隊長
フレイとフュームの飽きもしない喧嘩に呆れるしかできない大悟は、二人に水浴びするように言い聞かせ、戻って来るとフュームが何やら落ち込みながら戻ってきたが「あの年齢でアレって⋯⋯絶対勝てないわよ」と何やらぶつぶつと独り言を呟いている。
「あんた、私が勝てないのを分かっていて水浴びを進めたでしょ!!この変態!!結局、あんたも胸なのね!!」
フュームは何やら訳の分からない事を大悟に喚き散らす。
「⋯⋯何を言ってるか分からないんだが」
残念ながら大悟は脂肪の塊などには興味などないのである。
大悟は顔には出さないが、変態的なまでの筋肉フェチなのだ。
当然、フュームは大悟の性癖など知る訳などない。
「ふん、どうだか⋯⋯」
フュームは大悟が
「そういえば思ったけどこれってあんたの趣味?」
「いや、お前の格好に一番近い服を選んだつもりだが?」
「なっ!?」
フュームはまさかそんな事を言われるとは思わなかった。
フュームは昔からスカートのようにヒラヒラとした洋服が動きにくいことやすぐに枝や刺にひっかけ破ける事で嫌っている。
その為、普段は甲冑の下はこのような格好となっているのである。
「それにしても、騎士だけあって鍛えてるんだな。特に僧帽筋と広背筋がいい感じだ」
「一応、第三部隊を任せられているからね」
「任せられてるってどういう事だ?」
大悟はフュームのいう事に何か引っかかっていた。
「そのままの意味よ。今は魔王の配下に対抗する為に人間と手を組んでるけど、人間から見れば私は余所者だもの。そもそも、天族側にも騎士団みたいなのがあるのよ。どうして私がここにいるのかと言うと人間との友好を分かりやすく、大衆に示すためね。だから、第七、第五、第三、第一の隊長は天族が務めているわ」
「何となく理解はしたが、お前の部下達は放っておいていいのか?」
大悟はフュームの部下達のことが一番気になっていた。
「隊長とは言っても、代理みたいなものなのよ。実際は元隊長だった副隊長が実権を握ってるようなものなの。隊長の肩書なんて大衆に天族との友好を見せる為の餌に過ぎないの。実際、名ばかりなのよ」
「そんなものなのか⋯⋯」
「名ばかりだとしても部隊を任されちゃったからね。明日の早朝にでも戻るとするわ」
フュームは一足先に追加で交換した寝袋に入っている。
「⋯⋯ところでフレイはどうした?」
「そろそろ戻って来るんじゃない。あの子の服があんたの趣味なのね。この変態!!」
フレイは黒とスカートから徐々に赤くなっているグラデーションカラーのフレアワンピースを着ている。
「出会った頃はボロ布だったんだ。それ以前にフレイの好みの服が分からないから最初に渡した服と似た服を与えてる感じだ」
当然、フレイの格好は大悟の趣味ではない。
「俺はこれでもいいが、あいつも年頃の娘だ。こんな御時世だとしてもお洒落くらいさせてやらんとな」
「⋯⋯保護者というより親ね。嫌になるほどの親バカだわ。あの子も苦労しそうね」
何となく、大悟にとってのフレイの立ち位置をフュームは理解した。
「そんなつもりはないんだがな」
「⋯⋯ただいま〜」
噂をしてると早速、フレイが戻って来る。
「まったく、着替えるのにいつまで⋯⋯って何よそれ!!」
フレイは黒猫の着ぐるみの寝巻きを着ている。
大悟は交換出来る服が拡張された時に寝巻きは欲しかったので何着か交換している。
大悟は全部ジャージだが、フレイは着ぐるみの寝巻きである。
「ん?どうしたの?」
「あんたの格好の事を聞いてるのよ!!」
「可愛いでしょ。猫ちゃんだよ」
フレイはフードをかぶってみせた。
「⋯⋯まったくこれだから親バカは」
フュームは大悟を睨みつける。
「親バカは関係ないだろ!!」
大悟は親バカを否定しつつフレイの寝袋を取り出す。
この追加された機能のおかげで大悟は大助かりなのであった。
