fragment:9 河原にて/2

「よお。乗っていくかい」

「そうしたいのはやまやまなんだが、あいにく船賃がね。一銭も持っていないんだ」

「おやまあ。まだ若いようだし、無縁仏ってわけでもあるまいに」

「葬式はやったよ。粗末なものだったけどね」

「そのくせ素寒貧ときたか。ははあ、なるほど」

「なんだい、訳知り顔で」

「あんた、空葬式をされたね」

「からそうしき?」

「形だけの葬式だよ。死人が持たされる船賃ってのは別に金そのものじゃない、弔う側の気持ちが貨幣になったものなんだ」

「つまり私の懐がすっからかんなのは、誰も弔う気がないからってわけか」

「そういうことだね」

「しかし、空葬式ね。そんな気はしていたんだが」

「心当たりがあるのかい?」

「こいつは蔑ろにしていいと一度思われちまうと、なかなかその印象は払拭できないものだよ」

「とはいえ人がひとり死んでるんだ、さすがに薄情過ぎやしないか」

「知らないのか船頭さん。人間界じゃいじめも戦争も常識なんだよ」

「そりゃあまったく薄情なことで。で、どうする?」

「しばらくそのへんを散歩してくる。飽きたら、まあ、考えるよ」

「そうかい。それじゃあね」

「うん。それじゃ」

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