fragment:14 冬とグリューワイン
八百屋の主人はいつも早起き
白い息を吐き 手をこすり合わせながら表へ出てみると
ひと晩で街は真っ白になっていた
上等の白菜や玉ねぎのようだ
まだ静かな街は冷たくみずみずしくて これ以上なく美しい
ふと近所の家を見れば
どうやら子どもらは すでにひと遊びしたようだ
庭じゅうを走り回る足跡と
戸口にちょこんと座る雪だるま
斜めにかぶったバケツがかわいらしい
そこへ通りかかったのは庭師
帽子を持ち上げて挨拶する
「やあ おはようございます」
「おはよう よく積もったねえ」
働き者の庭師は秋の頃から忙しかった
温室に運ばれた植物たちは 冬の陽射しをいっぱいに受けて
元気に葉を伸ばしている
「今は 球根の世話をしているところです」
春には美しい花が咲くのだと 楽しそうに話した
立ち話をしていると 例の雪だるまの家から
家主がひょっこり現れた
八百屋と庭師に気づいて手を振る
「おはようございます お二人とも早いですね」
聞けば子どもらは ひとしきり庭ではしゃいだあと
甘いホットミルクを飲んで もう一度眠ってしまったのだという
「われわれも あたたかくて甘い飲み物がほしいですね」
三人は深くうなずき合った
これを聴いていたのが とある職人
路地裏に工房を構えて
街の姿を小さなオブジェに写し取ったり
きれいな石で指輪をこしらえている
やさしく勤勉で もちろん作るのは上等なものばかり
誰もが彼女を愛し 尊敬し 頼りにしていた
「大人の喜ぶ あたたかくて 甘い飲み物」
大切な街の人たちのため
さっそく腕をまくって工房を出た
倉庫から運んできたのは大きな鍋
ワインのコルクをぽんぽん開けて
流れるような手つきで 果物を次々切っていく
火加減はあくまでもやさしく
もちろんスパイスはふんだんに
家じゅうのカップを取り出して
今日はやすりをお玉に持ち替えて
日が落ちる頃を見計らって 工房の扉をいっぱいに開けた
さあ グリューワイン屋の開店だ
あたたかな匂いに誘われて 次々に大人たちがやってきた
「こんばんは 一杯いただけますか」
「冬はこういうものが 実にうれしいな」
「あたたまるね 元気が出るよ」
「ああおいしい どうもありがとう」
みんな鼻と頬を赤く染めて
にこにこ笑って カップの湯気を吹く
寒さでこわばっていた体が やさしくほぐれていく
「職人さん ごちそうさま」
八百屋と庭師 そして雪だるまの家の家主がやってきた
「グリューワインのお礼だよ」
まるまるとした新鮮な白菜
淡い紫色のクリスマスローズ
子どもたちが作ったツリーのオーナメント
すてきな冬のプレゼント
職人はにっこり笑い 贈り物を受け取った
大人たちが家に帰り 街が寝静まったあと
職人は 最後の一杯をしたためる
果物とスパイスと みんなの笑顔が
濃く煮詰まった 特別な飲み物
くうくう眠る猫をなでながら
やさしく更けていく夜を
心ゆくまで 味わった
どこか遠くにある街の
冬の夜の景色
登場作品
季節の八百屋(https://kokuutokyo.com/works/l13/)
庭師の家(https://kokuutokyo.com/works/s10/)
雪の日(https://kokuutokyo.com/works/s9/)
グリューワイン屋(ノベルティ・非売品)
Special Thanks
jewelry&object 穀雨(https://kokuutokyo.com/)
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