保管庫の機能は十個まで荷物をスクリーン内に保管できる機能で保管できる数は少ないが、袋や鞄にものをしまっていればそれで一個分の扱いとなる為、服は大悟用とフレイ用で分けて袋にしまっている。
大悟としては衣食住の衣と食は特に不便はしなくなったが、贅沢をいえば住も欲しかった。
なんだかんだで、翌日の朝を向かえるとフュームは部下達がいるアールズへ向かった。
「アレ?フュームは?」
フレイは当然寝ていたので、フュームと別れた事など知るはずはなかった。
「⋯⋯寂しいのか?」
「さ、寂しくなんかないもん。私には大悟がいるから寂しくないもん。あの天族がいなくてせいせいしたの」
大悟からしたら、そうとは思えなかったがあえて何も言わなかった。
「まぁ、どうせすぐ会える。最終的に俺とあいつの目的は一緒だからな」
「『セイヴァー』の邪魔さえしなければ、私は何もしないよ」
フレイはフュームに『セイヴァー』の邪魔だけして欲しくなかった。
「フュームには一応口止めはしたが、本人曰く言ったところで信じてもらえないどころか正気を疑われるから言えないと言っていたな。そういう意味では勇者の手柄にした方がまだ信憑性がありそうとも言っていたな」
「私としてはどうして『セイヴァー』の手柄が生きてるかも分からない勇者の手柄にするのか分からないの?」
「いいか?フレイ⋯⋯手柄や名声などの目の前の欲に釣られるな。そればかりに囚われているといつか大切なものを失うことになる」
これは大悟の経験から来ている。
自分の名声を得る事に躍起になっていた大悟と親友は上位のヒーローを待たずに人質を取り引きこもった犯人の元へ突っ込み親友は帰らぬ人となった。
この時、大悟は目先の欲に目が眩みどれほど自分達が思い上がりだったのかを思い知ったのだ。
今までも散々無茶をしたが、成功させて来たその慢心があの惨劇を引き起こしたのだ。
今まで大丈夫だからといって次が大丈夫だとは限らないのである。
「だから、俺はそんな下らないものの為には命は張らん、人が助かる事に比べれば小さな事だからだ」
大悟にとっては手柄や名声というのは後々、面倒な事しか呼び寄せないということを知っている。
大悟の世界では有名なヒーローがテレビ番組で俳優のような扱いを受けているが、大悟からしたらアレはヒーローとは程遠い存在だと思っている。
それは大悟の根底にはヒーローは力ある者に媚びるものではないという考えがあるからである。
今は引退した中堅ヒーローが言っていたが、ヒーローがテレビ出演すると堕落すると言っていた。
その理由は大悟の考えと同じで、テレビ出演しているヒーローは早かれ遅かれ力ある者の犬と成り果てるからだ。
それをそのヒーローは堕落と蔑んでいた。
そしてそのヒーローの引退も表向きは引退と言われているが実際どうなのかは不明であるが、権力者に引退まで追い込まれたという話しもあるくらいである。
それでも、『セイヴァー』が潰されなかったのはトップヒーローだったのと狂信的なファン、そして正体を徹底的に隠したからであった。
「いいか、ヒーローは強い者には絶対に媚びてはいけない、相手が例え王様だろうと大統領だろうが総理大臣だろうがだ」
「うーん、大統領とか総理大臣は分からないけど、王様は不味いんじゃないの?」
「強い奴からは例えどんな報酬を積まれようと話しに乗るな。どうするかは最終的に己の正義で決めるんだ。それで助ける結果になるならそれでいいんだ。それは己の正義に従った行動であって強い奴に媚を売った訳ではないからな」
大悟は基本的に権力者を助けることは数えるほどしかない。
そして、それはその行為が大悟の抱く正義と合致したからだけの話しであり、殆どは権力者と馴れ合う事などないのだ。
行き過ぎた正義は悪と変わらないが、腐敗を招く正義も悪と変わらないと大悟は思っている。
