解放

『セイヴァー』はデュランに圧倒的な力を見せ付け勝利し、アールズの街にいた獣人はデュランの姿を見て戦意を喪失し、何処かへ去って行ってしまった。


アールズの街にいる領主は、既に人間の言語が話せなくなっており、豚の鳴き声を出す事しかできなくなっていた。


領主のように人間の言語を話せなくなった者は他にもおり、何とか人間の会話を話せる者もいるが二足歩行が出来なくなった者までいる始末である。


デュランの強いた環境がここまで人間を変えてしまったのだ。


「しかし、よくアレで会話が成り立ってるな」


大悟が一番疑問だったのは、人間の言語を扱っていないのにその意味がお互い通じ合っている事である。


「正直、見ていられないの」


フレイはある意味ではフェルシタットの方がまだマシだと思ってしまったくらいである。


大悟自身もデュランが人間に強いた環境は狂気の沙汰であったと改めて確信した。


「復興には時間がかかりそうだな。建造物もそうだが、ここの人達のメンタルケアが必要だ。むしろ、メンタルケアの方が大変だろうな。ここまで来るともはや洗脳だ」


デュランが獣人達に人間を殺してはいけないという決まりがあったのは精神的に極限状態まで追い込み、自分を豚だという擦り込みをしやすくする為だったのだろうと大悟は推測する。


「さて、兇獣王もいなくなったわけだが、次は何処に向かえばいいんだ?」


「⋯⋯私に聞かれても分からないよ」


フレイも魔王の配下の居場所など知るわけがなかった。


「どうしたっすか?」


「いや、大した事はないんだが」


大悟達が次に行くべき場所に悩んでいると街の青年が声を掛けてくる。


「今回、倒されたという兇獣王と同じ存在が何処にいるか知りたくてな」


「あまり、お勧めはしないっすけど、この国の王都に行ってみればいいっす」


「王都?」


「王都プローシュと呼ばれるこの国の首都っす」


「それは分かったが、ところでお前は?」


「僕はここの衛兵見習いだった者っす。ここに配属になったと思ったら捕まってしまったっす」


衛兵見習いはここに配属したと同時に捕らわれの身になってしまったという訳であった。


「王都に何があるんだ?」


「あそこはまだ魔王の脅威と戦っているっす。冥王の軍勢と悪魔皇の軍勢そして、その背後にいる炎帝率いる邪龍達と戦っているっす」


「まさか、兇獣王みたいのが三人いるのか!!」


大悟にしてみれば兇獣王であるデュランは、大した事のない相手だったが、それが三人もいるとなると話しは別だった。


そして、冥王という存在は大悟とは相性が最悪なのである。


冥王とはゴースト系やレイス系の親玉で物理攻撃が全く効かず、魔法しか効かず、特に光魔法しか有効な魔法がないと呼ばれる存在なのだ。


王都に行った場合、そんな存在を相手しなければならなくなるのだ。


「僕が、こっちに来る前はそう言われていたっす」


「三勢力と戦っているのによくその王国は持ち堪えてるな」


大悟はよくその状況でここまで保った事が驚きだった。


「王国側は天族と聖龍が手を組んだっす」


「天族と聖龍は人間の味方なのか?」


大悟は人間の味方がいるとは思わなかった。


「天族は昔から悪魔と因縁があって、聖龍達も邪龍達と昔から因縁があるみたいっす。天族はともかく聖龍達は元々中立の立場だったっす。でも、影で邪龍達が動いているのを知ると彼等は手を貸したっす」


