それぞれの思惑
魔法を憶えたフレイと大悟はフェルシタットで準備を整えるとアールズへ向けて出発するのだった。
「アールズは既に獣人の巣窟です。気を付けてください」
フェルシタットの領主代理であるシュドルが出迎える。
「危なくなったら引き返すさ⋯⋯」
大悟にはその気はないが、シュドルにそう言い聞かせる。
「しかし、本当に霧の森を通り抜ける気ですか?」
アールズには街道に従って行き砦を通るルートと霧の森を抜けるルートがあり、街道は獣人が闊歩しているらしい。
霧の森は獣人ですら近付かない危険な森で迷ったら二度と出られないと言われている。
「だからこそだ。獣人達も近付かないという事は獣人達と交戦する数が少なくて済むという訳だ」
獣人達との交戦を少なくする事でアールズにいる兇獣王にこちらが向かっている事を勘付かせない為である。
だからこそ、あえて危険な森を通るのであった。
砦を守護してる獣人達をアールズに戻されるリスクを考えると危険な森を通った方がマシなのだ。
数が多くなればなる程、時間制限のある『セイヴァー』の相手は厳しくなるのだ。
兇獣王と戦うのには変身は必要不可欠なのである。
「それではせめてこれを⋯⋯」
シュドルは大悟に小さいビンを一本渡す。
「⋯⋯万能薬です。あそこは蟲系の魔物が多く中には毒持ちの魔物がいますから」
霧の森は別名『人喰いの森』とも言われる程の危険区域であり、今代の魔王が出現する以前から人間の侵入を拒んで来た場所である。
植物系の魔物と蟲系の魔物が共生しており、霧の森自体が独自の生態系を持っているのだ。
「あの森に関しては図書室の本で調べたが、炎の魔法が有効な魔物しかいない。あまり気が進まないがいざとなったらフレイに頼る事になるだろう」
霧の森は植物系と蟲系の魔物しかいないので炎の魔法が一番有効なのである。
「いつでも頼ってね」
フレイは僅かに膨らんだ胸を張る。
フレイの胸は年齢の割に大きいが、大悟自身は胸等の余計な脂肪に興味がないのであった。
大悟は適度に筋肉がある胸の薄い女性が好みなのである。
しかし、女性に対する好みが筋肉である為、今まで筋肉を褒めて口説くことしかしないのでモテた試しがないのだ。
「いや、そんな気張らなくていいんだがな」
大悟としては極力フレイの出番を作りたくなかったのである。
理由はそれだけフレイを危険な目に合わせる事になるからだ。
大悟はフレイに対しては過剰なまでに過保護なのである。
その頃、アールズでは兇獣王がウーヴォを呼ぶ。
「とうとう出撃の許可が下りたか?」
「何を言ってる?お前にはいち早くハリー砦に向かってもらおう」
兇獣王がウーヴォに告げたのは砦に捕らえていた人間が脱走をしたという事で砦の中は混乱している状況だからだ。
それを鎮圧させる為にウーヴォを派遣させるのだ。
ボルトが健在であれば砦に近いボルトに任せてる案件なのだが、この件はウーヴォに任せるしかなかった。
ハリー砦は現在、アールズの牢屋では足りなくなった住人達の収容所となっているのである。
そもそも、獣人が何故人間を全滅させないかというと獣人達にとっては殺すよりも生かして周りの世話をさせた方がいいからである。
獣人の雄は基本的に武器の手入れや戦闘訓練以外は無頓着でいい加減である為、多くの獣人は捕虜から使えそうな人間を出し使い潰しながら生かさず殺さずの状態で面倒をみさせるのである。
その為、アールズ内では人間の殺しを極力禁じているのであった。
その為、血に飢えたコボルやボルトといった獣人がフェルシタットにやって来たのである。
アールズの人間の扱いはまるで家畜同然の扱いなのであった。
当然、ウーヴォにとってこの決定は面白くなかったが、王はとある提案をする。
「その代わり特別に今回に限り殺しを許可しようではないか!!」
その王の言葉にウーヴォは歓喜をしない訳がなかった。
ウーヴォは人間を肉塊にするのが大好きなのである。
