狂牛

『セイヴァー』となった大悟がヴェスカを退け、アーガス目指し森の奥地を目指す。


その頃、ハリー砦では食糧を巡り争奪戦が行われようとしていた。


「⋯⋯嬢ちゃん、確かに俺は護衛が多めに来るとは思っていたがあんなのがいるとは聞いてねえ」


デレクは物陰に隠れながら物資を運搬している護衛を確認している。


「アレは兇獣王の親衛隊隊長のウーヴォじゃねえか⋯⋯最悪だ。あんなのが出しゃばって来るなんて⋯⋯随分と本気じゃねぇか」


「強いのかい?」


「実質、獣人達のナンバーツーだ。アールズが壊滅した原因の半分以上は奴が本気を出したからと聞いてる。俺ら二人で何とかなる相手じゃねえ⋯⋯クソッ⋯⋯今回は諦めるしかなさそうだ」


「⋯⋯あいつは僕に任せて欲しい」


「あのな、嬢ちゃんが強いのは知ってはいるが今回は相手が悪い。アレは普通の人間が相手してはいけない相手だ」


「だからと言って、このまま食糧を持ち帰らずに帰るというつもりかい?」


「そうは言ってねえよ。兎に角、あのウーヴォを何とかできないと奪えねえんだよ」


デレク自身も諦めるつもりはなかったが相手が相手なので今回は下手に突っ込めなかった。


「⋯⋯分かったよ。アイツは僕が引きつけるから、その隙に物資を⋯⋯」


「⋯⋯勝算はあるのか?」


「なければ、そういう事は言わないよ」


エレインは負ける気は更々なかった。


「こんなところで負けてられないからね」


「⋯⋯分かった。そこまで言うならお嬢ちゃんに任せよう。たが、無茶だけはするなよ」


「はい!!行ってきます!!」


エレインはそう告げるとウーヴォのいる荷馬車に向かう。


「ウ、ウーヴォサマ⋯⋯モ、モウウタウノハヤメテクダサイ」


ウーヴォは荷馬車の護衛が暇だったので気分良く歌を歌っていたが、その破壊的な歌声は三割の護衛をダウンさせた。


「ナニッ!!俺の歌が聴けないとでも言うつもりなのか!!俺の素晴らしい歌声を聴けないとお前は言いたいんだな!!」


ウーヴォは注意した獣人を軽々と持ち上げる。


「ダ、ダッテミテクダサイ、ウーヴォサマノウタヲキイテシッシンシタモノヤシッキンシタモノモデタクライデス」


「そうか、俺の神がかった歌声に感激のあまり失神したり失禁したりするのは仕方のないことだな」


ウーヴォは歌を歌ってる時はかなりの上機嫌なのだが、その歌はまともに聞けるものではない。


神は神でも破壊神である。


「ソ、ソレヨリナニモノカガセッキンシテオリマス!!」


「まったく、丁度良いお前らはその荷馬車の護衛を引き続きしていろ。すぐに追いつく良い暇潰しになりそうだ」


「ソ、ソンナカッテナ!!」


「うるせえ、お前らは俺の指示に黙って従っとけばいいんだ!!」


ウーヴォが部下達に命令すると部下達は黙って従うしかなかったのである。


「⋯⋯ハァ!!」


「フンッ!!」


荷馬車がすれ違うと同時にエレインの剣とウーヴォの戦斧がぶつかり合う。


「⋯⋯なる程、少しは骨のありそうな人間だ。面白い⋯⋯俺の弟分達をやった奴とは特徴的に似ても似つかないが⋯⋯お前の仲間じゃねぇだろうな」


「なんのことかな?」


「しらばっくれるんじゃねえ、俺の可愛がってた弟分が見ず知らずの全身銀色のふざけた格好をした奴に倒されたと聞いてるんだよ!!」


エレインとウーヴォはお互いに武器をぶつけ合い牽制し合っている。


「いや、本当に何の事か分からないのだが⋯⋯」


「⋯⋯分かった。分からねえなら仕方ねぇ、俺は俺の勘を信じるからよ。お前は本当に知らねえんだろうよ。だからと言ってお前を殺す理由は何ら変わらねえがな。少し本気になるか⋯⋯」