「それぞれの因縁の相手と戦う為に手を貸してるだけか⋯⋯時に天族ってなんだ?」


「天族を見たことがないっすか!!」


大悟はこの世界とは違う世界から来てるので当然の如く知らないのである。


「ないな」


「それは珍しいっすね。天族といえば人間と最も友好な種族じゃないっすか!!。見た目は人間と遜色はないけど、【光の翼】と呼ばれる翼を出す事が出来る種族っす」


大悟は何となくそれに似た存在を知っていた。


それは大悟の世界でいう天使に似ている。


悪魔と相対しているという意味でも同じである。


「それは分かったが、どちらの勢力が優勢なんだ?」


「⋯⋯それは分からないっす。僕がここに捕まってからだいぶ経つっすからお役に立てなくて申し訳ないっす」


衛兵見習いも流石にどちらが優勢かなどは知る訳がなかった。


「ありがとう。それだけ分かれば十分だ。」


「ところでお兄さん達は、その三人に何かあるのかい?」


「気になるか?」


衛兵見習いは気になってるようだが、大悟としては話したくなかった。


その三人を倒しに行くと言い誰が信じるだろうか、仮に信じたとした場合、否が応でも目立ってしまう可能性が高い。


正体を隠すのは、味方にしろ敵にしろ目立ちたくないからである。


「いや、お兄さんが言いたくないと言うなら無理には聞かないっすけど、気になるじゃないっすか?」


「ここを支配していた兇獣王が倒されたのは知っているな」


「ええ、勇者が倒したと聞いてるっす。まさか、本当に生きているとは思わなかったけど、今更って感じっす」


大悟は、兇獣王を倒したのは勇者で、自分は偶々鉢合わせただけだと説明した。


そして、勇者は黙って何処かに行ってしまったと説明したのだ。


当然、大悟が自分の正体を隠す為の嘘なのだが、とある事を確認する為に勇者とわざわざ言ったのだ。


あの噂が事実なら、魔王側はともかく、勇者本人も無視が出来なくなる。


それは本物の勇者自身には身の覚えのない、事をしてるからであり、勇者は自分の名を語る者が存在することを知る。


本物の勇者は自分以外の勇者がいるという意味で無視が出来なくなるのだ。


『言いたい事は分かるけど、自分の成果を他人に渡すなんて納得できないの』


それを見て、大悟の行為を一番納得していないのはフレイだった。


フレイのその不満に対して大悟は、「俺は自分の正義を貫ければ、そんなの二の次、ぶっちゃけどうでもいい」と答えた後に「でも、それを分かってくれてる奴が一人でもいるなら十分だ」ともフレイの頭を撫でながら答えた。


フレイ自身、そう言われたからと言って納得できる訳がないのである。


『⋯⋯ヒーローって⋯⋯正義って一体何なの?』


良い事をしたのに、褒められないどころか礼一つ言われない大悟を見て、フレイは大悟の語る正義というものが分からなくなる。


そこは割り切っているかいないかの違いで、子供であり褒められたいフレイからしてみれば理解できない事なのだ。


「フレイ、どうかしたか?」


俯くフレイを見て心配した大悟は声をかける。


「⋯⋯何でもない」


『優しい子だからな。俺が何一つ褒められたり、礼を言われないのが不満なんだろうな。その気持ちを忘れないで欲しいところだ』


大悟はフレイの気持ちを何となく察していた。


「その勇者がどうしたっすか?」


衛兵見習いは大悟が聞いた事と勇者にどんな関係があるか知りたかった。


「少し込み入った用があるから話しをしたかったんだけどな」


「なる程、勇者に用があったけど、既にいなくなってたから場所を知りたかった訳っすね」


「そういう事だ」


大悟自身、本物の勇者に用がある事は事実であった。


だからこそ、大悟は勇者の立場を利用したのである。


「それは災難だったすね。会えるといいっすね。呼び止めてしまい失礼したっす」


衛兵見習いは一礼するとその場を去って行く。


「さて、次の目的地が決まったな」


「⋯⋯うん」


フレイは相変わらず少し不機嫌だった。


大悟とフレイは捕まって連れて来られた部屋で一日休む事にした。


『⋯⋯【新機能追加】⋯⋯また訳わからんのが増えたな』


大悟が暇潰しにスクリーンを開いた瞬間、目の前に【新機能追加】と映っている。


『何々、追加機能一、【保管庫】食品や生物以外を十個までこのスクリーンに保管する機能である。追加機能二、【クリーニング】保管した衣服類を洗濯及び補修する。使用する際には一着につきHPヒーローポイントを百ポイント消費する。追加機能三、服種類の拡張⋯⋯なる程な。主に衣食住の衣の機能が追加されたようなものか⋯⋯』


