兇獣王

『セイヴァー』はフレイを救い、ボルトを滅多打ちにして再起不能にしたのだった。


「おお、あなた方があの悪しき獣達を退けてくれたんですか?」


「いや、俺達は偶々その悪しき獣を退けた奴と居合わせただけで、俺達に街の人達を託して去って行ったな」


ここの街の住民は衛兵の詰所の地下にある牢屋に閉じ込められていた。


前の領主は、ここを攻めて来たボルトによって処刑されたらしく、今まで多くの者が殺されたようだった。


「そうですか、しかし礼すらもさせていただけない程とはその方もかなり急いでいるのでしょうね」


「ああ、そいつは魔王を倒すついでだと話していた」


「なんと!!あの勇者一行ですら倒せなかった魔王をですか!?」


領主の孫であるシュドル・フェルシタットは興奮した様子だった。


「勇者一行ね。そのうちの勇者が逃げたという話を聞いたが本当なのか?」


「確かにそういう話しがありますが、実際に生きた勇者を見たという話しはないんです。

仮に生きてたとして何処に潜んでいるかなんですよ。もし、生きてるとしたら僕ら以上に魔王側が血眼になって探してるはずなんです。勇者が生きてる限り魔王にとっては驚異が残ってる訳ですから⋯⋯僕としてはあまり信憑性に欠けるというか⋯⋯」


獣人達の様子から言って、勇者を探してる様子など一切なかった。


生きてるなら、魔王側は積極的に動くはずなのである。


「要するに生死不明という訳か⋯⋯」


大悟としては生きてるなら魔王がどういう奴なのか話しを聞いておきたいところだったが、生きてるか死んでるか分からない者を探したところで仕方ないと大悟は考える。


「⋯⋯」


フレイはフレイで、『セイヴァー』の正体を知っている為、不満で仕方ないのであった。


現在、フレイは黒いワンピースを着ている。


どういう訳か、ヒーローポイントでブラックワンピースを交換出来るようになっており、サイズもフレイにちょうどいいサイズなのだ。


大悟の勘では【ヒーロー覚醒】の影響ではないかと考えている。


そもそも、このスキルがいつ出たかも分かっておらず、その効果もよく分かっていない。


分かっている事はヒーローポイントをかなり消費するという事である。


「ところで、ボルトだったか?奴は何処から来たんだ?」


「兇獣王の根城であるアールズです」


「兇獣王?」


「魔王の配下で特に力を持った八人の王、八凶星とも呼ばれる者の一人で獣人達の王です」


「成る程、ボルトはそいつの配下の一人という訳か⋯⋯」


大悟は魔王討伐にその兇獣王を倒す事は避けては通れない感じがしていた。


そもそも、その部下に手を出した訳なので、向こうも黙ってはいないという考えもある。


そして、やはり一番気になるのは兇獣王の強さである。


ボルトのように初見殺しにあって痛い目をまた見ないとは限らないのである。


「それで、その兇獣王とはどれほどの規模の強さなんだ?」


「⋯⋯それがよく分かっていないんです」


「分かっていない?」


「はい、アールズ領の騎士団が苦戦しており、ここを支配していたボルトとその兄のコボルそしてウーヴォと呼ばれる獣人が特に秀でた将だと伝令を託された騎士が言ってました」


そして、その伝令が来た五日後でボルトが攻めて来たらしい。


「五日って随分と早いな」


「いえ、ここからアールズだと急いでも半月はかかります。おそらく、その騎士が街を離れてから五日⋯⋯いや、獣人の足の速さから察するに二、三日くらいでアールズが陥落したのでしょう。あの騎士の話では王都の救援が来る一月半くらいまでは持ち堪えられるという話しでした。そして、アールズの陥落をボルトによって知りました」


