第6話 マス・ティマック


精霊の儀から一体どのくらいの時間が経過したのだろう




シャワーを浴び、服を着替えて階段を降りると、そこには誰もいなかった




普段なら母さんがいて、温かいご飯でも用意してくれているはずなのに




そこには嫌な静けさだけがあった




時計を見ると




八月二日




精霊の儀からは丁度一日経っているようだ




ウィルは、アイシャは、どうなったんだろう




精霊の儀を思い出そうとしても記憶には霧がかかっているようでどうもうまく思い出せない




俺は何をしていたんだ




どうして家にいるんだ




母さんはどこだ




ウィル達もこんな状況なのか




いろんな疑問が頭の中を錯綜する




机を見るとそこには一枚の羊皮紙があった




そこには




「ザック、イジンセおめでとう、無事に帰ってこれたのね。




目覚めたら家にいて混乱しているだろうけど大丈夫よ。




それはみんななっているはずだから。私もそうなったし、お父さんもよ。




本当はあなたを抱きしめてあげたいのだけれど、お母さんはお父さんに呼ばれてティマックに急遽行くことになりました。




あなたもくるようにって言われているわ。




せっかくのことだし、ティマックなんて滅多に行ける国でもないからウィル達を呼んでもいいそうよ。




来るときはドイツにいるティマック人の使節士の方に会ったらいい




その方が案内してくれるわ




追記




持ち物は特に何も持ってこなくていいわ。




ティマックに生活に必要なものは揃っているようだし。




でも「ココロ」だけは忘れちゃダメよ、「ココロ」だけは。




じゃあ、ティマックで会いましょう。




最愛の息子へ




母より」




そう綺麗な文字で書いてあった、まるで機械で書いたような癖のない字で




読み終えたまさにその時




「ザックッ!!!」




ウィルの声がした




「おお、ウィル!!無事だったのか!!」




「い、生きてた...!!よかった、本当によかった...!!」




やけに声を荒げている、ウィルらしくない




「どうしたんだって言うんだ、一体。俺は正常運転だぜ?そんな慌てて、何か悪いことでもあったのかよ」






「死んだんだ...!ベンが...!まるで抜け殻みたいに「ココロ」のない状態で近くの羊小屋で見つかったんだ」




「...え....」






俺はなんとも言えない感情になった




ベンが死んだ




現実味のない言葉に思考が停止する




あのベンが?




俺を何年も苛めてきたベンが?




