3階女子トイレに取り残された花子と赤は青との別れの余韻に浸ることなく言葉を交わす。

 「どんよりしてもうたら青に申し訳ない、元気出して行こ。あいつ最後にチャンチャンコあかん言うとったな。チャンチャンコ諦めて違うやつなんかないか考えていかなあかんわ」

 青からの提案をさっそく受け入れ、改善を図る赤に花子は尊敬の眼差しを送る。

 そして、今度は赤が頭を下げて花子に礼を言う。

 「なんや悩みを聞いてもらうはずがえらい大事になってもうたわ。でもほんま花子はんには感謝するで。青も機嫌良う旅立てたみたいやし、わしも今後を改めて考えていくきっかけができたしな。ほんま助かったで。チャンチャンコはほんまにあかんみたいやから、ちょっくらわし、機会を伺いながら身を潜める事にするわ。あかん時は何やってもあかんしな。開き直って身を潜めてる間に自分に合った怪談に変化遂げれそうやったら全力でそれを流行らせたるわ。それが数年、数十年後になってもな」

 過酷な現実に立ち向かう為に、敢えて身を引き未来に賭ける赤の選択を花子は尊重する。

 そして、心の中で生まれて初めて感じる衝動に胸が高鳴る。充実感と達成感で満たされた花子は、次なる可能性を見出す。暇を持て余してはただただ叫び散らかしていた花子だが、これからの方針を今夜定めれたと自信に満ちた表情を赤に向ける。

 「私も決めた。これからは構ってちゃんみたいに叫ぶんは無し。もっとおもろいこと思い付いたわ。いろんな妖怪の悩み相談をしていくってどうやろ?普段の生活で溜め込んだ悩みや不安を私が聞いて解決してあげるねん。まぁ解決できひんかっても一緒に頭抱えたり考え合ったりはできるからな。妖怪は1人では逝きていけれへん。寄り添い合い助け合える誰かが必要やんね」

 そう言うと花子は赤に手を差し出し、握手を求める。親愛の証として、そしてこれからの命運を祈って。

 「握手なんてえらい人間っぽいことするねえ。その案は最高やろ。悩みなんて無い無い言うてる奴に限って悩みだらけやったり、1人で抱え込んでしまってる奴もおるやろしな。花子はんは日本妖怪の救世主になるんやな」

 赤が言い放った救世主という言葉に自尊心が少し疼く花子。

 「いやいや、ぶっちゃけそんな大それた事ちゃうよ。私は暇が嫌いなだけ。悩み相談なんて、暇してる暇ないぐらいに忙しそうやん。悩みなんて言い出したらキリないし、誰にだってあるもんやしな。救世主みたいな格好良いもんちゃう。暇を持て余すただのおせっかいさんなだけや」

 花子が正直に思う事を言うと赤は花子らしい返答だと笑った。

 「ほな、そろそろわし、おいたましますわ。次はいつ会えるか分からんから元気にしいや。次会う時はチャンチャンコやのうてもっとええの持ってくるからのう」

 トイレの隅へと姿をくらまそうとする赤を花子が止める。

 「ちょっと待ちいな」

 赤が振り返り花子を見る。

 「…あのー、行く前に…赤いチャンチャンコ、着せてもろてええかな?」

 花子が照れ臭そうに頬を赤くしながらお願いする。

 赤が感極まった声で答える。

 「喜んで…でもちょっと待ってくれるか」

 嬉しさで震える手を慎重に動かしながら赤が何かを始める。

 「…ほれ、出来た。青ほど器用じゃ無いけどわしも中々やるやろ?最後に着てもらうんやったらこれぐらいさせてもらわな」

  赤の手には、不揃いで歪ではあるが、赤いチャンチャンコが姿を変えた赤いセーターがそこにあった。

 「ええやんこれ。今風で。サイズもぴったり、ありがとう!めっちゃ可愛いやん」

 喜ぶ姿に満身創痍の赤に、花子は最後のお願いをする。照れを隠すようなぶっきらぼうな言い方で。

 「おいおい、赤いチャンチャンコさんよ。いつものやつ忘れたらあかんで」

 目と目が合うだけで通じる暗黙の了解。

 「ほな、御言葉に甘えさせてもろて。最後の特大いってみよか!