「⋯⋯そんな、一月半も持ち堪えられる戦力を使ってるのに二、三日で戦局って変化するものなのか?」


大悟はそこまで戦略には詳しくはないが、そこまで持ち堪えられる戦力が二、三日で壊滅するとは思えなかった。


となると考えられる事は二つである。


あえて本気を出していなかったか、もしくは兇獣王が動いたかのどちらかである。


ボルトの力は確かに驚異ではあるが味方が多い場所では使えないという欠点がある。


その部分も加味すると両方の可能性もあるのだ。


一方、アールズでは、ボルトが倒されたという知らせが獣人達を震撼させた。


ボルトは他の獣人達から見てもかなりの実力者であった。


その報告を受け牛のような獣人のウーヴォは怒りで頭を壁や柱に何度も叩き付け血を流しながら発狂している。


「⋯⋯人間がぁぁぁ、下等種如きが⋯⋯」


ウーヴォは大きな建造物を破壊すると血走った目で近付いて来た部下達を睨む。


「ハァハァ、そのふざけた格好をした奴が⋯⋯⋯コボルとボルトを⋯⋯う、う、うおおおお!!」


ウーヴォは近くにあった家の壁に頭を打ち付ける。


「オ、オチツイテクダサイ、ウーヴォサマ⋯⋯」


獣人の一人が怒りで頭に血が上ったウーヴォを落ち着かせようと近付く。


「⋯⋯俺の弟分達がやられたんだぞ!!

落ち着けだと?」


ウーヴォは止めに入った獣人の首を掴む。


「許さねえ⋯⋯この落とし前は⋯⋯きっちり付けないと気が済まねえ」


ウーヴォは部下の獣人に頭突きをくらわせ、吹き飛ばすと辺りが静まり返る。


「王に出撃の許可をもらいに行く!!」


ウーヴォは王に進撃の許可をもらいに王のいる屋敷に向かった。


翌日フェルシタットでは、ボルトの捕縛から解放された者達で賑わっている。


「それで、辛うじてボルトは生きていたがどうしたんだ?」


「尋問して、解放しました」


「アレが素直に応じるとは思えないがな」


ここの領主代理であるシュドル・フェルシタットはさも当然のように答えるが、あの獣人がそんな素直に尋問に応じるとは思えなかった。


「⋯⋯獣人の雄は闘争心や野心が強いのですが、去勢するとその闘争心や野心が消え、まるで悟りを開いた僧侶のように欲という欲が消え失せてしまうのです。その為、獣人にとっては去勢される事の方が死ぬ事よりも屈辱的な事なんですよ。彼等にとって戦死は名誉な事ですかね。だからこそ、こういう手法を取らせていただきました」


それを聞いた大悟は、この領主代理が思った以上に恐ろしい人物だと知った。


それと同時に大悟は獣人の弱点を知ったのである。


獣人の雄は股間を潰せばいいということであった。


「その為、凄く穏やかな表情で答えてくれましたよ」


「⋯⋯それで、兇獣王の情報は引き出せたのか」


「ええ、引き出せたは引き出せたんですが⋯⋯」


シュドルの歯切れが悪い為、大悟は嫌な予感を感じた。


「全ての物理攻撃を跳ね返すそうです」


この答えを聞き大悟は既に詰んでいる事を知った。


「とんでもないな」


「ええ、それにこの力は初代魔王の『物理反射』だったと思います。どういう訳か魔王固有の力を保有しているのです」


要する実力的には魔王に匹敵するということである。


そんな存在が動いたら二、三日で騎士団が陥落するのは無理ない事なのであった。


「それって珍しい事なのか?」


「今まで、この力を有した者は歴代の中でも初代魔王以外いなかったんです。兇獣王でこれなら、その主たる今代の魔王はそれ以上ということです」


『いきなり、幸先が不安になって来たな』


大悟にとってシュドルの報告は嬉しくなかった。


「ところで物理攻撃が効かないなら具体的にどうやって倒すんだ?」


兇獣王が物理攻撃を跳ね返すということは即ち物理攻撃が効かないという事でそんなのをどうやって倒せばいいのか異世界転移初心者の大悟は分からなかった。


「まさか、魔法を知らないのですか?」


「ああ、知らん」


大悟は下手なごまかしなどしなかった。


「その歳で魔法を知らないとなると異国の地から来たのですか?」


「そのようなものだ」


大悟は異世界から来た人間だが、そう思ってくれるならそう思ってくれた方が都合が良かった。


「魔法は生まれながらの才能によって使えるか否か決まってしまいます。人間でも扱える者もいますが魔族のように使いこなせる者はほんの一握りしかいません。人はその者を賢者と呼びます」