と言うことは、俺はもう苛められることはないのか




全然嬉しくないぜ、全くよ




死んじまったら、俺がやり返せないじゃあないか




今までの積年の恨みはどこにやればいいんだ




「本当に死んだのか、ウィル...」




「あぁ、だからお前もまさか死んじまってるんじゃないかって思って、急いできたんだ。本当に生きていて安心したぜ」




「ウィル、ベンのやつは今どこにいるんだ?」




「羊小屋から家にうつされたところらしいぜ、丁度さっき」




「行こう、会いに」




「どうしたんだよ一体、ベンはお前を苛めてたやつだぜ?忘れたのか?」




「忘れてなんかいねぇよ、今だってあいつにされた事は根に持ってるさ、ただ、あいつの憎たらしい顔に文句の一つでもいってやらねぇと気がすまねぇぜ」




「ったく、お前らしい器の小ささだな、じゃあ行こうぜ、ベンのところに」




俺は手に持っていた羊皮紙をポケットに丸めて入れた




「ウルセェ、ほっとけ!」




いつも通りの冗談を挟みながら




ベンの家に走って行った






ベンの家の前に着くと数十人の人だかりが出来ていた




ある黒いフードを被った男は




「おぉ、これは祟りじゃ、精霊様の祟りにあったのじゃ、触れてはならぬ、祟りがうつるぞ」




と喚いている




「ベンっ...ベン....どうしてこんなことに、私の愛しいベン」




ベンの母親が抜け殻のように真っ白になったベンに抱きつき、嘆いている




「ザック!」




聴き慣れた声がした




アイシャだ




「どうしてわざわざきたのよ...」




なんだかバツの悪そうな声だ




「なんでって」




答えようとした時、俺の言葉はかき消された




「おい!!アイザック・サーモス!!」




耳に響く大きな声がした




その声の主は、いじめっ子集団の一人




太っちょ、ダン・ダートンだった




ダンは俺の胸クラを勢いよく掴んだ




「お前がベンを殺したんだろ...!なんか言えよ!この外道やろう!!」




とんでもない言いがかりだ




「そんなわけないだろ...!だって俺は今さっき目覚めたんだ、第一このことを知ったのだってウィルからだ」




泣きそうな声で俺は答える




「嘘をつくな、このユダヤ人め...!だったらその証拠を見せろよ!」




ないものの証明なんてできるわけがない




あまりにも無茶振りすぎる




「あんた達、どうしてザックが犯人だって決めつけるのよ、それこそ証拠がないじゃない」




アイシャが言う




「そうさ、現に俺が迎えに行った時ザックは家にいたし、家から出たような足跡もなかった。それは言いがかりが過ぎるんじゃあねぇのか、ダン」




ソーダそ、ソーダ、もっと言ってやれ




「で、でもヨォ、こいつ以外にベンに恨みがある奴なんて考えられねぇぜ」




ベンは少し落ち着きを取り戻したのか




俺の胸クラを離してそう言う




「大体、俺がベンを殺せるのような男なわけがないだろ...!殺せるくらいならもっと前から殺してるぜ、全く」




あー、自分で言うのがまた情けねぇ




「それはそうだな、うん、確かにそうだ」




ダンは少し納得したように俺を見る




「じゃあ一体、誰がベンを殺したんだ」




聴き慣れない声がした




リュウ・アラガミだ




「ザックの野郎も殺してねぇ、俺たちもヤッテねぇ、だったら一体誰が殺したって言うんだ」




その通りだ、全くその通りだ




「悩んでいるようだねぇ、少年達、それは実にいい傾向だ、悩むことで「ココロ」は成長する。だが君たちはあまりにも未熟だ、緑色のイチゴみたいにね」




「誰だ、おっさん」




ウィルが冷静に突っ込む




「すまない、私としたことが申し遅れた、私の名はシュゼル・ライプチヒ、ここドイツでティマックとの使節士をしている」






「どうしてティマックの人間がこんな田舎にいるんだ」




訝しげにダンは聞いた




アイシャが答えようとすると、それを遮るかのようにシュゼルは話し始めた




「そんな事は、今どうでもいい事だ、気にはならないかね、ベン・シュミットが抜け殻になったことを」




「何か知っているのか、あんた」




リュウが鋭い目つきで聞く




「おー、怖いねぇ、リュウ・アラガミ。あぁ、君たちよりはね、多くか少なくかは知っているとも」




そう言うとシュゼルと言う男は話し始めた




「まず、はじめに、ベン・シュミットは死んではいない」




みんながどよめきだす




驚きと安堵が入り混じる




「彼は「ココロ」が奪われたのだ、恋なんかじゃない、もっと物質的にね、つまり心臓を抜き取られたのさ、「精霊」と一緒にね」




「どう言うことだよ、それは、意味が変わらない、精霊と心臓を抜き取る?できる訳が無い、そんなこと」




ウィルは少し大きな声でそう言う




「いい視点だ、ウィリアム・ザール。それができるんだよ、我々、ティマック人はね」




「どう言うことなの」




アイシャが聞き返す




「答えてあげよう、アイシャ・スレイマン。我々、ティマックが信仰を捨てた事は有名だろう。その過程で我々は信仰というものの真理に到達したのさ。この結果、我々は何ができるようになったと思う?」




沈黙が這う




「まさか、精霊の人工的に呼ぶ事?」




無意識のうちに声が出た




「イグザクトリー、ザック・サーモス。さすが、勘の良さはお父様譲りかな」




「そう、我々は精霊を、ひいては「ココロ」を人工的に作り出すという理論を打ち立てたのさ。でもこれは机上の空想に過ぎず、仮説でしかない。これを実証するにはデータが必要だった。そのために私はここドイツにきてデータをあつめ本国に送るという仕事をしていたのさ」






「つ、つまりそれがどう関係するんだよ、べんと」




ダンがきく




「せっかちだなぁ、ダン・ダートン、まあ結論から話すとね、我々ティマックは二極化しつつあるんだ。倫理に重きを置き「ココロ」は人間固有のものと見なす派閥「セルバン」と、「ココロ」さえも作り出し、その手中に納め、探究のためなら倫理を度外視することすら厭わない派閥「フラム」の二つにね」




「おっさんはどっちなんだよ」




リュウが質問する、珍しくよく喋る日だ




「もちろん私は前者だよ、そうでなければミヨシロには入国すら出来ないしね。まぁ、ティマック人として「ココロ」と「精霊」という概念には大変興味があるがね、それは置いておこう。勘のいい君たちならすでに気付いていると思うが、ベン少年をこのような状態にしたのは「フラム」の連中と見てまず間違い無いだろう」




