時子さん 第4話
「……待ってくれ。あれは俺が悪いんじゃなくて、あいつらが悪いんだ」
そうだ。
俺は悪くない。
ただただ協力しただけであって、時子さんなんていう都市伝説の怪物を蘇らせる事に協力した覚えはない。
「化け物にそのような理論は通じません。あなたは贄のうちの一人みたいなものですから死ぬしかないのです。それが人の業ですので」
何を言っているのだろうか、この巫女は。
「そこまで分かっているのなら! 神職なら俺を助けろよ! それがお前達の役目だろうが!」
俺は助けられて当然の存在だ。
助けるべきなんだよ、そこまで分かっているのならば。
「ふふっ」
この巫女もそうだが、左目の姉も、同時に俺を小馬鹿にしたように笑った。
「私はただの神職ですので人助けが生業ではありません。姉は差し違えた化け物を復活させてしまったあなた方を嘲笑しているだけですので」
さも当然といった口調で巫女は言う。
「そんな事言わないで、俺を助けろよ! 事情が分かっているのなら尚更そうすべきだろうが!」
俺の悲痛な叫びもこの姉妹には聞こえていないようで、笑顔でやんわりとかわされたようであった。
巫女は持っていた竹箒を地面に置くと、口元を隠すように妖艶に微笑んだ。
左目の奥底からも笑みがこぼれたように俺は感じて、苛立ちが募った。
じわりじわりと迫り来る恐怖からなのか、歩む事さえできない俺をあざ笑うような二人。
なんで俺はこんな所に来てしまったのだと後悔していた。
救いを求めるべきは別の場所だったのではないか、絶望するためにここに来てしまったのではないか。
いや、まだ間に合う。
早々に立ち去って、俺を助けてくれる誰かを見つければいいだけなんじゃないか。
「確認してみてください」
「何を?」
「あなたのスマホに通知が来ていませんか?」
何故笑っている、この二人は。
俺があの六人みたいになるのがそんなに嬉しいのか。
人の不幸が蜜の味だとでも言いたいのか。
「ふふっ、もう手遅れですよ。姉もそう言っていますし」
「……まだ終わってはいない」
足よ動け、足よ動け。
巫女から目をそらし、そう念じながら、足を動かそうとすると、地面に貼り付いてしまっていたかのような足がようやく前へと出すことができた。
これで探しに行ける。
俺を救ってくれる人がようやく探せるんだ。
「さて……」
まずは情報収集からだ。
俺はジャケットの中に入れていたスマートフォンを取り出した。
たしかに何者かがフォローしてきたという通知が来ている。
その通知に目を通さなければ大丈夫ではないのか?
死んだ六人全員、通知を見ておかしくなり始めたはずだから無視するのが最善の策なのかもしれない。
「検索から……ん?」
今、何かがミシっと音を立てたような気がした。
空耳だろうか。
それとも、近くの木が軋んだ音だろうか。
パンという音と共に手にしていたスマートフォンの液晶ガラス全体にヒビが入った。
「ひぃっ?!」
スマートフォンの筐体が手の中で膨らんでいく。
どういう事なんだ、これは。
異常事態だと察知して投げ捨てようかと思った瞬間、さらに肥大していき、手の中で弾けた。
「うあっ?!」
咄嗟に目を閉じるも、顔面が一気に熱くなった。
目をまともに開ける事ができず、何が起こったのか、理解に苦しんだ。
熱さが次第に痛みへと変化していき、ようやく俺は今置かれている状況を把握した。
鋭いものが顔一面に突き刺さり、目を開けることはおろか、口を開ける事さえままならなくなっていたのだ。
「あぁ……ぁぁ……」
口の中が熱くなると同時に鉄臭さで満ちあふれてくる。
「いひゃぁい……いひゃぁい……いひゃぁい……いひゃぁい……」
頭痛などというのが生やさしいものだというのが分かってきた。
痛みではなく熱さで頭がどうにかなりそうだと思うと、痛みで熱さなど感じなくなり、痛いのか熱いのか、それとも、もっと別の何かに苛まれているのかが朦朧としてきた。
もう我慢できないほどの辛さで俺はもう自分がどうなっているのかも把握できない。
「だりゃか……だりゃか……た、たしゅけ……て……」
どういうわけか、その数秒後に痛みが消えてなくなった。
その代わりに痺れが全身を駆け巡り、痺れとほぼ同時に灼熱が俺を襲った。
熱いだとか、痛いだとか、もうそんな生やさしいものではなかった。
地獄の業火に焼かれる、とでも言うべきだろうか。
灼熱に俺の身体が焼かれていた。
「切れた電線が絡まるだなんて運のない男ですね」
切れた電線?
巫女の声が俺の耳に届くも、そこから先は音が届かなくなった。
無音のような状態。
目が見えず、耳が聞こえず、鼻は……肉が焦げるような、食用の肉ではない、もっと別の何かが焦げるような臭いしか嗅ぐ事ができないでいる
「おりゃは……しゅぬのか?」
感電しているのならば、即死に近いはずであるのに、何故俺はこうも生きていて、五感まで健在なんだ?
「串焼きがご所望でしたか……都市伝説の時子さんは」
その言葉だけは聴覚が死にかけていたのにも関わらず、俺の鼓膜に届いた。
そして、俺はその言葉通り、上から落ちてきた何かに貫かれて……
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