fragment:13 死に至る時計
※ 戦争、疫病、自殺に関する記述があります。閲覧時はご注意ください。
世界終末時計はもうひとつ存在する。
その存在は公的に否定されている。ただの与太話、都市伝説。世の中の見解も概ねそのようなものだ。
だけど、実在する。
こっそりと、ひっそりと、けれども確かに。
見た目はお馴染みのあいつとそっくり。寸分違わず同じ時計だ。並べたらもはや見分けはつかない。
共通点もある。私たちの知っている世界終末時計は、人間が動かす。そしてもう一方も、人間が動かしている。
おそらく。
おそらく、の意味を説明する前に、このもうひとつの時計の持つ役割、効果について話そう。
もともと世界終末時計は、人類滅亡までの残り時間を象徴するものとして描かれた。学術雑誌の表紙に使われたそうだ(冷戦初期に誕生したっていうのが、また意義深い)。戦争やら、核実験やら、テロやら疫病やらが起きたとき、針は進んでいった。ときどき誰かの努力や国同士の約束で戻りはするものの、基本的には進む方向にあるように見える。
このように私たちが知っている世界終末時計は、「何かが起きると」針が進むようにできている。
もうひとつの時計はこれと正反対の性質を持っているらしい。
あるとき不意に、針が進む。何も起きていないのに、誰も触れていないのに、突然に。刻み幅は様々だ。数十秒のこともあれば、一気に十分以上も進んだりする。
それは予兆なんだそうだ。いつ来るかわからない、しかしいつか必ず来る未来についての。
少し過去を振り返ってみてほしい。
疫病はしつこく世界に居座り、その合間を縫ってテロリストが駆け回る。巨大な地震と津波が瓦礫の街を飲み込む。飛行機が高い塔へ突き刺さる。空を見上げれば、星ではなくミサイルが降ってくる。
それらすべてを、もうひとつの時計は予言していた。何かが起きると針が進むのではなく、針が進むと何かが起きる。
話を戻そう。
では、その針を進めているのは誰か。
与太話に曰く。
もうひとつの時計は、核弾頭ですら吹き飛ばせない場所で絶え間なく監視されている。針が進んだ瞬間、その情報は国連やら国のボスやら、世界の要人たちに共有される。彼らは手を尽くして破壊的な事態が起きるのを止めようとする、……けれどまあ、結果は見ての通りだ。その努力はこれまで一度も報われたことはない。
同時に、針を動かしている犯人も未だにわからない。
噂好きたちもこの犯人の正体についていろんな主張をしている。凄腕のハッカーが作ったコンピュータウイルスの仕業、秘密結社の計画の一端、金儲けしたい戦争屋の自作自演。
所詮都市伝説だ。どれも似たような話に過ぎない。
だけどひとつだけ、あるネットのフォーラムで見つけた仮説が気になってね。
投稿者は長いあいだ、世界で起きた自殺の件数と発生時期を調べている。そいつの言うことには、疫病やら戦争やら大掛かりな事件が発生する前には必ず、かなりの数の人が自殺しているそうだ。自殺と事件の間隔はまちまちだけれど、これはほぼ間違いないらしい。
そこそこの数の人が死んだあと、もっと大勢の人が死ぬ。端的に言えばそうなる。
調査を続けていると、自殺の件数とほぼ同時に増えているものがもうひとつ見つかった。
うつ病患者の数だ。
自殺者が増える。うつ病患者が増える。そしてそのあとに、大勢人が死ぬ。
オカルトは好きではないがと前置きして、仮説をこう締めくくられていた。
世界の滅亡を、人類の破滅を、自己の破壊を望む精神こそが、あの時計の針を進めているのではないか、と。
世界に存在する「生きたい」を、「死にたい」が上回ったとき。
世界に絶望があふれたとき。
時計はそれに応えて、針を進める。
終末へ向けて。
与太話とはいえ、都市伝説とはいえ、あまりぞっとしない話だろ。
だからあんまり気軽に口にするなよ。
人類が、世界が滅べば良いなんて。
あの時計は、いつだってそれを叶える準備をしているんだからね。
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