「じゃあ、ベンは元に戻るのか?」




リュウが聞く




「あぁ、理論上では「ココロ」が戻ればいつもと変わらない、元気なベン少年に戻るはずだよ」




戻るのかよ、結局俺はまたいじめられるのかもしれないのかよ




「どうすれば「ココロ」を取り戻せるんだ」




ダンがきく




「きっとベン君の「ココロ」はフラムの研究室にあるはずだよ、流石に奴らとて研究者の一人、実験材料をむげには扱わないさ、でも急がないとベン君の「ココロ」は全く別の「何か」に変えられるかもしれない。そうなるとベン君は帰らぬ人となるだろう」




「ど、どうすりゃ、マティックに行けるんだ」




ダンが聞く




「なぁに、忘れたのかい、私は人工科学王国のティマック人、科学で国を築いた民族だよ、君たちを連れてティマックに行くことなんてほんの10秒あればできるさ、なんて言っても我々にはテクノロジーがあるからね」






「おい、待ってくれよ、そんなのを信じろってか?それにそんな情報他の人間に聞かれちゃまずいんじゃ無いのか」




ウィルが口を開いた




「本当に聡い子だ、ウィル、周りを見てご覧」




やけに静かだと思ったら




辺りにいる大人や他動物、植物さえも、時を奪われたかのように静止していた




「ど、どうなってるの」




アイシャが息を漏らす




「ちょちょいと、生物の「ココロ」をいじってやったのさ」




シュゼルは得意げに答える




「それはあんたらの方針に反するんじゃ無いのか、ココロに手をかける事はよ」




リュウが問い詰める




「このくらいなら許されているのだよ、それにこのくらい出来ないと我々が信仰を捨て恩寵を剥奪されたかいが無いってもんさ」




「ほ、本当に行くのか」




こんな時に弱音をはいちまう、俺の弱虫はかなり手強い




「シカっとしなさい、ザック、お父さんに会いに行くんでしょ、それにどうせ行く予定だったんだから都合がいいじゃない、ベンには悪いけどね」




「そうさ、ベンの心臓を取り戻して、お前の父さんにあって帰ってこよう。「大人」になった俺たちの初めての冒険みたいでココロが踊るじゃあないか、ザック」




ウィルが生き生きと話す






「お前達も来るのか?」




リュウとダンに俺は聞く




「「行くに決まってるだろ」」




二人は声を揃えてそう答えた




「青春じゃあないか、全く」




シュゼルはそういうと




「準備はいいかね、少年少女よ、これよりティマック南部セルバンに向かう、なおこれからのことは他言することのないよう頼むよ、それでは、起動」




ギョーーーーーーーーン




聴き慣れない音が響く






青い光が足元から立ち上がってきた




「う、うわああああああああ」




ダンが叫ぶ




なんとダンの足がボロボロと土塊のように崩れ、光と共に空へ舞い上がっている




「安心したまえ、一度分子に体を分解し光に乗せて転送を行っているだけだよ。なんら危険なことはない。いや、でも「ココロ」だけは強く持っていたまえ、転送の途中で話してしまうとベンくんのように抜け殻だけがティマックに行ってしまうからね」




お茶目に笑ってジョークをいうシュゼル




冗談じゃない、そんなこと、あー、行くなんて言わなければよかった、最悪だ、死んじまうかもしれないなんて




俺の体の崩壊が始まった




くすぐったい感じだ




でも案外悪くはないな




やがて体は分解が終わり




俺は光になった




意識がだんだん遠のいていく




まるで母の隣で眠りに落ちるみたいにゆっくりと暖かく、安心して




はっ!!??




目が覚めるとそこには見知らぬ天井があった




「バイタル 血圧 ココロ 身体機能 オールグリーン」




電子音のような声が聞こえる




「オハヨウゴザイマス、アイザック・サーモス様」




な、なんだ




「現在のマス・ティマックの天候は晴れ、気温は24度、湿度は71パーセントとなっております」




頭に直接響いてくる




「これよりチュートリアルに入ります。終わり次第皆様と合流となりますので、ごゆるりとおくつろぎながらお聞きください」




説明者の声に命が宿ってきた気がした




まだ意識が曖昧なのだろうか




どうやら、無事ティマックについたようだ




話によればみんなも無事だ




右手にはめた指輪を撫でながら、俺はチュートリアルと呼ばれる説明を聴き始めた




「ココロ」は不思議と落ち着いてい

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リヴ・フォーエヴァー 高槻 ソウ @Takatuki_so

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