時子さん 第2話
―――――――― 現在
いつもの俺であれば気にもとめずに通り過ぎていたであろう。
視界の中に鳥居が入ってくると、俺は訳もなくこの神社に寄った方がいいのではないかと思えてしまったのだ。
何の神社だろうかと思い、神社の名前を探ると、賀茂美稲荷神社という赤い幟がたっており、そこが稲荷神社だというのが分かった。
足が自然と向いてしまった。
もしかしたら、あんな事があったから神頼みでもしたくなっているのかもしれない。
当然のように鳥居をくぐり、その稲荷神社の境内に入った。
すると、境内を掃き掃除していて背中を向けていた巫女が気配に察してか振り返った。
左目の辺りに黒い眼帯をしている上、どこか虚ろそうな瞳をしていた。
その巫女は右目だけを細めて、目だけで軽く会釈をしてくる。
俺は頭を下げて挨拶を返す。
参拝をしようと社の方へ歩み始めると、
「このような話を知っていますか?」
巫女は掃除の手を止めるなり、俺の方に身体を向けてそう言ってきた。
「はい?」
何故、そのように語りかけられたのか分からず、曖昧な返事をする。
「時子さんというアカウントにフォローされたらブロックしなければならないという事を」
「は?」
「ブロックしなければ、あなたの部屋に訪れるはずです、時子さんが」
眼帯をした巫女は右目だけで俺ではなく、その背後にある『何か』をぼうっと見つめるように言う。
「何の話なんですか?」
冷や汗が首筋に流れたような気がした。
俺は一度自分の背後を振り返り、誰もいないことを目視してから向き直り、若干の苛立ちを覚えつつも、そう荒い口調で言ってしまった。
この巫女は気づいているのか、俺の罪を。
「それは人の業なのしょう」
要領の得ない会話に俺は辟易し始めていた。
「都市伝説というただの噂を現実でありたいと思う人の心が生み出した業なのです」
「だから!」
俺はついつい怒鳴ってしまった。
言葉を発した後でいくらか反省し、苛立ちを心の中で殺した。
「……あなた、フォローされますよ」
「だから、何を知っているというのだ!」
「時子さんにフォローされてはならない。フォローされたら、ブロックしなければならない。でなければ、あなたと共に入って来ます。あなたの部屋に、あなたの心に、あなたの魂に」
巫女は右目だけは曖昧なまま、不気味に微笑んだ。
それは俺ではなく、やはり背後の『何か』に向けられた微笑であったように思えた。
あの『時子さん』は都市伝説という名の虚構のはずで、実在などしているはずがない。
いや、六人死んでいるから虚構である事が虚構で、実在していまったのかもしれない。
「……そして、あなたの魂を削り取ります。私の左目と魂が削り取られてしまったように」
「……」
この巫女は左目を失って、頭がおかしくなってしまい、参拝者に対して世迷い言を言い続けているのではないかと気づいた。
こんな巫女に関わっているわけにはいかない。それに、こんな巫女がいるこんな神社にお参りをする必要もないと思い直して引き返そうときびすを返した。
「気づいていますか? あなたは誰かに棺桶に片足を突っ込んでいるのです。時子さんなどという都市伝説の化物を語った以上、死ぬしかないといったところでしょうか」
「え?」
「時子さんの呪いは本物です。ガラケー全盛期の有能な霊能力者が束になってかかっても消滅させる事ができなかった頃の呪いは持ち合わせはいません。ですが、人を呪い殺す程度の力はまだ有しています」
呪いで人が死ぬなどと言う世迷い言を言っている、狂った巫女の戯れ言に耳を貸してはいけない。
この巫女は頭がおかしくなっているはずなのだから。
去ろうとしているのに、俺の第六感なのか、それがここに留まる事を欲しているかのように足が動かなくなり始めていた。
俺の神経が何者かの神経と合わさってしまったかのような感触がじわじわと広がっていき、俺のそれ以上、もう歩けなくなっていた。
歩く事ができなくなった俺はどうすべきか考えあぐねた。
そのまま立ち尽くしているべきか、誰かに助けを求めるべきか。
「姉が語りかけたいようです。どうか見てはくれませんか? ろくな死に方をしなかった姉ですが、その魂だけでも見てあげてください。喜ぶかもしれませんし」
俺は背中に巫女の声を受けた。
この巫女は頭がおかしくなっているのだと再確認した。
死んでいる姉が俺にどう語りかけるというのだろうか。
そもそも死んでいるのならば、生きている俺に話しかけられるはずはないのだから。
「説明が足りませんでしたね。姉の魂は削り取られた私の左目に居座っているのです。ふふっ、おかしいでしょう? 死んでもなお現世に居続けようとする、生に対して貪欲な姉なんですよ」
眼帯で隠している左目に姉の魂?
それはどういう事なのだろう。
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