勇者

デレクの作戦はウーヴォに既に見透かされており、ウーヴォの部下がアッシュのところに向かっていたが、駆けつけたエレインによって救われる。


デレクはウーヴォに圧縮爆弾を直撃させ、瓦礫の中に埋めた。


「流石にこいつには耐え切れないだろ。化物め」


デレクは壁にもたれながら迂回路を使いアッシュのところへ向かう。


「ハァハァ⋯⋯嬢ちゃんに感謝だな。片腕しか使えないから何とかいったようなもんだ」


デレクはウーヴォが万全の状態だったら、火薬庫まで辿り着く事すら不可能だったと考えている。


デレクがしばらく進んでいた時だった。


「うごおおおおおおおおおおおおおおお!!」


ウーヴォを倒した方向から何かの雄叫びのようが聞こえて来た。


「⋯⋯嘘だ⋯⋯ろ」


あの爆撃を受けて無事で済むはずが無いのである。


デレクは急ぎアッシュの場所へ向かうが、ウーヴォとの戦いで受けた攻撃やら疲労やらでまともに走る事ができないのであった。


デレク自身、ウーヴォの方もまともに動く事は困難だと考えていたが、ウーヴォはデレクが進む先の分岐の角から現れる。


「⋯⋯見つけ⋯⋯た⋯⋯ぞ。さっきの⋯⋯かなり⋯⋯効いた⋯⋯ぞ⋯⋯ふざけ⋯⋯やがって⋯⋯」


ウーヴォは頭部以外の皮膚が爛れ落ち、剥き出しの肉体の一部は炭化しており、これで動いていられるのが不思議なくらいで、ウーヴォはデレクが想像していた以上の化物だった。


「舐めた⋯⋯真似⋯⋯しや⋯⋯がって⋯⋯もう⋯⋯容赦⋯⋯しねえ⋯⋯【狂化】」


ウーヴォの肉体が更に大きくなるとウーヴォは完全に理性を失い、ただの戦闘兵器と化す。


ウーヴォが踏み出すと同時に大剣をデレクに振り下ろす。


デレクは既に満身創痍でまともに避ける事すら困難な状態だった。


デレクも流石に今度ばかりは死を覚悟したが、ウーヴォが振り下ろした大剣が来ないのである。


恐る恐る目を開けると目の前には、二本の剣でウーヴォの大剣を受け止めるエレインだった。


「じょ、嬢ちゃん!!生きとったんか!!」


「デレクさん、積もる話もあるだろうけど後にして、ここは僕に任せてアッシュのところへ行って」


エレインはウーヴォの大剣を押し返すとウーヴォはそのまま倒れる。


今までのウーヴォならこの程度で倒れる事はなかったが、デレクが使った圧縮爆弾が効いており、ウーヴォも五体満足に動ける訳ではなかったのだ。


【狂化】により無理矢理肉体を動かしているに過ぎないのである。


「⋯⋯お、おう」


ウーヴォが倒れたところを確認し、デレクはエレインに任せても問題ない事を確認し、アッシュのところへ再び向かった。


「昨日はしてやられたけど、あの時は剣がなかったからね。僕の【雷電】は強過ぎて並の剣じゃ耐えられないからね。二回技を使えば大抵の剣は大破する。使いにくいったらないよね。⋯⋯と言っても今の君には聞こえないか」


