エピローグ
兇獣王を倒した大悟は王都プローシュを目指しアールズを発つ、それと入れ違いでやって来たエレンは自分とは違う勇者の存在を知らされ、自分を誘い出す敵の罠と結論付けたのだった。
『セイヴァー』に倒されたデュランは、霧の森を彷徨っていた。
ここにいた理由は勇者との鉢合わせを回避する為である。
この状態でウーヴォを倒した勇者に鉢合わせたら敗北は確実だからであったからだ。
『ここは何処だ。我は一体何と戦っていたのだ』
デュランは道に迷いながら、途方も無い何かと戦っていたと考えていた。
草叢からガサガサ音が鳴るとデュランはビクッとかなりびびっている。
『こ、今度は何が来る』
デュランは完全に怯えきっており、既に兇獣王だった頃の影すらなくなっていた。
そして目の前に現れたのは、デュランがここに送り込んだ筈のヴェスカだったが、何か様子が違った。
『ヴェ⋯⋯ヴェスカ、生きていたのか!!』
かつては、扱いに困る配下だったがこの状況ではむしろ救いのだった。
しかし、ヴェスカは既に寄生茸の苗床となり果て、所々から茸が生えている。
その異様な光景であるにも関わらず、デュランはヴェスカに歩みよる。
『我は運がいいのかもしれん』
そう思った時だった。
デュランの肩に痛みが走ったのだ。
『な、なんだと!!』
ヴェスカがデュランの肩に噛み付いて来たのである。
『何故、我を噛み付くのだ!!何故!?』
デュランが噛み付くヴェスカを引き離すとヴェスカはその場で倒れ動かなくなった。
寄生茸に寄生された生物は、栄養を吸い尽くされた時に限界を迎える。
ヴェスカは既に限界に達したのだった。
『あ゛⋯⋯あ゛ア゛⋯』
そして、寄生茸が次に選んだ苗床がデュランの肉体だったのだ。
ヴェスカがデュランに直接噛み付いた事で菌をデュランの肉体に移したのである。
『ア゛ア゛⋯グ⋯⋯ル⋯⋯ナ⋯クル⋯⋯ナ⋯⋯グルナア゛ーーーーーーー』
そして、ヴェスカの牙には意識を狂わせる毒が含まれている為、デュランが寄生茸の苗床になるのに時間はかからなかった。
これが、デュランの最後である。
そして、デュランの死が魔王を始め他の配下に知れ渡る。
「⋯⋯兇獣王が死んだわ」
眼帯をしたゴスロリファッションを着込んだ冥王のトゥトゥが兇獣王の死を確信する。
兇獣王をはじめとする八凶星は存在が欠落すると感覚的に八凶星の誰が死んだかを理解する。
「ほら、私の言った通りになったでしょ。でも、まさかこんなにすぐに死ぬとは思わなかったわ」
デュランと謁見していたオカマのゴレイヌはそうなるのは知っていたがここまで早いとは思っていた。
「まさかこんなアッサリ死ぬなんてね。いつも威張ってたくせに大した事無いわね。どうやって、殺されたか見てみたいわ」
「⋯⋯話しの限りでは、勇者に倒されたようよ」
勇者の噂は既に魔王側に伝わっていた。
「⋯⋯だとしたら、黒曜騎士が無視はしないかもしれないわ」
「⋯⋯その勇者はこっちに向かってるかもしれないという話しもあったわ」
「そうなると黒曜騎士が出張って来る可能性が⋯⋯願ってもいない援軍が来るかもしれないわ!!」
黒曜騎士とは八凶星と同等かそれ以上の力を持つと言われる魔王直属の守護者でその正体は魔王以外は知らないと言われている謎の存在で少なくとも魔王が勇者一行が戦った頃にはいなかったと魔王の配下達は語る。
その為、冥王トゥトゥは思いもよらない増援の可能性に期待を膨らませていた。
「まぁ、デュランごとき死んだ所で何も変わらないわ。奴は我等、八凶星の中でも最弱、キングオブザコ⋯⋯人間ごときに敗れるなんて八凶星の面汚しだわ」
「しかし、あんな雑魚でも勇者を引き釣り出すくらいの役に立ったわ」
「それもそうね。ヰードとフィアッドと私がいれば勇者なんて敵じゃないわ」
トゥトゥが話すヰードとは悪魔皇の事で、フィアッドは炎帝の事である。
トゥトゥは戦いは部下やヰードとフィアッドやその部下に任せる事しかしない。
大将気取りではあるが、ただ単に人間が死ぬのを見る事が好きなのだ。
トゥトゥは肉体が存在しない為、物理攻撃を無効化し、七代目魔王の『魔力変換』という能力で魔法攻撃を魔力として取り込む能力を有している為、魔法という弱点を克服している。
「私としては唯一の弱点である聖なる光の加護を持つ天族の方が厄介よ」
ゴースト系の長であるトゥトゥは聖なる光が唯一の弱点にして、前線に立てない理由である。
