時子さん 第3話
見たい。
見てみたい。
だが、その左目を見てしまっては後戻りができなくなってしまう気がする。
何がどう戻れなくなるというのだろうか。
それが俺には分からないが、見てはいけないはずだ。
「見てあげてください。姉がそう語りかけています」
そこまで言うのならば、見なければいけないのだろう。
俺は最初からそうすべきであったのだ。
己の欲求に従って見てあげるべきだったのだ。
左目に憑依しているという姉の魂とやらを。
俺はため息を一つ吐いてから、ゆっくりと巫女の声がした方へと顔を向ける。
何故かその息が吐き出した瞬間、白くなったように思えた。
巫女は先ほどまで交わしていた会話などなかったかのように眼帯が見えるように横顔だけを向けながら掃き掃除を続けていた。
「……ッ」
俺の視線に気づいてか、眼帯が透けていく。
最初から眼帯など存在していないかと言いたげに。
そこにあるのは、瞳のない漆黒だけであった。
やはり左目は失われてしまっているようで、まじまじと見つめるも暗闇しかなかった。
「もっと見てあげてください。姉があなたに見て欲しいと訴えかけています。都市伝説の時子さんと差し違えた姉が愚かなあなたをあざ笑いたいと言っているのです」
闇の中に、赤い点が一つ浮かび上がり明滅した。
錯覚だろうかと瞬きをすると、点が円となっていて、闇の中に充血しきったような瞳がぼうっと映し出された。
俺は思わずごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
その瞳に射すくめられたからか、背筋を冷たい何かが駆け抜けたような気がしたからだ。
「ふふっ、姉はこう言っています。あなたはきっと死ぬと。他の六人が死んだようにあなたも死ぬと。ただの自己満足のために時子さんなんていう都市伝説を蘇らせたのが悪いのじゃ、と」
「何故知っている?」
「都市伝説は魂を穢します。あなたの魂はもう穢れてしまっているのです。魂が穢れてしまった以上、死ぬしかないですよ。魂が穢れで染まったあなたなんて誰も助けないでしょう。当然、私も助けませんし、姉も助けません。あなたは穢れなのですから」
巫女が竹箒で境内を掃きながら微かに微笑む。
そして、左目の宿っている姉も微笑んだように俺には思えた。
赤い明滅が微笑したように見えたのだ。
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