砕月
大悟とデュランの戦いが始まった。
最初はデュランの『物理反射』を受けてしまう大悟だったが、それは『物理反射』を理解する為だった。
その後、大悟はデュランを一方的に殴りつけるが、デュランが本気を出し岩の人形のような姿になっていた。
「⋯⋯完全に誤算だった。勇者なんぞに構ってる暇ではなかったということか!!」
デュランは勇者ばかりに気を取られて、目の前にいる『セイヴァー』への対策を疎かにしていたのだ。
「貴様!!一体何者だ!!」
デュランは目の前の正体不明の敵に対して動揺を隠しきれなかった。
「俺は大悟・W・ヴァイン又の名を『セイヴァー』⋯⋯ヒーローだ!!」
「ヒーローだと!!」
『ヒーローとはなんだ!?』
デュランはヒーローの意味は理解できていなかったが、勇者同様に厄介な存在だと言うことを本能で察した。
「そこで潰れてろ!!」
デュランは『セイヴァー』目がけ拳を振ると拳の先についた岩が飛んでくる。
「気合一閃」
『セイヴァー』は掌底で飛んで来る岩を次々と破壊していく。
「ぶっ潰す!!」
「よっこらしょ⋯⋯っと」
「!!」
デュランは跳び上がると『セイヴァー』目掛け落下して来るのを『セイヴァー』は受け止め、地面に投げ付ける。
「この人間がああああ!!」
デュランは両手を振り上げ『セイヴァー』に振り下ろすが、『セイヴァー』は軽々と避けている。
デュランはそれでも何度も腕を何度も振るうが『セイヴァー』に擦りすらしない。
「どこ狙ってんだ?そんな鈍い攻撃が本気で当たるわけないだろ。いつになったら真面目にやってくれるんだ?」
大悟にとってデュランの動きは単調そのもので動きが緩慢で遅いのが合わさり、既に飽きて来ていた。
遂には欠伸までする始末である。
「き、ききき、貴様ああああああ!!」
デュランは『セイヴァー』が余りにも馬鹿にした態度を取るので怒るのは当然であった。
「轢き殺した後にミンチにしてくれるわ!!」
デュランは突進の体勢に入ると『セイヴァー』目掛け突進すると『セイヴァー』はそれを両手で受け止める。
それでも『セイヴァー』は五メートル程下がらせられるとデュランの動きが完全に止まる。
『セイヴァー』は前の世界では時速百キロ出してる十トントラックを止めた事がある化物である。
それに比べればデュランの突進など軽いのであった。
これではどちらが化物か分かったもんじゃなかった。
「どうした?それがお前の全力か?」
『こ、こいつ本当に人間か!?』
遂にデュランですら『セイヴァー』が本当に人間なのか怪しみだす始末である。
『セイヴァー』が一歩前に踏み出すとデュランは一歩後ずさる。
「お前今、逃げようとしたな」
『セイヴァー』は今のデュランの動きを見逃さなかった。
「ま、間合いを取っただけだ。それに貴様は一度も反撃して来ないではないか!!それは我の【纏岩】を破れないことの証明ではないか!!」
デュランは『セイヴァー』が攻めて来れないのは、『セイヴァー』自身も攻めあぐねているからであると考えていた。
「まったく、おめでてえ野郎だ。俺が反撃しないのは、お前の全てを打ち砕いた上でお前を倒すからだ。てめえの尊厳が踏みにじられるだけで済むなら安いものだろ?」
「やれるものならやってみるがいい!!【纏岩】」
デュランは右腕に岩を集中させる。
「そして、死ねぃ!!」
デュランは右腕を振り下すとそれは『セイヴァー』に直撃する。
「やったか」
「⋯⋯これで全力だとしたならば拍子抜けもいいところだな。そこんとこどうなんだ?」
デュランの放った一撃は『セイヴァー』は片手で受け止めていた。
『化物め⋯⋯本当に⋯⋯人間なのか?⋯⋯まさか!!こいつの言ったヒーローとはまさか⋯⋯そういう事なのか!!そういう種族が人間の味方にいたというのか!!』
遂にデュランはヒーローを種族と勘違いし始める程、錯乱していた。
デュランはヒーローがどういうものか間違った方向に理解すると再び『セイヴァー』に攻撃を開始する。
一方、フレイは時折物音を聞きつけやって来た獣人達を【ファイアバレル】で撃ち抜いていた。
それを横目で見ていたフレイは『セイヴァー』の圧倒的な強さを見てますますヒーローへの憧れをヒートアップさせてしまった。
『アレって本当に獣人の王様なんだよね。完全に『セイヴァー』に遊ばれてるようにしか見えないんだけど、『セイヴァー』はいつ反撃するんだろう』
フレイは『セイヴァー』が圧倒的過ぎる為に本当に兇獣王が強いのか怪しくなって来ていたが、フレイ自身だった場合アレにどう戦うか考えていた。
実は兇獣王は『セイヴァー』よりフレイの方が圧倒できるのだ。
兇獣王の『物理反射』は物理攻撃に対して有効だが魔法攻撃には効果がないのだ。
そして、フレイの【ファイアシュート】は五メートル程ある巨大な岩をも破壊する威力がある。
しかし、接近戦に持ち込まれたら当然、フレイは不利ではあるのだ。
