第5話 精霊の儀

「わー、流石に人が多いわね」




アイシャが呟く




「今年の精霊祭は大体120人くらいらしいぜ」




ウィルが答える




「はい、精霊の儀出席の皆様、こちらにお並びください。準備が出来次第入場となります」




俺たちは大きな洞窟の前に並ばされた




中は暗くよく見えない




どこか神聖な雰囲気のする洞窟だ




思わず見惚れてしまう




「もうだいぶ集まってるんだな」




「そうね、あ、ほらザック、そんな所に突っ立ってないで早くこっちに来なさいよ、「お と な」なんだから、ほら」




「あーー、もうわかってるって」




ウィルに負けず劣らずアイシャも相当なお節介焼きだ、めんどくセー




「おいおいおいおい、知れた名前が聞こえてきたと思えば、イーザックじゃなぇか、おい」




ウげぇ、嫌な声だ。ここにきてまさか遭遇するとは、夢くらいにしか思わなかったぜ。




「全く、あんたたちも懲りないわねぇ、こんな弱虫いじめて何が楽しいのよ」




アイシャが鋭い視線を向けてそう言う。あれ?俺もディスられてる??




「楽しいも何も、こいつは「混じり血」だぜ?なにがあるかわからねぇ、きっと神様だってこいつを認めたりはしねぇさ、いくら信仰しようがこいつはな」




そう、その通り、今きた奴こそあの「ベン」だ、いじめっ子の




「な、何をしにわざわざ俺のとこに来たんだよ、用がないなら早く列に戻れよ」




「成人して言うようになってんじゃあねぇぞ、これが終わったらまた遊んでやるよ、次は羊とセックスでもするか??」




本当に恐ろしい奴だ、人間の考えることじゃあない、きっとこいつは悪魔か何かだ




「おい、ベン、また股間を潰されたいのか?用がないならさっさと戻れよ」




こ、怖えーーーーーー、そんな顔すんなよウィル、俺がちびっちまうぜ




「ウィ、ウィル!昨日はよくもやってくれたな、絶対にいつかケジメを付けさせてもらうぜ」




ベンは少したじろぎながらそう言った




「ベン、行こう、こいつらなんか相手にするだけ時間の無駄だ」




「あぁ、そうだな、その通りだ、行こうぜお前ら」




ベンとリュウ達、イジっこ集団は後ろの方に行ってしまった




リュウの仲裁がなければウィルとベンは一触即発だったかも知れない




リュウ・アラガミ




彼は10の時に獣海から越してきた東洋人だ




身長は170前後




黒髪で黒い目をした男だ




物静かで社交的とは言えない




ベンが俺をいじめている時決まって近くにいる




特に手は出してこないが助けもしない




そんな奴だ




いじめられている俺をみる目は酷く冷たく、黒曜石のように無機質な物に思えた




どこか人を寄せ付けない壁のようなものを感じささせる雰囲気を放っている




ウィルとは犬猿の中のようで




喧嘩こそしないが二人の間にはただならぬ不仲感を感じる






「おい、ザック、お前はもっとベンにはっきり言ってやれよ、そんなんだからいじめられるんだぜ」






ウィルは容赦無く俺に言った




「わかってるさ、そんなこと、でも、あいつを前にすると声が出なくなる、「ココロ」が小さくしぼんでいくんだ、風船みたいによ」




「情けない男ねぇ、あんたってやつは、次あんたがいじめられたら、私もベンと一緒にザックをいじめようかしら」




アイシャがとんでもないことを言い出す




その時




「準備が整いましたので、皆様、順に入場し、席にお座りください」




さっきの声と同じ声が洞窟の中から響いてきた




「行こう」




俺はそう言って洞窟の中に入った




それにウィルとアイシャも続いた




洞窟に入るとそこにはありえない光景が広がっていた




「う、嘘だろ」




ウィルは驚きを隠せない




「ありえない、どうして、こんな」




アイシャもだ




なんと洞窟の中は豪華絢爛に彩られた教会だったのだ




果てしない高さの天井からは太陽の光にも似た暖かさをもつ光が注ぎ




赤赤とした絨毯の上には100列ほどの席が設けられていた




何より、俺たちの目を奪ったのは




正面にある意味のわからない大きさの棺桶だった




その棺桶は石でできているような艶やかな質感を放ち、淵は金で装飾されていた




まるでその場所から元来あったような神聖な雰囲気を醸し出している






「皆のもの、静粛にしたまえ、御前であるぞ」




しゃがれた声が響き渡る




驚きの声で溢れていた洞窟は一瞬のうちに静寂に包めれた




いや、声が出せなくなった、と言う方が正しいだろうか






「いやはや、声を荒げてしまってすまなかった、どうか許してほしい」




その声に緊張を解されたかのように場の空気が暖かくなった




全員が着席すると、先ほどの声の老人が正面にゆっくりと歩き出してきた




「ごほん、失礼、声の調子が悪くてね」




そう言うとその、全身白いローブを被り、白髪の老人は話し始めた