ウーヴォは立ち上がると再び雄叫びを上げる。


「【アクセル】【エレクトギアI】」


エレインは始動の身体強化と身体に雷を纏う。


この【アクセル】は身体強化の効果と【エレクトギアI】の発動条件を持ち、【エレクトギアI】は更に身体強化させ雷の力を具現化する力を持つ。


【雷電】はこの力の総称で、固有スキルと呼ばれるもので使える者はエレイン以外いないのである。


「【雷切・廻】」


エレインが【空歩】で空中に上がるとそこから落下しながら回転する。


その様子はまるでベルトサンダーである。


ウーヴォはエレインの攻撃を大剣で受け止めるがウーヴォが持つ大剣は容易く真っ二つに斬られ、ウーヴォはそのままエレインに斬り刻まれる。


エレインの手元の剣が崩壊すると、ウーヴォから離れ、投げ捨てるともう二本の剣を抜く。


エレインにとってそこらの剣とは消耗品と変わらないのである。


ウーヴォは折れた大剣をエレインに連続で無茶苦茶に振るう。


エレインはその動き全て二本の剣で捌ききる。


「【雷切・鋏】」


エレインは二本の剣を交差させてウーヴォの振り下ろす折れた大剣の刃の根本を挟み斬る。


「うごおおおお!!」


ウーヴォは使い物にならなくなった柄をエレインに投げ付けるとエレインは剣で弾き防ぐ。


それに合わせてウーヴォは拳を振り下ろす。


「【雷迅剣】」


エレインは片方の剣を振り上げると振り上げた方向に雷が発生する。


「う、うがああああ!!」


エレインの放った雷撃はウーヴォの右腕を炭化させる。


そして、当然剣の刀身は雷を放ったと同時に霧散した。


ウーヴォは両手をまともに使えなくなり、既に戦える状態でないのは誰から見ても明らかである。


しかし、それでもウーヴォは止まらない。


ウーヴォはエレインに頭部の角を向けている。


ウーヴォは突進をしようとしていた。


「⋯⋯いいよ。これで決着をつけよう」


エレインは剣を投げ捨て背中に背負う大剣を握りしめる。


エレインも突進を迎え撃つ構えを取り、互いが向かい合う。


「ゔもおおおおおおおおお!!」


その雄叫びと共にウーヴォがエレイン目掛け突っ込んで来る。


「【紫電一閃】」


エレインは大剣を振り上げ飛び上がるとその落下と同時に大剣を振り下ろす。


その一撃をウーヴォが角で受け止め、互いに一歩も引かない状態が続くが、ウーヴォが片膝を付くとエレインの大剣がウーヴォを頭部から真っ二つにし、発生した雷撃がウーヴォの肉体を焼き尽くす。


