fragment:16 さいころの河

 どうしたものだろうね、神さまってやつは。

 全能の存在というものを信じられないから、必然として想像もできないよね。

 だいたい、人間は神さまを模して創られたって言うけどさ、だとしたらあまりにバグが多過ぎると思わない?

 全能を真似してみたらポンコツだ、なんて芭蕉に助走つけて殴られても文句言えないよ。

 いい加減だなって感想しか出てこないね、まったく。

 それに、あの天才は否定したけれど、どうにもさいころを振っている気がしてならないんだ。神さまってやつは。

 箱を開けるまで猫の生死がわからない、そんな曖昧な世界を創っちゃうくらいだから、別に今さら驚きゃしないけどね。


 本当にいるとしたら神さま、あんた、今でも暇に飽かせてさいころを振っているんだろ?

 神さまの手のなかを転がるさいころ。神さまの手から落ちるさいころ。盤面を弾むさいころ。

 偶然の出目。

 運命を示す賽子。

 かろん、ころん、と鳴る音が、いつしか飛沫に変わるのに気づいただろうか。


 あなたは目を開く。白昼夢とも空想ともつかない映像から目を覚ます。


 あなたは小舟に乗っていることに気づく。一人きりだ。笹舟よりかはいくらか上等な乗り物で、今まさに流されている。


 あなたは辺りを見回す。

 あなたの小舟は、巨大な水のただなかにある。その水は海と見まがうほどの河だ。水面は穏やかにして確かな流れを持ち、その来た方角も向かう先も霧に覆われて見えない。水底に垣間見えた石は鋭角を失っている。あなたはそれにより、この河に激流と呼ばれた過去があることを悟る。


 あなたは流され続ける。

 ほかに舟の影もない。

 神の手が零した賽子、その偶然の出目により河は自在に様相を変える。

 今は凪いだ水面が突如として白波の牙を立て、小舟ごとあなたを飲み込み、無惨な藻屑と変えるかもしれない。

 あなたに抗うすべはない。

 あなたは流され続ける。


 私は流され続ける。なるほど。

 言いたいことはわかった。


 では反論の時間だ。


 この手に握っているものを見てごらんよ。

 櫂、オール、別にどう呼んでも構わないけど、武器はある。

 これは事実だ。そうだね?

 河の流れを変えられるなんて思っちゃいない。どう頑張ってもできないことがある、これも事実だ。

 だけど、何も変えられないとも言ってない。

 そうだね?

 さいわい、今は浅瀬だ。櫂があれば川底にも触れる。だからこうして、こう、ぐいっと。

 ほれ。

 舳先の向きが変わった。

 もうちょっと頑張れば、もっと遠くまで行けそうだ。

 わかる?

 流されていることに変わりはない。

 だけど、どう流されるかは変えられる。

 無力を嘆いて何もしないか、あらゆる可能性を掴んで抗うか。

 別に荒事が好みってわけじゃないよ。

 もし、同じように流されている舟がいたら、寄り添ってやることもできる。

 たとえ同じ舟には乗れなくてもね。

 そばにいるだけでなんとかなることもあるって、そう信じてる。


 甘い?


 いやいや、甘いのはそっちのほうでしょ。

 手も足も出ないならおとなしく流されてくれるだろうなんて、そんな考えはさ。

 甘い、のほかに、なんて呼ぶの?


 河の流れで石が摩耗するように、

 人の心がおとなしく潰えていくなんて。

 ゆめゆめ思うんじゃないよ。



 さいころでもなんでも振ればいいさ。

 こっちは絶対に、白旗なんて振ってやらないからね。

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