悪魔系も聖なる光が弱点なのだが、ゴースト系は肉体がない分、聖なる光を浴びただけで浄化されてしまうのだ。
頼みの綱である炎帝率いる邪龍達は聖龍の動向を探っており、全く動こうとしない。
炎帝は既に本陣に籠ったきり出てこない始末である。
「まったく、天族だけじゃなく聖龍まで出張って来るなんて想定外よ。完全に手詰まりって感じ⋯⋯だから、デュランを頼ろうとしたけど⋯⋯死んじゃ意味ないのよ!!」
自分が想定していなかった事が次々と起こるものでトゥトゥは愚痴を言いたくなっていた。
その頃、魔王城で魔王は狂うように魔法の研究をしていた。
「⋯⋯もうすぐです。もうすぐ、アナタに手が届きます。アア、凄く楽しみです」
少女とも少年とも取れる魔王は、うっとりと天井を見つめており、その傍に漆黒の鎧に身を纏う騎士である黒曜騎士がいる。
「ま、魔王様⋯⋯デュラン様が⋯⋯デュラン様が亡くなりました!!」
そこにやって来たのは魔族の魔法使いだった。
「⋯⋯デュラン?誰でしたっけ?」
「魔王様から初代魔王の力を授かった獣人の将だった男です!!」
「⋯⋯アー、アノジュウジンデスカ⋯⋯ウン、オボエテマスヨ」
当然、魔王はデュランの存在を憶えてすらいない。
そもそも、この魔王は自分の配下の顔と名前すら憶えていない。
「⋯⋯エ?それだけですか?」
あまりの軽薄な魔王の反応に魔法使いは、ただただ驚く事しか出来なかった。
「ウン、それだけですが?何か問題が?」
魔王は当然悪びれもしない。
むしろ、知らない奴が死んだと言われても、「ああ、そうなんだ」くらいのリアクションしか出来ないのである。
「⋯⋯ど、どうやら、デュラン様を倒したのが勇者だと言う話しで」
その言葉にガタッと反応したのは魔王ではなく黒曜騎士だった。
「⋯⋯勇者?何ですかそれは?」
魔王は自分が戦った勇者すら憶えていない。
「⋯⋯ま、誠に分からないのでありますか?」
魔法使いは魔王が本気で忘れているとは思いたくなかったので確認する。
「⋯⋯ウン、その勇者がデュランって奴を倒したとして、私に何の問題があるのですか?デュランって奴が弱いから倒されたそれだけの話しです。私には関係ない話しですね。彼が勝手に死んだだけの話しじゃないですか」
「そ、そんな、無責任な!!」
この魔法使いも流石に魔王の無責任な態度に憤りを隠せなかった。
「何度も言いますが、私はこの世界がどうなろうと知った事ではありません。彼は彼なりの行動をして勝手に死んだ。私が直接命令した訳でもなく自分のやりたい事をやらせて死んだんです。これの何処に私の責任があるのですか?歴代魔王の力を譲ったのもただの気紛れに過ぎませんしね。自分が選ばれた者だと勝手に勘違いしちゃったんですね。この世界において選ばれた者が特別ではないのですよ。この世界においては私達の神以外特別な存在などいないのです。誰もが勝手に勘違いしているだけなんです。神からしてみれば私も含め誰もが神の掌で踊る道化に過ぎないのです。これは彼が勝手にやった結果です。それの何処に貴方が憤りを感じる理由があるのですか?」
魔王は憤りを感じている魔法使いが何故、自分に怒りを向けているのか理解していない。
「⋯⋯あ、ありません」
魔法使いは逆に仲間の死に何も感じない魔王が怖くなった。
魔法使いが部屋から出て行くと部屋が静まり返る。
「本当に理解しがたいですね。⋯⋯どうしました?貴方がそこまで感情を昂らせるなんて⋯⋯あぁ、話しにあった勇者ですね。フフフ、そういえばそろそろ腕が鈍って来た頃じゃないですか?」
魔王は黒曜騎士に勇者を任せる事にした。
黒曜騎士は軽く頷くとその場を去る。
「⋯⋯フフフ、もうすぐです。もうすぐアナタを理解できる。その時、私はアナタにアエル⋯⋯」
魔王は部屋の壁から這い出た邪神像に祈りを掲げる。
この魔王には世界をどうこうしようとする意志はなく、ただ一つの目的の為に行動しているだけであり、世界を崩壊に導こうとしているのは魔王の配下達なのだ。
歴代魔王の力をもらった者達が勝手に魔王の意志をそれぞれ考えているだけなのである。
現魔王は世界の崩壊以上に途方もない事をしようとしていることを八凶星をはじめ、魔王の配下達は知らなかった。
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