エレインの持つ大剣はその一撃で崩壊する。


「⋯⋯やっと倒せた」


エレインは緊張が解けたのかその場にへたり込む。


万全の状態から挑み、左腕を負傷させ、デレクが圧縮爆弾で【狂化】を使わなければまともに動けない状態にしていた。


ここまでしないと勝てなかったウーヴォの強さをエレインは再確認する。


『兇獣王デュラン・ディラン⋯⋯一体どれほど強大な相手なんだろう』


ウーヴォの強さでアレなら獣人の王たるデュラン・ディランはエレインでも勝てるかどうか怪しい相手である。


『⋯⋯でも、誰かがやらないとならないんだ』


エレインは兇獣王デュラン・ディランを倒すことは全ての人間を助ける為には避けては通れない道だと思っていた。


『これ以上はデレクさんとアッシュに付き合ってもらう訳にはいかないかな』


エレインは立ち上がり、デレクの向かった枯れ井戸へ向かう。


アッシュはデレクが戻って来る事を信じ待っていた。


「よう、待たせたな」


「デレクさん!!ボロボロじゃないですか!!」


「お前も立派に役目を果たせたようだな。よくやった」


「いえ、エレインさんが来てくれなければ危なかったです」


アッシュもエレインに助けられていたので、デレクは驚きを隠しきれなかった。


「まさか、あのかなりの数いた獣人共を皆殺しにした後で俺の所に来たのか!!」


「ええ、凄じい雷鳴と共に現れて光ったと思ったら既に終わってました」


アッシュは自分に起きた事をデレクに話す。


「雷鳴だと!!」


「⋯⋯何か知ってるんですか?」


「成る程、確かにそれならあの強さも納得できるというものだ。あの噂は本当だったのか⋯⋯なら嬢ちゃんはどうして⋯⋯」


デレクはアッシュの言葉を聞かず一人で納得している。


「デレクさん、自分だけ納得してないで教えて下さいよ。アレは何なんですか?」


アッシュは一人で納得しているデレクが面白くなかった。


「それは嬢ちゃんが戻ってから話すとしようや。あまり俺の口から話すような事じゃないからな」


「デレクさんはいつもエレインさんの肩を持つ気がします」


「そりゃそうだ。野郎と女の扱いが違うのは当然な事だ!!いくら、筋肉が付いてたって女には変わりないからな」


「デ、デレクさん⋯う、後ろ⋯⋯」


アッシュはデレクの背後から漂う禍々しい気配が来ているのをデレクに伝える。


「どうした?アッシュ、そんなに怯えて?」


「デレクさん、後ろ後ろ!!」


「あん?後ろ⋯⋯!!」


デレクの背後には笑顔ではあるが目が笑っていないエレインが立っていた。


「デレクさん、誰が腹筋圧縮爆弾なのかな?」


「そこまで言ってねーよ!!」


エレインは筋肉質なのをかなり気にしているのである。


「⋯⋯嬢ちゃんのおかげで命拾いした。ありがとう」


「デレクさんも無茶したね」


「嬢ちゃん程ではないさ。それで倒したのか?」


デレクはウーヴォは倒さない限り何処までも追いかけて来る気がした。


「デレクさんが弱らせてくれていたので、勝てたようなものだよ。むしろ、出番を奪っちゃったかな?」


「いや、どちらにしても俺は既に手詰まりだったからな。それに俺だって嬢ちゃんがアイツの左腕を負傷させていたから弱らせる事が出来たんだ。まともな状態だったら一瞬でやられていただろうな」


デレクはエレインがウーヴォを負傷させていたからこそ無駄にしたくなかったのである。


「ところでデレクさんさっきの話はどうなったんですか?」


アッシュはデレクとエレインの会話に割って入る。


「⋯⋯そうだったな。嬢ちゃんはもしかして⋯⋯」


デレクはエレインに真剣な表情で尋ねる。


「⋯⋯やっぱり、分かる人には分かるんだ。この世界は頼るだけ頼って後は興味無い連中ばかりかと思っていたんだけどね」


「そりゃそうだ。【雷電】なんて固有能力を持ってる奴なんて限られて来るからな」


デレクはエレインの言葉でエレインが何者か確信した。


「話が見えないんですが⋯⋯」


アッシュは二人が何を話してるのか理解出来なかった。


「おっと、悪い悪い⋯⋯嬢ちゃんの口から話してくれないか?俺が話すような事では無いと思うからな」


デレクはエレインの正体を知ってるからこそエレインの口から話して欲しかったのと自分の口からエレインの事を話すのはエレインに失礼だと思ったからであるり


「そうだね。⋯⋯僕は⋯⋯いや、私はエレン・アインベルク⋯⋯かつて勇者なんて呼ばれた存在だよ」


「⋯⋯勇⋯⋯者!?」


エレンの答えにアッシュは激しく動揺する。


それは当たり前の動揺で既に死んでいるとか魔王から逃げ出し失踪したとか言われてる存在が目の前に現れたので動揺するのは当然と言えば当然だが、デレクは分かりきっていたような反応だった。


