fragment:21 架空日記
2015年7月28日
仕事帰りに喫茶店に立ち寄る。カフェオレを半分飲んだところで友人がやってくる。大量の荷物をぶら下げて赤いハンカチでしきりに汗を拭う。その赤色に妙に見覚えがあるので私は首を傾げる。友人はレモン味の炭酸水を注文する。炭酸水を点滴に使うと青いサイダーの夢を見ながら気持ちよく死ねるんだよと言う。つまらない話だと返す友人は笑う。炭酸の弾ける音は大量の虫が蠢く音に似ている。友人は空になったグラスをしつこくストローで吸っている。
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2015年8月1日
友人と食事をしに行く。何が食べたいと訊くと身体に悪いものと言うのでハンバーガー屋に入る。友人はレジに立つと早口で注文を唱え店員に何度も聞き返される。三段重ねのハンバーガーと大量のポテト、巨大なカップに入ったいちご味のミルクシェイク、チキンナゲットとアップルパイ二箱ずつが二枚のトレイに乗って運ばれてくる。私が普通の大きさのハンバーガーと一番小さいポテトを食べ切るあいだでに友人は食事を全て平らげた。月を食べてみたいよね、と言いながら断りなく私のぶんのポテトに手を伸ばす。
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2015年8月7日
深夜、恋人の家で眠っていると友人から電話がかかってくる。隣にいる恋人を起こさないようそっとベッドを抜け出す。電話の向こうで友人は妙に息を荒げて、日本で一番高い建物はどこかと訊いてくる。質問の意味を理解するまでずいぶん時間がかかった。貧乏ゆすりをしているような気配がある。数年前に建てられた電波塔の名前を疑問形気味に答えると友人は何も言わず電話を切った。繰り返される電子音を二十まで数えてからベッドに戻る。恋人は鼾を立てて眠っている。ふいに恋人を殺そうと思い立って台所に行き、包丁を眺めている間に朝になる。
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2015年8月11日
恋人の家で料理を作っているときに別れようと言われる。すぐに鍋の火を止め、冷蔵庫を開けて牛乳とケチャップとマヨネーズと野菜ジュースと漬け物と茹でたブロッコリーと骨付きの鶏もも肉とバニラアイスと冷凍のパスタを取り出し、それらを全てシンクにぶちまける。そこに醤油をひと壜まるごと注ぎ、缶ビールを注ぎ、食器用洗剤を注ぎ、ついでに鍋の中身を捨てる。大声で唄いながら自分のアパートまで帰る。ドアの前にしゃがみ鞄の中身をひっくり返して鍵を探しながら、洗面所に置いたままの化粧水もついでに捨てればよかったと思う。
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2015年8月12日
目が覚めると友人がテレビを観ている。鍵が開いていたと言う。すぐに嘘だと気づいたが放っておく。台所でやかんに水を汲む。赤い火が揺れるのを眺める。まずいほうじ茶を入れて二人で飲む。お腹が空いたと友人は言って勝手に冷蔵庫を開けてコーラのペットボトルに口をつける。盛大なげっぷをしたのが気に障って、まだ湯気を立てる湯飲みを投げつける。財布を掴んで外に出る。近所のスーパーに入って牛肉のパックをいくつもかごに入れる。ついてきた友人がそこにかりんとうや食器用スポンジやウェットティッシュを投げ込んでくる。それをひとつずつ取り出しては床に捨てる。赤ワインの壜を掴んでかごに入れる。もう一本入れる。隙間に単三の乾電池を放り込まれる。投げ捨てる。レジのおばさんに変な顔をされたのでにっこり笑い返す。家に戻ってフライパンに油を敷き、塩と胡椒をまぶした肉を次々に焼く。ワインをコップに注いでごくごく飲む。焼けたそばから食べる。友人が手を伸ばしてまだ生の肉を口に入れる。ぐちゃぐちゃ噛みながらまずいと言う。味付けしないからだと答える。焼けた肉を皿に取って醤油をかける。友人の指に水ぶくれができているのを見てまずそうだと思う。肉を食べる。ワインを飲む。肉をフライパンに入れる。じゅうと肉の焼ける音がする。
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2015年8月16日
友人に電話をかける。呼び出し音を七回聞いてから切る。
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2015年8月18日
友人に電話をかける。呼び出し音を十七回聞いてから切る。
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2015年8月20日
友人に電話をかける。呼び出し音を二十七回聞いてから切る。
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2015年8月22日
友人に電話をかける。呼び出し音を三十七回聞いてから切る。
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2015年8月24日
友人に電話をかける。呼び出し音を四十七回聞いてから切る。トイレにこもって吐く。
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2015年8月26日
友人に電話をかける。呼び出し音を五十七回聞いてから切る。トイレにこもって吐く。何度も壁に頭を打ちつける。
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2015年8月28日
友人に電話をかける。呼び出し音を六十七回聞いてから切ろうとしたときに電話がつながる。びゅうびゅうと風の音がする。お土産楽しみにしててね、とだけ言って電話は切れる。トイレにこもって吐こうとしたが何も出てこない。何度も壁に頭を打ちつけていたら隣人が怒鳴り込んできたので居留守を使う。
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2015年8月30日
ベッドで天井を見上げるのに飽きたのでテレビをつける。ニュースの特番をやっている。日本で一番高い建物で飛び降り自殺があったという。飛び散った血が映る。その赤色に妙に見覚えがあるので私は首を傾げる。その建物の先端から伸びたアンテナに満月が引っかかっているのを見てからテレビを消す。
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2015年8月31日
友人に電話をかける。自動メッセージが応答し、電源が入っていないか電波の届かないところにいるという。もう一度かける。同じメッセージが流れる。もう一度かける。同じメッセージが流れる。全部で百と七回電話をかけたあとに携帯電話を床に叩きつける。
友人の名前が思い出せない。
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2015年9月1日
小包が届く。送り主の名前に見覚えがない。開けると小さな箱と手紙が一通入っている。汚い字で「お土産です」と書かれている。箱の中にはクリーム色をした何かの欠片が入っている。摘み上げて口に入れるとさくっと割れて、砂のような味がした。
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