その行き過ぎない程々のバランス調整が難しいと大悟は思っている為、利害の一致の時のみ手を貸す事にしていた。
そういう事もあり、権力者達も『セイヴァー』を潰し難かった事があったのは大悟は知るはずもなかった。
「俺の救う相手が権力者だった場合動く理由は利害の一致それだけだ。それ以外もなければ妥協することも当然しない」
「ヒーローって弱い立場の味方なんだよね」
「俺の場合はそうなだけで、一番忘れていけないのは自分は何を一番救いたいのか⋯⋯助けたいのか⋯⋯守りたいのか⋯⋯そういうものを心に持つことだ。それが一番辛い時の励みになるもんだ」
「大悟にもあるの?」
フレイは大悟にとって一番守りたいものが何か気になった。
「親友との約束だ⋯⋯それを果たす為にここに俺はいるのかもしれないな」
「そんなものでいいの?」
大悟の意外な答えにフレイは気落ちしていた。
「そんなものとはいうが俺にとっては大切な約束だ。この約束が『セイヴァー』を『セイヴァー』たらしめてるんだからな」
「私にはよくわからないの。ヒーローって難しいの」
大悟はこの言葉でフレイが変身できない理由を何となく察した。
フレイにとって一番救いたい、助けたいもしくは守りたいものの気持ちを理解していない為【ヒーロー変身】のスキルが発動しない可能性が大きかった。
「さて、お喋りはこの辺にしてそろそろ王都を目指そう」
大悟とフレイは魔物を倒しながら王都を目指し突き進む。
その頃、フュームはアールズの惨状を見て兇獣王がいかに非道な事をしていたのかは一目瞭然だった。
「⋯⋯随分と酷いわね。人間に豚の真似事なんてさせるなんて⋯⋯いや、これは完全に真似事なんて可愛いものじゃないわ。言うなれば洗脳ね」
フュームはアールズに住む殆どの人々が未だに豚の鳴き声を発している光景を見て異常性を感じていた。
「何とかしてあげたいけど、これは時間がかかりそうね」
フュームは街を見て周らながら話を聞くと兇獣王を倒したのは勇者だという話しを耳にするが、本当は『セイヴァー』に変身した大悟が倒したという事を知ってるフュームは複雑な心境だった。
そもそも、フューム自身山にこもっていた為勇者がどういう者なのか知らないのである。
ただ知ってる事といえば、歴代勇者の中で唯一の女性だという事くらいだ。
「隊長⋯⋯隊長に話しがある者がいらっしゃいましたがいかがなさいましょう?」
「いいわよ。連れて来なさい」
そこに現れたのはエレン・アインベルク、正真正銘の勇者であった。
「私に話って何かしら?」
当然の事ながらフュームはエレンとの面識がない為、フュームはエレンが勇者だとは知らないのだ。
「僕はエレイン、故あって王都に向かった勇者と鉢合わせしていないか尋ねたい」
エレンは勇者を自称してる者が本当に王都に向かっているのなら、フューム達と鉢合わせしている可能性が大きいと考えたのである。
「⋯⋯会ってないわね」
フュームは少し考えたが、大悟に口止めされている事より言った所で信じてもらえないどころか神経を疑われるからである。
フュームは当然、勇者には会っていないのでそう返答する。
「そう⋯⋯ですか⋯⋯」
「あなたはその勇者に何か用でもあるの?」
エレンは落胆しているが、フュームはどうしてそんな事を聞いて来たかの方が気になった。
「いえ、ちょっと気になった事がありまして、それでは質問を変えます。その勇者を追いかけた子連れの男には会いましたか?」
「!!」
それは正に大悟の事であり、フュームは当然の如く知っている。
「確かにそういう奴にはあったわね」
「それで、その人はどのような方でした?」
エレンはフュームにグイグイ質問する。
「⋯⋯その男はともかくフレイとかいう子供の方は礼儀のなってない生意気な奴だったわ。思い出しただけで腹が立って来た⋯⋯」