「【雷電】は勇者固有能力だというのは、先代の勇者と旅をしたという爺さんが自慢気に話していたからな。神勇教の連中が神の光と呼んでいる代物だ」


神勇教とは魔王の支配により壊滅した神と勇者を信仰する宗教である。


そこでは【雷電】のことは神の光と明記されており、勇者と仲間達以外は神の光という認識で光魔法を扱っていると勘違いしている者が多いのである。


その神の光の正体は高出力の電気なのだ。


そもそも光属性にエレンが出したような火力を出せる魔法は存在しないのである。


属性にはそれぞれ特性があり、例えば炎魔法は燃焼と焼却の特性を持つといったように、属性毎に特性が違うのだ。


光の特性は光速と収束であり、属性最大のスピードと持続力を持つが、攻撃性能が一番低い属性なのだ。


その為、光魔法は回復と防御に用いられるのだ。


そして、その真逆の属性が闇属性なのだ。


そういう特性がある為、光属性と闇属性は扱い難い属性と言われており、特に闇は完全にロマン属性と化している。


属性最大級の威力を誇るがスピードと持続力がない為、遅い上に長い時間保たない癖の強い魔法なのだ。


今や魔族ですら見向きもしない可哀想な属性なのである。


その為、適正魔法を調べる道具ですらあまり出回らないのだ。


「⋯⋯それが本当だとしたら、何故貴方はこんな所にいるんですか!!貴方が魔王を倒してさえいれば⋯⋯」


アッシュはエレンの正体を知り怒りを露わにする。


「貴方が魔王から逃げ出さず、あの力を使っていたら勝てたんじゃないですか!!」


「⋯⋯」


エレンは何も答えない、答えられないのだ。


何故なら、その魔王には【エレクトギアI】の更に上位強化でもある【エレクトギアⅢ】を使っても勝てない相手だったのだ。


そして、今や【エレクトギアII】すら出来ない程である。


「勇者なら勇者らしく戦って⋯⋯」


「アッシュ!!」


デレクはアッシュがエレンを責める事を一喝する。


「悪いな。嬢ちゃん、こいつだって嬢ちゃんを責めた所でどうしようも無い事は分かってはいるんだ。でもな、感情ではどうしようもねえんだ。仲間達は俺達を除いて全員死んだ。こいつの弟も殺された。嬢ちゃんに当たった所で死人が帰って来る訳がないのにな」


デレクはアッシュにも言い聞かすように話す。


「⋯⋯アッシュ、勇者といえど俺達と同じ人間だ。心ある人間なんだ。人間なら怖いと思う事もあれば逃げ出したくなる時だってある。勇者だから逃げ出してはいけないという決まりはない。勇者に感情がなく恐怖すらないのなら、その勇者は誰も助けないだろう。勇者は力だけではなく感情があり、人の痛みを知ってるからこそ勇者足り得るんだ」


「⋯⋯でも、勇者なんですよね。魔王を倒すのが使命なんでしょう?」


アッシュはデレクの言葉に納得出来なかった。


「アッシュ、お前が同じ立場だった場合同じ事が言えるのか?」


「でも、勇者として魔王を相手に逃げ出すのは無責任ですよね!!」


「その考え自体が無責任だと何故気付かない。勇者と俺達は一蓮托生なんだよ」


「それなら、尚のこと⋯⋯」


「だからと言って勇者だけに責任があるのか?勇者だけに責任を押し付けるのは一蓮托生とは言わない。勇者の責任は俺達の責任でもあるんだ。俺達が出来る事は精々祈るくらいで、本当に戦ってる奴の方が俺達よりも辛いんだよ!!それを知らない人間が逃げたくらいで騒ぎ立てるんじゃねえ。一度でも魔王に向かい合っただけで十分立派じゃねえか。それも魔王だぞ、逃げようと思って逃げ切れる相手じゃない。俺だったら、足が竦んで逃げられなくなるところだ。それなら、お前は逃げないと言うんだな?」


「ゔ⋯⋯」


アッシュはデレクの言葉に反論出来なかった。


「⋯⋯デレクさんはどうして責めないの?」


デレクはエレンを責めようとしない。


エレンとしてはアッシュのように責めてくれた方が気が楽だったのである。


「確かに思うことがないと言ったら嘘になる。だがな、俺は辛い目に合ったに追い討ちをかける趣味はねえ。それに嬢ちゃんは必死に頑張ったんだろ?それで祈る事しかできない俺が何を責められるというんだ?」


デレクはエレンの頭に手を置く。


「いいか、嬢ちゃん。辛かったら逃げてもいいんだ。勝てなくてもいいんだ。生きてさえいればきっとチャンスはやって来る。今出来なくても次出来ればいい。次出来なくてもその次に出来るようになればいいんだ。生きてる限り負けじゃないんだ。それが俺達、人間ってもんだろ?」


デレクはエレンの頭を撫でながら語る。


エレンは気付くとデレクの胸を借りて涙を流して泣いていた。


「⋯⋯アッシュ、他に言う事はないのか?」


「仲間だけじゃなく、家族を失ったデレクさんが何も無いなら、僕がまだグダグダ彼女を責めたらカッコ悪いですからね」


「お前、自分でカッコイイとか思っていたのか?少し痛い奴だとは思っていたが、そこまで自意識過剰だったとはな。少し距離置いていいか?」


「だから、どうしてエレイン⋯⋯じゃなかった。エレンとの扱いの差がこんなに違うんですか?」


「自分の息子みたいな奴と娘みたいな奴がいたらどっちが可愛いか分かるだろ」


「結局、そこなんですね!!僕とエレンの差は!!」


アッシュはエレンとの扱いの差は性別の違いでしかなかったことに呆れるしかなかったのである。


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