ウーヴォは全身の筋肉を隆起させるとその体は更に一回り大きくなる。


「これが俺の本来の姿だ!!」


「フン!!」


「うわ!!」


エレインはウーヴォの戦斧を防いだが、力に押され吹き飛ばされる。


「くっ、これで本来の力だと?」


「俺くらい強いと人間程度手加減でないと楽しめないからな⋯⋯安心しろ。お前はこの本来の力で絶望を見せてやる。今まで挑んで来た人間共のようにな」


ウーヴォは再び戦斧を振るうとエレインは受け止めようとせず攻撃を受け流し、ウーヴォの間合いに飛び込み剣を振り上げる。


「うおっと!!」


ウーヴォは背中に背負った巨大な盾でエレインの剣を受け止める。


「危ねえ危ねえ⋯⋯まさか、俺の攻撃を受け流し反撃に転じて来た人間はいなかったからな。まさか、俺に盾を出させるなんてな」


「そのまま、油断してくれて良かったんだがな」


「俺は俺の勘を信じるからよ。お前がまだ本気になってないからどうすれば本気にやるのか試しているところだ」


ウーヴォは短気でキレやすい性格だが、類稀なる勘の良さを持っている。


「⋯⋯うぐっ!!」


エレインはウーヴォに攻撃を仕掛けるが盾で防がれ戦斧を振り下ろされそれを後ろに下がり避けようとしたが衝撃波で吹き飛ばされる。


「⋯⋯これなら、どうだ!!」


エレインは素早い動きでウーヴォを翻弄し隙を探る。


戦斧も盾もかなり重い装備の為、素早い動きに対応できない可能性があった。


「ほぅ⋯⋯」


「ここだ!!」


エレインはウーヴォの隙だらけの左後ろに回り込む。


「!!」


しかし、ウーヴォは既にその位置に戦斧を振り抜いており、ギリギリでエレインは剣で防ぐが吹き飛び地面に叩きつけられる。


「俺がその動きに対応出来たのがそんなに不思議か?あえて、隙を作って誘い込んだんだ!!」


「ハァハァ⋯⋯」


エレインは息を切らしながらゆっくりと立ち上がる。


「これは余り使いたくなかったんだけどね。僕も少し本気になろう【アクセル】【エレクトギアI】」


エレインは身体強化と雷を身体に纏わせる。


「⋯⋯それで俺の力に立ち向かえると思っているのか?」


ウーヴォは戦斧をエレイン目掛けて振り下ろすとエレインは戦斧を受け流す。


「馬鹿がこれがあるのを忘れたか!!」


しかし、エレインは受け流すと同時に剣を勢いよく後ろに下げる。


「【紫電突】」


エレインは剣を前に突き出すと盾を持つウーヴォの盾を弾き飛ばし、盾を持つ手があらぬ方向へ曲がっている。


「⋯⋯ああああ!!」


予想外のエレインの攻撃にウーヴォは叫び声をあげる。


「⋯⋯よぐも、俺の左腕をーーー!!」


ウーヴォは戦斧を勢いよくエレインに振り下ろすがエレインは戦斧を受け流しウーヴォに攻撃するが、ウーヴォは使い物にならなくならなくなった左腕でエレインの斬撃を防いだ。


「ぐはぁっ!!」


エレインはウーヴォの予想外の行動にウーヴォの攻撃が予測出来ずウーヴォの攻撃が直撃する。


「⋯⋯ハァハァ」


ウーヴォは片膝を地面につける。


「こんな、感覚久々だ。これだから、殺し合いはやめられねえ」


「⋯⋯うぅ」


ウーヴォの攻撃の直撃を受けエレインの着ていた甲冑は既にボロボロである。


「ゴホッゴホッ」


エレインは口から血反吐を漏らす。


「死に損ないが⋯⋯」


「ハァハァ⋯⋯僕がしっかりと自分の役目を果たしてさえこんな事にはならなかった。奴の力を見誤らずしっかりと準備をしていれば少なくとも仲間達が僕の代わりに死ぬ事などなかった」