血しぶきブッシャァー!!」

 天井からいつもより激しく降り注ぐ血の雨の中、花子は眼を瞑り赤いセーターを抱き締めるように舞い踊る。

 滴る血を全身で受け止めながら舞う姿は、妖艶かつ華麗で、花子のスカートがより深い赤に染まっていく。

 やがて血の雨が止み、踊り狂う事をやめた花子は3階女子トイレに1人立つ自分に少し寂しさを覚える。赤はいつの間にか消えていた。

 「突っ立っててもしゃあないもんなぁ、善は急げや。さっそく他の妖怪探しを始めましょか」

 そう言うと花子は血だらけになったタイルを踏みしめトイレを後にする。

 「さぁて、いざ探すとなると大変よなぁ。ちょっと前に大声出してもうたからこの辺にはもう誰もおらんかなあ」

 そう小声を漏らしながら窓から外を眺めていると、校門前の金次郎像が頭を抱えうずくまっている姿が目に入る。

 「あれ、あいつって動けるんやん。なんやあの狭い場所から離れられんと不便な奴やなぁ思てたのに」

 花子が珍しい光景に出くわしたと、金次郎像の様子を窓越しに伺う。

 「ニヤリ、私ってほんま幸運の持ち主に違いないわ。あんな目に見えて悩みありますー言うてる様な奴初めて見たわ。ほならさっそく行ってみますか」

 窓をガラガラと開け、金次郎像の隣にそびえ立つ大木の枝に照準を定め、花子は飛び降りた。

 枝の開けた部分に見事な着地をキメた花子は金次郎像に話し掛ける。

 「めちゃめちゃ典型的な恰好で悩んでるやん自分」

 急に響き渡る声に金次郎像はあたふたしながら声の出所を探しているようだ。

 「私、暇で暇で死にそうやねん。まぁ死んでんねんけどな。ははは、暇過ぎてさっきおもろい事思い付いたからあんた私に付き合ってや。付き合ってくれるんやったらあんたが私の最初の正式なクライアントやな」

 最初のクライアント。それは赤と青の事になるが、彼らはもうここにはいない。1人は闇に身を潜め、1人は闇に還ってしまった。

 目は金次郎像を捉えているが、頭は2人の事を思い返していた。その時、ふと背後の闇の中に暖かな、つい先程まで会っていた存在を花子は感じ取った。闇はどこまでも深く広がり、またいつもどこかで繋がっているのだ。花子は感慨深けにセーターを正し、彼女しかできないことを考える。

 すると金次郎像が大木を見上げ、花子の目を捉えた。

 花子はそれを確認し、これも縁かと呟く。

 足元に注意しながら先程の舞を披露し、着ていたセーターを勢い良く宙に投げた。

「さぁお前の相棒の所に行きな。まだ間に合うはずや」

 花子は思いを込めヒソヒソ声で語りかける。赤いセーターはそれに答えるかのように花子の周りを飛び回り、背後の闇に目掛け迷いなく飛んでいった。目指す場所はそう、闇に微かに灯る青白い光だ。赤いセーターと青白い光はやがて、蠢く闇に埋もれて同時に消えていった。

 「ええこと出来て良かった。てか、あの闇の向こう側に色んな妖怪が住んでたりするんかな」

 闇とは様々な場所に繋がっては切れてを繰り返しながら漂っていて、最終的には妖怪が還る場所である。

 大きな規模を相手にすることを実感し、少し不安になる花子。そこで頭をよぎった事は、赤と青の姿であり、どんな苦難や苦労も乗り越えてきた2人の熱い友情であった。

 花子は一度力一杯握り拳を作り気合いを入れ自らを鼓舞する。そして願いを込めて勢い良く右の手の平を金次郎像に差し出した。

 「手を掲げな、”相棒"」

 背後の闇に蠢く数多の存在を感じながら、花子は悩み相談の一歩を力強く踏んだ。

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