フレイがデュランと戦う場合は一定の距離を保って戦う必要がある。
『あれ?獣人の王様ってもしかして距離を保っていれば、私でも楽に勝てる相手なんじゃ⋯⋯』
フレイはデュランの動きを見てそう感じた。
しかし、あの岩の鎧を着てるから動きが遅いという事も考慮するとそう簡単ではないと考える。
そのデュランは既に息があがっており、大悟は呼吸すら乱れていない。
「動きにキレが無くなって来たな」
「⋯⋯ハァハァ、何故当たらん」
「むしろ、どうしてそれで当てられると思ってるか知りてえよ」
そもそも、岩を纏う事で重くなり動きが遅くなってる事が一番の原因である。
逆に言えば、岩さえ無ければ速く動けるのであった。
「さて、そろそろネタも切れて来たようだし俺も動くか⋯⋯」
『な、なんだ、このプレッシャーは⋯⋯』
『セイヴァー』が構えるとデュランは一瞬呼吸が止まる。
「粉骨砕身⋯⋯【砕月】」
「消えっ⋯⋯!!」
デュランが一瞬、『セイヴァー』の姿を見失うと既にデュランの目の前に距離を詰めていたのだ。
『セイヴァー』が放つ【砕月】がまるで見えないのである。
分かる事は『セイヴァー』の攻撃が認識出来ない程に速い事だ。
一瞬で岩を砕かれたのは理解出来たが攻撃が一切見えないのだ。
【物理反射】は物理攻撃を跳ね返す為、物理攻撃に対し無敵な能力ではあるが、それは認識している物理攻撃のみを跳ね返す事ができるのである。
デュランは顎、肩、膝、手首の関節は完全に外れており、声帯と鼓膜を潰され、上半身の骨という骨を砕かれるのであった。
『セイヴァー』の攻撃が終わるとデュランは崩れるように倒れる。
【砕月】とは『セイヴァー』の正に必殺技とも言える技で正拳、掌底、手刀、貫手、裏拳、孤拳を織り交ぜた打撃を約十秒に百発入れる破壊の絶技である。
ちなみに『セイヴァー』はこれでも手加減したのでデュランは辛うじて生きてはいるが、
声帯が潰され鼓膜も潰されてる上、顎まで破壊された為、聞く事も話す事もできない。
「⋯⋯つっ!!やはり、【砕月】は腕に負担がかかるな」
【砕月】は使った本人の腕と拳に負荷がかかる為、多用は出来ない技なのだ。
その証拠に大悟は腕を痛めている。
「勝ったの?」
フレイは満身創痍で既に動かなくなったデュランを見て終わった事を確認していた。
「紙一重のギリギリだったがな」
『セイヴァー』はまったく心にもない事を言う
「それは嘘だいぶ余裕があった。私から見ても明らかに遊んでるとしか思えなかったよ」
フレイは『セイヴァー』に正直な感想を話す。
「よく見ているな」
「でも、今の攻撃は腕の残像しか見えなかったよ。速すぎて腕が増えてるように見えた」
「まぁ、俺の必殺技みたいなものだからな」
「必殺技!!やっぱり、ヒーローには必殺技は必要なの?」
必殺技と聞き、フレイのテンションが上がる。
「無くても困るもんではないがな。それに、お前には魔法があるだろうが⋯⋯」
そもそも、フレイは【砕月】より強力な魔法を扱えるので、必殺技などいらないのである。
「そういえばそうだね。私の魔法は既に必殺技と言っても遜色ないかも」
フレイの魔法は確かに普通の人間が受けたら確実に必殺させてしまうので、必殺技と言っても遜色はないのである。
それは、ここにやって来た獣人達の惨状を見れば一目瞭然だった。
「さて、後は街から残党を追い出して街の人達を解放しないとな」
そう言いながら、『セイヴァー』はデュランを肩に担ぐ。
『セイヴァー』とフレイは外に出ると発見した獣人が近付いて来るが、ボロボロになり見る影もなくなったデュランを見て獣人達は戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように街から次々と姿を消していった。
『セイヴァー』は街の外にデュランを投げ捨て水をかけてやると恐怖の色を滲ませ、そのまま走り去って行くのだった。
「⋯⋯逃して良かったの?」
フレイは変身を解除した大悟にどうしてデュランを逃したのか気になったので聞いていた。
「奴にとって死は救いでしかないからだ⋯⋯だから逃した。死といものだけが償いではないんだ」
「うーん、それでここの人達納得するかなぁ」
フレイとしてみればここに住む人が納得できる処遇にすべきだと考えている。
「確かにそれも一理あるが、これは俺の自己満足だからな。それで非難されるなら俺は甘んじて受け入れよう」
「やっぱり、ヒーローって難しい」
フレイからしてみれば、大悟のやってる事が異質な為、理解出来なかった。
「別にヒーローだからというわけじゃないんだけどな」
大悟はフレイが何でもヒーローに結び付けて来るので、あえて否定しておく事にした。
そして、街の人達を解放して獣人達との戦いに終止符を打たれたのだった。
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