人間の原型がなくなるまで執拗に狂ったように攻撃をするのだ。
それでついた名が狂牛ウーヴォである。
「それなら、行かない訳にはいかねえな」
ウーヴォは王との話しが終わると颯爽とハリー砦に向かった。
「⋯⋯行ったか。砦はとりあえず奴に任せるとしよう。⋯⋯ヴェスカを連れて来い!!」
王は近衛の獣人にヴェスカと呼ばれる獣人を連れて来るように命じる。
「ホ、ホントウニヨロシイノデスカ!!」
獣人はヴェスカという名前を聞いた瞬間、顔色が悪くなる。
「構わん⋯⋯コボルト兄弟がやられ、ウーヴォが砦に向かった今、奴しかいない。奴は儂から見ても糞以下の屑だ。⋯⋯だが、この状況では使わざるを得ないのが心苦しいところだ」
そのヴェスカという者は、アールズとの戦いに参加していない。
というより兇獣王が出さなかったのだ。
ヴェスカには噛み付いた相手を狂戦士化させる力が存在するが、狂戦士化した相手は確実に死に絶えるのである。
そして、ヴェスカは致死性の毒爪を持っており、あらゆる毒を混ぜた粘液に手を突っ込むことと解毒液に漬けることを繰り返し爪に毒を沈着させたが、その行為症で痛覚が麻痺しており痛みを感じないのだ。
ヴェスカが兇獣王に糞以下の屑と言われてる理由は同族ですら実験の為を理由に殺すからである。
彼にとっては殺せれば人間も獣人も変わらない快楽殺人者なのだ。
そして、兇獣王の命も当然狙っているのであるのだ。
ウーヴォは直情的ですぐにキレるが王の命令に背く事はないのでまだ扱い易い部類なのであるが、ヴェスカは王にとっては毒以外の何ものでもないのである。
「ヒッヒッヒッ、とうとう僕ちんを使う気になったのかい?」
目の前の身体が細く顔色の悪い猫耳の獣人は血塗れで兇獣王の前に立っている。
「また、仲間を殺したのか?」
「仲間ぁ?ナニソレ
ヴェスカは連れて来ようとした獣人を殺しておきながら悪びれもしない。
しかも、向いてる方も明らかに兇獣王のいる方向ではない。
この獣人の目は焦点があっておらず、兇獣王のいない方向に向かって話しているのだ。
明らかに何かの中毒症状が出ている。
「まぁいい、お前には霧の森に向かってもらう」
「⋯⋯それに僕たんに何のメリットがあるのかなーーー?」
ヴェスカは兇獣王に顔を近付けている。
普通ならこの場で殺してやりたい程の態度なのだ。
「森に入った人間の殺しを許可する」
「⋯⋯何言ってんの?何を殺すかは僕ちゃんの自由だから。偉そうに指図するんじゃない!!頭湧いてるのかなー?」
実際、かなりウザく王でなくても殺意が湧くくらいである。
この性格を含め、兇獣王は一番使いたくなかったのだ。
叶うものなら一生使いたくなかったのである。
「しかし、そこなら殺したい放題という訳だね。その話しに乗って上げるんだから僕ちんに感謝しなよ」
そして、王を王だと思っておらず常に上から目線なのである。
ヴェスカは何もいない虚空に話しかけながらその場から去って行った。
「⋯⋯これで厄介払いが出来るというものだ」
兇獣王はヴェスカにその霧の森について詳しく教えなかった。
その理由は、ヴェスカを始末する為である。
それと同時にボルトを倒した敵が森を通って来る可能性を考え幹部クラスの実力を持つヴェスカを霧の森へ向かわせたのであった。
仮に通らなかったとしても砦にはウーヴォと大量の獣人が待ち構えているので特に気にしていない。
兇獣王の狙いはヴェスカを利用出来るなら利用し、出来なくても始末さえ出来れば良かったのであった。
ハリー砦は、脱走した捕虜達を探す為獣人達が砦周辺を巡回していた。
しかし、獣人達は脱走した捕虜を一人も見つけることが出来ていない。
それもそのはずで、このハリー砦には地下に続く隠し通路が存在し、その隠し通路内を進んでるからである。
「もうすぐだ。この奥に進めば⋯⋯」
甲冑を着た青年が捕虜達を案内する。