「私はベーメル・カエサル、この教会の神父として神に奉仕させてもらっている。まぁ、前置きは無しとして、本題に入ろう、まず、おめでとう、君たちは晴れて今日より16歳を迎え大人となった訳だ。「心」より祝いの言葉を送りたい。君たちは「精霊」とはなんだと思う?私は精霊とは「ココロ」だと思っている。それは私を強くしてくれる、神からの恩寵のような物だと。君たちは私の質問に対し「精霊」をなんだと思ったかね。もしかしたら私と同じように考えた子もいるだろう、またそうでないことを考えた子もいるだろう。それでいいのだ、いや、そうでなくてはならないのだ。「精霊」とは君たちの写身となる物だ、そう私は思う。その考えを、君たち自身の精霊を、ゆめ忘れぬようにしてもらいた。これから君たちには、この正面に居られる御神体に触れてもらう、私が名前を呼ぶので呼ばれたら歩いて向かってほしい。呼ばれるまでは目を瞑り、己の「精霊」を形作ることをお勧めしよう。いや、そうするほかないのではあるがな。ほほほ」




カエサル神父が話を終えると無機質な声が天井から聞こえてきた




入場のときの声と同じだ




「今から精霊の儀を取り行わせていただきます。皆様、目を瞑り、順次カエサル様より名前が呼ばれるのをお待ちください」




その放送を聞き終えると俺は目を瞑った




俺の思う「精霊」はどんな物だろうか




いや、そもそも物なのだろうか




ただ一つ言えることは




「精霊」とは力であり俺を「男」にするものではない




と言うことだ




これは俺の問題であり、俺自身が自分を乗り越える必要があると、そう考える




じゃあ「精霊」ってのはどんなものであるべきなのだろうか




多分きっと、「精霊」ってのは「運命に抗う力」なんだ




運命ってのは自分の力じゃあどうしようもない




だから精霊を授かるんだ、運命に抗うために




「アイザック・サーモス」




俺の名前が呼ばれた




その瞬間、何かに重く引っ張られていたかのような瞼が勢いよく開いた




眼球を暖かな光が包む




「ヒャいっ」




思わず変な声が出てしまった




だがその場に俺を笑う声はなかった




あるのは静かな静寂だけだ




神父は目配せをした、ついて来い、と言っているようだった




「御神体」と呼ばれる棺桶に真っ直ぐと続く人の列が二列できていた




神父と同じ服を着た人間の列だ、いや、生きているのかも判断しかねる、整然とした無機質なものだ




その人達の表情は白い布のベールで隠れて見ることができなかった




歩くこと3分、ずいぶん奥まで来た気がする




「まず、そこの水を体に浴び、心身を清めなさい」




神父の言われるままに俺は金の桶の中にある水を頭から被った






何をしてるんだ、俺は




そうは思ったが当たり前かのように俺は水をかぶる動作をおこなった




水は冷たくも暖かくもなく不思議な感覚だった




驚いたことに髪も服も全く濡れておらず、浴びた水も桶もどこかへ消えていた




清め終わったのを確認した神父は俺を「御神体」のもとへ案内した




真っ暗でよく見えないがそこには確かに絶対的な壁のように「それ」が存在していた




俺は何を言われるまでもなくその壁のような御神体の側面に触れた




その瞬間、辺り一面に雪が降り始め、気づいた頃には俺は見知らぬ街の一角に立っていた




どこだここは



「                 」


声が出ない


まあ、俺一人だ、大した問題じゃあない



静かな街だ、人の気配がしない、でもどこか俺を安心させる、そんな街だ




しばらく歩いていると、微かに泣き声が聞こえてきた、赤ん坊のそれのようなものだ




面倒だと思い、その声から遠ざかろうと俺は路地を右に曲がった




だが泣き声はだんだん鮮明になってくる




俺はきた道を引き返した




それでもなお、泣き声は大きくなる




歩いてきた道を戻っていた俺は一度も通っていない広場に出た



広場と言うには少し狭く、人が20にはいるか入らないかのほどの大きさの広場だ



そこには大きなテーブルがあり、その四角に蝋燭が灯してある




テーブルの上には丁度赤ん坊のような大きさの「何か」が泣いてた




蝋燭の灯火に照らされて「何か」はそこにいた




何に絶望して泣いているのだろう




何が哀しくて泣いているのだろう




俺にはわかる気がした




きっと自分の非力さに泣いているのだ




俺はゆっくりとその「何か」に手を伸ばした




そのとき、「何か」は一瞬だけ泣き止み、俺の右の指先を握った




酷く冷たい掌だった




「何か」は俺の指を離すと今までより何百倍も大きな声でで泣き始めた




俺は思わず両手で耳を塞ごうとした




それでも泣き声は響いてくる




俺は違和感に気がついた




右手が、「何か」に握られていた右の指先からだんだん雪みたいに溶け始めていた




「うっうわああああああああ」




こ、声が出た




それと同時に俺は倒れ込んだ




気づいたとき、俺は暖かく柔らかいものに包まれていた




目を開けると見慣れた天井があった




「な、なんだったんだ、これは」




意識がはっきりすると俺は右手をみた




何もない




普通の俺の右手があるだけだった




他の体にも異常はない




いや、股間に違和感を感じた




おう、なんてこった




夢精していた












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