大悟は試しに交換出来るものを見ると服の種類が大人ものから子供ものまで男女問わず揃っていた。


『⋯⋯これは逆に探すのが大変そうだ。』


大悟は交換出来るものの一覧を眺めていた。


他に変わったところがないか見てみると、ランダムスイーツというのが増えている。


『ちなみにランダムレーションの他に、ランダムフルーツもあるが、ドリアンが出てくるあたりこのランダムスイーツにも一癖も二癖もある食べ物がある可能性があった』


何回かやってみると三回目にサルミアッキが出てくる。


これがランダムスイーツの罰ゲーム枠だが、大悟はリコリス菓子が大好きなので特に問題なく食べた為、大悟はランダムスイーツには罰ゲーム枠が存在しない事に安心する。


そして、翌日大悟達は準備を終えると王都に向かうのだった。


大悟がアールズの街を発って三日後、エレン達三人がアールズにやって来る。


「一体、どういう事?」


エレン達がアールズに到着した頃には兇獣王が既に倒されており、それを倒したのが勇者だという話なのだ。


「ほ、本当に勇者だったか?」


「言伝で聞いただけだから分からないわ」


アールズの女性は兇獣王を倒された所を直接見た訳じゃないから分からないのであった。


「⋯⋯嬢ちゃん、俺も他の奴に聞いたがやはり見てないそうだ」


エレンを勇者だと知っているデレクは、誰も見てないと言うことに違和感を憶えた。


「⋯⋯話しの出所らしい人は分かったんですが、その人は既にここを発ってるらしいです」


アッシュは情報の出所を調べる為に聞き回っていた。


「一体何処に行ったんだい?」


「⋯⋯王都プローシュにその勇者を追っかけて行ったらしい」


「⋯⋯一体どんな目的で」


エレンはその勇者を追った人間に怪しさしかなかった。


「⋯⋯その勇者に何かしらの用があるらしいです」


「とりあえず、その人に会えばその勇者の存在が分かるかもしれない」


「⋯⋯嬢ちゃん、俺はこの件に何かの陰謀を感じる」


デレクはエレンを止める。


「私としてはあまり無視できない事なんだけど、どうしてかな?」


「どうにも胡散くせえんだ。どうして、その人間は勇者と居合わせる事ができたんだ?ここは獣人達が見張りをしていたはずなのにどうやってここに入り込めたんだ?その勇者の話しもそうだが、その勇者と居合わせた奴ってのがどうにも胡散臭過ぎるんだ」


デレクは勇者を知っている為、その人間に怪しさしか感じなかった。


「とりあえず、嬢ちゃんもっと情報を集めてからでもいいと思うぜ」


「僕もそう思います」


デレクとアッシュはエレンに冷静な判断を求める。


「⋯⋯そうだね。これが私を誘い出す敵の策の可能性も大いにあるからね」


「そうだ、向かった場所が場所だけに誘い混んで一網打尽にしようとしてる可能性だってあり得る」


「な、なんて悪辣な策を!!流石、魔王の配下やり方が汚いです!!」


三人の勘違いがスピードアップし始めた頃、大悟はくしゃみをしている。


「大丈夫?寒いなら温めるよ」


「お前のは温まるどころか丸焦げだろ。気持ちだけ受け取っておこう」


「何言ってるの?私はこうやって温めると言ってるの」


フレイは大悟に抱き付く。


「やれやれ⋯⋯ありがとよ」


大悟はフレイの頭を撫でるとフレイは嬉しそうな表情をしている。

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