フュームは大悟の事よりフレイの事の方が重要だった。
「へっ?」
「ああ、悪かったわね。私にはどうしても無視できない存在がいたのよ。その男の話しだったわね」
フュームはエレンがフレイの方ではなく、大悟の方を知りたがってるのを思いだす。
「まぁ、少なくとも邪悪な存在とはいえないわね。だからといって必ずしもこちらの味方という訳では無さそうだけど⋯⋯」
フュームはエレンにその男は敵ではないが味方でもないと説明する。
「ただ、言えるのは己の正義に従って行動してるくらいよ」
「⋯⋯正義⋯⋯ですか⋯⋯」
エレンは魔王を倒す事が正義だと思っていたが、その魔王の言葉によりその正義を否定させられたのである。
あの魔王が向けた勇者への哀れみの視線は今でもはっきりと憶えている。
「⋯⋯そんなものは正義と言えるのでしょうか?貴方はただ勇者という使命を己の正義と思い込んでいるだけ⋯⋯この僕を倒せば本当に世界は平和になると思っているのですか?今は僕という世界にとっての敵がいますが、それがなくなったら、次は何が貴方の敵になるのでしょうか?」
魔王の言葉の真意はエレンは分かっていた。
分かっていたからこそ答えられなかったのである。
今は魔王という世界共通の敵がいるが、それがなくなったら、また人間同士が争いだす。
それは今までの歴史を見れば分かる事である。
「それに答えられない時点で貴方の正義は破綻している。貴方の正義は僕がいて初めて成り立つものなのですから、僕がいなくなったら貴方は一体何の為にその正義を振りかざすんですか?」
その言葉と魔王の圧倒的な力によりエレンは完全に戦意を喪失させられたのであった。
「⋯⋯どうしたの?」
魔王の言葉を思い出したエレンは呆然と立ち尽くしていた。
「⋯⋯正義とは一体何なのでしょうね」
エレンの口から不意にそんな言葉が漏れた。
「⋯⋯そんなのは人それぞれじゃないの?」
「え?」
エレンはフュームの予想外の答えに戸惑う。
「⋯⋯だけど、あの男が言っていたわ。敵とか味方とか分けてる時点でその正義は程度が知れているとね」
「その方は一体何が正義だと言っていたんですか?」
「詳しくは知らないけど、己の意志を貫き通す事だと話していたわ」
フューム自身、大悟の語る正義を詳しくは理解していないが、大悟は特に種族を気にしていない感じがした。
「⋯⋯そうですか」
エレンはそのフュームの話しを聞き、その男に会わなければいけない気がした。
その男に会えば、失った正義を取り戻せる気がしたからである。
「その人は、王都に向かったのですね。目的とか伺ってませんか?」
「えっ!?えっと⋯⋯」
フュームは当然何となくだが、大悟の目的は理解している。
王都を攻め落とさんとする冥王、悪魔皇、炎帝を倒す為であるが、それを言ったところで誰がそんな話しを信じると言うのかと思うとフュームは言い出し辛かった。
「それについては、知らないけど⋯⋯かなり腕に自信があるようだったから、王都で騎士への協力を志願するつもりじゃないかしら」
フュームはとりあえず嘘と真実を混ぜて誤魔化す事にした。
どちらにせよ騎士への協力を志願する事には変わりがないからである。
しかし、フュームはフレイの存在を忘れてはいない。
フレイはフュームから見ても騎士の中にいる魔法使いを遥かに凌駕する力を持っているが、あの親バカはフレイに対してはかなり過保護なので、絶対に参加させないだろうというのがフュームの考えである。
「⋯⋯それさえ分かれば十分です。ありがとうございます」
エレンはそう言い一礼するとその場を去って行ったが、エレンはまさかこのエレインと名乗る少女が大悟を追って王都に向かうとは思ってもいなかった。
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