「まぁ、こうなるわなぁ。こうなって欲しかった、が適切かな」

 暗い顔の上に何故か満足した笑顔を乗せる青。

 赤は青に詰み寄り胸倉を掴み声を荒げる。

 「どういう意味かはっきり答えてもらおか。わしには全然わからんぞ」

 怒号に混じる震えた声。赤には心当たりがあるように見えた。

 花子はそんな2人のやり取りを静かに見守るしかできなかった。

 「意味も何も、怪談として昇格したのは赤いチャンチャンコ、お前だけや。わしに機会はもらえんかった。だーれも血なんか吸われたないのは確かやな。お前も昔よう言っとったやんけ」

 赤の顔がみるみる赤みを増す。

 「あれは目に見えた冗談やんけ、わかっとったやろ。てかこれはあかん。言ってええ冗談やない。笑えん。てかお前青いチャンチャンコもっとるやんけそこに」

 赤が指差す先に、先程準備していた”青いチャンチャンコ"が青の背後で見え隠れする。

 青が溜息を吐くと、優しく諭すように口を開く。

 「これな、青いチャンチャンコちゃうねん。わしがお前に隠れて作ったもんや。よう見てみ、青い紙を何重にも合わせて作ったんや」

 目を凝らす必要もない、青いチャンチャンコと思われていたものは長い年月を経て水気を失い、醜くガサガサになった"青い紙"の集合体であった。

「お前…これ…わしに隠れてってどういうことや、なんで今まで黙ってたんや」

 青の優しい口調とは裏腹に、赤はどんどん声を荒げていく。そして震えも増していく。

 「なんでって、怪談として残ったのは赤のお前だけっちゅうことは、わしはいつかおらんようになるやろ。それがいつになるかわからん。ただ、いつも側にいるお前にだけはバレたなかったんや。感情的なお前が知ったら何しでかすかわからんしな。だからこうやって慣れん工作までしたんや。不細工やけどパッと見はわからんやろ。単純なお前やったら100パー騙せる思たわ」

 そう言って自作の青いチャンチャンコを揺らしながら見せびらかす。古びた青い紙が揺れに逆らえず剥がれ落ち、辺り一面に散らばっていく。

 「そんなん、ありかいな。じゃあお前は一体これからどうなんねん?」

 赤の震える声が極限に達する。思えばあれほど青が自分で言いたがっていたセリフを言わなくなったのはいつからだったであろうか。噛み付けば噛み返してきた青がいつから優しい言葉しか並べなくなったのか。全てはそう、時代の移り変わりにより赤い紙青い紙から赤いチャンチャンコに移行してからだ。青い紙は存在理由を失い、徐々に存在価値を失う。日々衰える青い紙が出来る事といえば、長年連れ添った友を勇気付けること以外に無かった。

 「お前は相変わらず学ばんなぁ。前にも言うたやろ。闇に還るだけや。消えるんとは大違いやからな」

 消えるんとは大違いやからな。

 そこを誇張して言った青の不安な気持ちを花子は察する。

 「それにな、もう体が保たんみたいや。さっき膝から崩れたんもお前のせいちゃうから安心しい。さよならも言えずに勝手に闇に連れて行かれる前に、こんなお別れの舞台に立てるなんてありがたい話やで」

  青がお別れと言った途端に赤が待ちきれずに言葉を重ねる。

「お別れなんて言うなや、存在理由が必要ならわしがお前を繋いだる。ほらあれや、赤いチャンチャンコを着せようとしながら青い紙でケツ拭くようにしたらええねん。わしがそうやったらまた新たな怪談が生まれてお前も留まれる」

 赤が真面目な顔で青に提案する。

 「なんでわしの大事な商売道具をケツ拭きに使うねん。そんなんされたらいつか怪談が茶色い紙になってまうわ。本来は血抜かれて青になるオチやのに。茶色い紙なったらただのうんこ付きの紙、ほなら単に正しいトイレットペーパーの使い方やんけ」

 弱々しくも笑顔をみせる青。

 赤はそんな青を見つめながらアホらしい案を提案し続ける。それを聞いてはクスクス笑う青を花子は目頭を熱くしながら見ていた。

 「ほれ、もううっすら透けてきおったわ。1回でも自分の存在に疑問持ったら後は早いもんやな」

 そういう青の姿がぼやけていく。

 赤はそんな青の発言を無視し、突拍子も無い提案を唱え続ける。

 「待てい、青。早まるな。わしやっぱり天才や。これやったら大丈夫。今とっておきの名案を思いついたぞ。あんな…」

  そう言いかけた赤を青が人差し指で静する。

 「もうええわ」

 衰弱していく青が放つ満身の笑顔とともに放たれたお約束の言葉。

 赤は一瞬沈黙し、消え逝く相棒の目を見て話しかける。

 「ほな、先にそっち行って待っといてくれや。わしももしかしたら明日ぐらいに行くかもせえへんしな。ははは、冗談や。お前の分も悪名を轟かせたるから闇ん中でわしの活躍に刮目せいや」

 赤の言葉に迷いは無く、震えも消えていた。

 「そうさせてもらおかな。ただチャンチャンコはもう古いで。昔会ったあの生徒の言う通りや。しまいにほんまに消えかねんから、他のもんの準備しときや。期待してるからな相棒よ」

 そう言うと青の体全身が原型を留められないほどぼやけ始め、辺りの闇との同化が始まった。赤は涙を堪えながら相棒であり最良の友の旅立ちを見送る。

 その隣で花子は鼻水を垂らしながら顔全体をしわくちゃにして号泣していた。

 「こんなつもりやなかったんやぁ。2人の仲を割くつもりなんて無かったんやぁ。ただ悩みがあれば解決できたらええなぁ思ただけなんやで」

  花子はとんでもないことをしてしまったと自らを責める。

 「花子はん、泣かんといてや。これはなるべくしてなったことや。わしは花子はんがわしの存在に疑問持ってくれた時は正直嬉しかったで。心の準備は出来とった。あとはきっかけだけやったんや。臆病なわしのために、ケツ蹴ってくれておおきに」

 頭を下げる青。赤が何か言おうと一歩前に出るが、それを感じた青が一言放つ。

 「お前からは、もうええわ。今迄ほんまありがとう」

 頭を上げると満面の笑みを浮かべた青。

 その姿は数秒後、完全に辺りの闇と同化してしまった。消え行く青は終始満足した笑顔であり、涙も後ろめたさの欠片もなかった。最後にはただ青手作りの青いチャンチャンコだけが何故か青白く光りながら残った。それは輝きをそのままにし羽ばたき出し、外に広がる深い闇の中に吸い込まれていった。

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