 「また幻聴か。最近多いな」

 特に気を止めることなく無表情無感情でその場に座っていると、隣から品の無い大声が響き渡る。耳から脳に走るような甲高い声が衝撃として全身を伝わる。

 「誰がこいつの彼女やねん。失礼にもほどがあるやろ。誰や今すぐ出てこーい」

 金次郎像とは対照的に感情を剥き出しにして怒る花子の怒号は止まらない。

 そんな花子を横目に金次郎像はそんなに自分の彼女認定されるのが嫌なんだな、と人知れず傷付いていた。

 だが、その瞬間あることに気付く。

 「花子さんにもさっきの声聞こえたの?」

 そう花子に問いかけると、少し冷静を取り戻したように花子は金次郎像に答える。

 「聞こえたも何も耳元で言われたように頭に響いたわ。何やこれ?おかしくない?私達2人しかおらんやんな?」

 図書室内を隈なく探し回るも誰も見つからない。

 だが、たしかに2人には聞こえた。

 優しく呟くように、だがはっきりとした声で。

 辺りを見渡した後、花子はここでぐるぐるしていてもキリがないと部屋から出ようと提案する。

 金次郎像は渋々納得し、図書室の部屋から出ようと扉をスライドさせた。

 「…校内なのに…風?あれ、これは。ハッ、もしかして!!」

 金次郎像は何かを手に握りながら閃いた。

 「これからどうしたもんかなぁ〜、てちょっと。急に走り出してどこ行くん?」

 突然走り出した金次郎像の後ろ姿を捉えた花子はそのまま金次郎像の後ろを付いて走り出した。

 「この風。いつも一緒にいる感じ。そして校内で何故か見つけた”コレ"。間違いない。答えはあそこにある」

 金次郎像の疑念は確信へと変わり、いつしか誘導していた風を追い越し脚はさらに加速を重ね、目的地へと急ぐ。

 花子は迷いなく走り続ける金次郎像の背を見つめながら走り、1人胸をドキドキさせていた。

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