魔法は人間の場合、才能に依存する事が大きく使えても魔族以下の者が大多数を占める。


「しかし、その年齢で魔法の教練をしたところで無駄でしょう人間の場合二十代後半が特訓で鍛えられる魔法のピークと言われていますから⋯⋯」


要するに二十代後半でおおよその魔法の実力が決まってしまうのである。


既にピークを迎えてる大悟には魔法を憶える事は不可能であった。


「そこのお嬢さんならもしかすると可能性はありますが⋯⋯」


シュドルはフレイに視線を向ける。


魔法は大人より子供の頃の方が伸び代が高いらしいく、才能ある子供を賢者の園と呼ばれる教育機関で育てあげていたそうである。


しかし、現在ではどうなってるかは不明であった。


「俺としては血生臭い事にこいつを関わらせる気はないんだがな」


大悟はフレイを一緒に連れて行くことにはしたが戦闘に参加させる気など更々なかった。


「だが、本人がそれを望むなら俺は止めはしない」


大悟は何よりもフレイの意志を尊重したかったのである。


「魔法憶えたら、私もヒーローになれる?」


フレイはまだヒーローになる事を諦めていないようだった。


「⋯⋯ヒーローって何ですか?」


シュドルは聴き慣れない言葉だったので質問する。


「簡単に説明すると人を助ける為にあえて困難に立ち向かう物好きだな。そんなものに憧れても面倒なだけだというのに⋯⋯」


それは大悟の本心だった。


ヒーローに憧れる者はいるが、大抵はその厳しい現実に挫折するものが多い、だからこそ物好きだと大悟は思っている。


「勇者と似たような者ですね」


シュドルにとっては勇者の方が馴染み深かった。


しかし、この二つには大きな違いがあるヒーローが己の意志による存在ならば、勇者は運命に選ばれた存在なのだ。


そこに自分の意志など存在しないのである。


しかし、シュドルにしてみればその違いは分からないのである。


「俺としては子供らしくもっと普通の生活をさせてやりたいんだけどな」


この世界の状況では無駄な事だとは大悟も分かっている為、フレイをはじめ子供達が笑って暮らせる世界にしたいと思っていた。


「『セイヴァー』のようなヒーローになるもん!!」


しかし、フレイはやる気満々であり、うっかり『セイヴァー』の名前を出してしまう。


「『セイヴァー』?」


シュドルはまたもや聴き慣れない名前に反応する。


「うん、『セイヴァー』は強いの。私の事を何度も助けてくれたんだよ」


フレイが『セイヴァー』を褒める度に大悟は背中がむず痒くなって来ていた。


「まさか、ボルトを倒した方というのが⋯⋯」


「うん、『セイヴァー』だよ」


大悟は思わず「やめろー」と叫びたくなるが、正体が分かってるフレイはまだしもシュドルがどう思うか分からなかった為、黙るしかなかった。


「分かった。とりあえず、ヒーローの件は考えておくから⋯⋯な」


大悟はこの件でフレイが以外としたたかな事を知った。


要するにヒーローにする気がない大悟に対する嫌がらせをしたのである。


だが、大悟が言った事はその場を収める常套句であった。


大人とは本音と建前を上手く使う嘘付きだという事をこの子供は知らなかったのである。


「やった、これで私も晴れてヒーローだね」


「お、おう」


大悟は考えておくと言っただけで、別にヒーローにしてやると言った訳ではないが、言うだけ言わせておこうと思った。


ヒーローに憧れる子供はこういうものだと大悟は子供時代を思い出しながらこれからどうするか考えている。


未だに不明ではあるが【ヒーロー覚醒】の効果が大悟の予想通りの力ならフレイは大悟の『セイヴァー』同様に変身出来る可能性がある。


説明文の限界を突破するという説明はおそらくこの事だと大悟は予想しているが、大悟自身【ヒーロー変身】同様に取得したからと言ってすぐに変身出来る訳ではないのかもしれなかった。


「その『セイヴァー』というヒーローなる者が勇者に代わる私達の希望なんですね」


大悟としてはそこまでの期待は望んでいなかった。


「それで大悟、魔法憶えてもいいの?」


「お前がやりたいならやってみるといい」


大悟は自身の意見よりフレイの意志による決定を尊重して欲しかった。


ヒーローとは己の意志を持って人を助ける者で、他人に指図を受けて助けるものではないのである。


「ヒーローになりたいなら、先ずは己が正しいと思った意志を貫け、それを力に変えるのがヒーローだ」


大悟はヒーローになりたいと言うなら逆にヒーローになる厳しさという現実を教える事によってフレイを諦めさせる事にした。


「まるでヒーローが何たるかを心得ている者の言い方ですね」


そのシュドルの言葉に大悟はハッとする。


「いや、そういう訳で言った訳じゃないんだけどな」


かなり苦しい言い訳でシュドルを誤魔化す。


「さて、それでは魔法でしたね。その為には先ず資質を見極める必要があります。来て下さい」


大悟とフレイはシュドルの案内に従うと、大きな図書室に案内されるのだった。

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