「⋯⋯何を言ってやがる」


「仲間達の無念を晴らす事が今、僕が生きる理由なんだ!!」


「だから、意味の分からない事をごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!!」


ウーヴォはエレインの話しにイラつき戦斧を振り下ろす。


「【雷切】」


エレインは剣を振るうと戦斧を斬る。


「!!」


「⋯⋯ハァハァ、やはりこの技はこの程度の剣じゃ耐えられないか⋯⋯まぁ、一発保っただけ良しとしよう」


エレインの持つ剣が粉々に砕け散る。


「⋯⋯どうやら、俺はお前という人間をだいぶ見誤っていたようだ。確実に殺す。【狂化】」


「!!」


「う、うぅゔおおおおおおおおおお!!」


ウーヴォの肉体は更に一回り大きくなり、目は白目を剥き、涎を垂れ流し、理性など残ってはいないが、その戦闘能力はさっきまでとは桁違いであった。


「ゔおおおおおおおおおおおお!!」


ウーヴォは近くにあった木を両手で根こそぎ引っこ抜きエレインに振りかざす。


「⋯⋯ここまで、出来たなら上々だね。これは剣がない僕じゃ戦えない相手だ」


エレインはウーヴォに刺激臭の強い煙り玉を投げるとウーヴォはエレインの姿を見失うが、すぐにエレインを見つけてしまう。


【狂化】を使ったウーヴォは鼻だけじゃなく耳までもが研ぎ澄まされ発見したものを攻撃する。


欠点は見境がなくなる事と自分自身で制御でかない事である。


ウーヴォはエレインに手近にある岩を投げつける。


「うわあ!!」


エレインは岩が地面にぶつかる衝撃に吹き飛ばされる。


「で、出鱈目過ぎる⋯⋯」


エレインは辛うじて立ち上がろうとするが真上には既にウーヴォが振り下ろす木が迫っていた。


当然、エレインは避ける事も防ぐ事も出来ないのであった。


『また、負けるのか⋯⋯』


エレインはその一撃になす術がなかったのである。


「ゔおおおおおおおおおおおお!!」


ウーヴォはエレインを倒すと雄叫びをあげる。


しかし、ウーヴォはエレインのいた場所に岩を投げたり、木を引っこ抜いたりし執拗に攻撃し続ける。


ウーヴォは相手が完全に肉塊になるまで攻撃をやめないのであった。


その圧倒的な力を前にエレインは敗北したのである。


そして、デレクは物資の強奪には成功するが、エレインがいつまで待っても帰って来ないことで、彼女が死んだ可能性を考えていた。


「嘘ですよね。エレインさんが死んだなんて⋯⋯」


「俺も信じたくねえけどな。狂牛ウーヴォアイツは兇獣王の親衛隊隊長だけあってその実力は折り紙付きだ。時間稼ぎするだけでもかなり厳しい相手なんだよ」


「それならまだ戻って来る可能性も⋯⋯」


「探しに行きたいのもやまやまだが、今外に出るのはやめておけ、獣人共が彷徨いているかも知らねえからな」


デレクは物資を強奪した事でその周辺を獣人達が嗅ぎ回ってる可能性があったからである。


「俺がしっかりと嬢ちゃんを止めておけば良かったんだ。それなのに俺は嬢ちゃんの力に頼ってしまった。あの嬢ちゃんにはどうしてか不可能を可能にしてしまうんじゃないか⋯⋯そんな可能性を感じてしまうんだ」


「⋯⋯そんな事言っても今更ですよ。それでどうするんですか?」


「流石にウーヴォが出向いてるとしたらかなり厳しいな。どうやら兇獣王は捕虜を逃した事に相当御立腹らしい⋯⋯」


正確にはこの砦の担当であったボルトが敗れた事とそのボルトを倒した存在がこの砦を通過する可能性を考えての配置なのであった。


「嬢ちゃんの穴を埋めるのは大変かも知れないが、作戦の決行に変わりはない」


「どうやって倒すつもりですか?」


アッシュはウーヴォに挑むのは無謀だとしか思えなかった。


「何⋯⋯やりようはあるさ。今回は俺が奴を引きつける。その間にお前はもう一つの隠し通路を使って逃げろ。その為にはまず、地下牢から一階に出て井戸の底まで行く必要がある。あとは分かるな」


デレクは全てをアッシュに託すように説明する。


「まさか、死ぬ気ですか⋯⋯」


「⋯⋯死ぬ気は更々ないが、俺が五体満足に生きていられるとは限らねえ、だが、奴はこの俺がきっちりと足止めするが俺に何が起ころうと絶対に振り返るな。お前は捕虜の命に気を配れ!!」


「⋯⋯分かり⋯⋯ました」


アッシュはそれでも納得出来なかったが、エレインを失った償いをデレク自身で取ろうとしてる事はアッシュでも分かった。

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