その青年がしばらく歩くとそこには、そこそこ広い空洞があり、食糧が入った木箱がいくつも重ねてあった。
「この食糧はあなた方の為に準備した。今はまだこんな穴蔵だが、我々が獣人達の手から解放させてみせよう」
甲冑を着た者達のリーダーらしき中年の男が剣を掲げる。
そしてその集団は、食糧を捕虜達に満遍なく配っていった。
「⋯⋯そういえば、エレインの奴何処に行った?」
「まぁ、アレじゃないですか?」
「小便か⋯⋯別に隠れながらやる必要あるか?」
「デレクさん⋯⋯少しはデリカシーというのを持って下さい」
青年はデレクという中年の男に呆れている。
「エレインさんは、アレでも一応女性なんですからね」
「いや、アッシュ一応ってお前も失礼だからな」
デレクはアッシュの言ってる事の方が失礼だと感じた。
「まぁ、何も言われなければ男と間違えられても仕方な⋯⋯」
「誰が、色気のない筋肉達磨って言ったんだい?」
デレクの背後に凄じい殺気を放つフードを被った青年がいた。
「そこまで言ってねぇよ!!」
フードを被った青年ではなく女性は、胸板がで薄く筋肉質で声が女性にしては若干低く更に顔も中性的な上にショートヘアなので、何も言われなければ男と間違えられる事が多々ある。
「ところで獣人達は?」
「砦周辺を徘徊してるな。まだ、俺達が捕虜を地下から逃した事に気付いてねぇようだ」
「とりあえず、臭いに関しては追われる心配はないですが、ここがバレないとも限りません」
アッシュは隠し通路に入る前に強烈な臭いを消す煙を発生させる煙玉を投げて臭いに対しては対策している。
しかし、隠し通路の事がバレないとも限らないのだ。
獣人は基本的に頭が悪く短絡的な為、今は気付いてないかもしれないが、いつ気付くか分からないので楽観視は出来ないでいた。
「それに、砦に届くはずだった食糧を強奪もしたし、ここまで食糧が届かないとおかしいとそろそろ気付くかもな」
デレク達は獣人相手に盗賊紛いな事をし積荷を強奪したのであった。
「攻めるにしてもどう攻めるかですね。正面突破は当然無謀だとして、地下通路を使うと侵入経路がバレて解放した者達の身が危険になる可能性があります」
「その辺は話し合う必要がありそうだな」
デレクも数では相手の方が上の為、無謀な策はしたくなかった。
その為、ハリー砦を攻める作戦を考える必要があるが時間的猶予がないのは確かである。
そして、場所は変わって大悟とフレイは霧の森へ向かう為に街道から外れた雑木林に入って行った。
「霧の森は正確には霧ではなくそこに原生する植物の胞子や花粉が霧のように見えるから霧の森と言われてるらしい」
「へぇ、そうなんだ」
大悟は本に書かれた事をそのまま言っただけである。
【解読】というスキルのおかげで何とか文字を理解できるようになったのであった。
しかし、フレイが読んでいた魔導書の文字は読めなかったのである。
そして、ボルト戦後を含め新たにスキルが五つ増えたのだった。
【身体強化】、【物理強化+】、【威圧】、【連撃拳】、【危険感知+】の五つである。
大悟としては魔法に対する耐性が欲しいが、今までの経験則だとその場合、何度か魔法攻撃を受け耐える必要がありそうなのであった。
フレイの【ファイアシュート】は威力が強過ぎて消炭になる可能性の方が高いので試す気にもならなかったのである。
「少し、霧が見えてきたな」
大悟達はしばらく歩いていると視界が徐々に白くなっていくと樹々が鬱蒼と生茂り、太陽の光も届かず昼間でも薄暗い場所に辿り着いた。
「ここが、霧の森か⋯⋯薄気味悪いところだな」
「でも、ここを抜けないといけないんだよね?」
「確かに怖がった所で仕方ないよな。さっさと進んでさっさと出るか」
大悟とフレイは霧の森の中へ入って行くのだった。
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