時子さん 第13話
トン、トン。
トン、トン、トン。
ドアがノックされる音で俺は我に返った。
「あ、すいません」
俺は茫然自失として、どれほど経ったのだろうか。
待っている連中が俺の事を心配したり、戻ってくるのがあまりにも遅いので変な勘ぐりをし始めたのではないかと危惧した。
早く戻って、適当な事を言って、今日は解散しておいた方がいいかもしれない。
でなければ、俺が時子さんについて何ら動いていない事を悟った奴が出るかもしれないのだ。
「……」
トイレのドアを開けると、男女兼用のトイレが1つあるだけの居酒屋なので、白装束の女が立っていた。
長髪が顔にかかっていて表情は上手く読み取れないが、怒っている様子は見受けられなかった。
どうやらさほど待ってはいなかったようだ。
軽く会釈をして、その女の横を通り過ぎようとした時だった。
頭を下げた時、その女の足下を偶然にも見てしまったのだが、意外な事に素足であった。
酒を飲み過ぎて素足のままトイレにかけこもうとしているのか。
酒に飲まれる女なんて久方振りに見るな。
「……ふふっ」
変な笑いがこみ上げてきたので、それをぐっと堪えながら、その女の横を通り過ぎた。
今さっきまで見失っていた事もなんだか馬鹿らしくなってきた。
こんな女がいるなんてさ。
……いるなんてさ……。
「……白装束?」
瞬間、違和感がある事に気づいてか、背筋に怖気が走る。
白装束なんて着ている女なんているのか?
死装束って言われるような、そもそも死者が着る物だろ、白装束って。
なんでこの居酒屋に?
どうしてそんな服を着ている?
コスプレかもしれない。
何かの罰ゲームで死装束なんて格好をしているかもしれない。
その場で背後にいるであろう女に気づかれないように息を殺しながら立ち止まる。
真冬の外気にさらされていると思ってしまうほどに背中で感じている温度がぐっと下がる。
五感がそう錯覚したのか、あるいは、本当に気温が下がったのかは判然としない。
このままじっとしていたら、吐息さえ白くなりそうではあった。
見てはいけない。
背後を振り返ってはいけない。
心の中で、もう一人が俺がそう叫んでいる。
だが、俺は振り返らずにはおれなかった。
振り返ろうとした時、これ以上顔を動かしてはいけないのだと思ってしまい、身動きできなくなった。
目を動かした先には、開いたままの扉が見えるだけであった。
そこ先には洗面所がある。
しかし、そこには白装束の女の姿は見れないでいる。
身体の向きを変えたりすれば、白装束の女がまだそこにいるのを目視できるかもしれない。
だが、もしいなかったら、どうすればいいのだろう?
トイレのドアの叩いたのは誰か?
俺がその横を通り過ぎたはずの死装束の女はどこに消えた?
「っ!?」
身じろぎもできずにいると、誰かが俺の耳元に顔を近づけたかのように、ふっと吐息が耳にかかった。
瞬間、全身に鳥肌がぶわっと立つ。
おぞましい『何か』が俺の耳元に顔を寄せている。
ただの被害妄想ではなく、これは俺の直感だった。
「……私を……探して……」
その言葉を囁かれた瞬刻、誰がそう囁いたのかも確かめようとはせずに何もかもから逃げ出すように駆けだしていた。
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