第2話 父
「お父さんはね、数学者なの」
母さんは何かを思い出すかのように暖炉の火をぼんやりと眺めてそういった。
「あぁ、知ってるよ。唯一それだけはね」
俺はぶっきら棒に返事をした。
「そして今、お父さんはマス・ティマックで研究員として働いているわ。」
一瞬聞き間違いかと思った。マス・ティマックと母さんは言ったのだろうか。
「え、じょ、冗談だよね? 父さんが? ありえないよ、だってティマックって言ったら、世界最大の科学国じゃないか。そんなところで父さんが??」
マス・ティマック
それは世界最大の人工科学王朝であり、神聖精霊連邦ミヨシロ、獣海、と並ぶ三大勢力のうちの一つだ。
現国王アー・イジェンスはその類稀なる統率力でアメリカ、カナダを滅ぼし、堅牢の守りを固めている絶対不可侵の国を築いた。唯一の信仰を持たない国であり、噂では真理に触れ、神から加護を剥奪されたともある。
現在は鎖国状態にあり同盟国としか交易を行っておらずその全貌は謎に包まれており、ここミヨシロ領ドイツの片田舎にはティマックの情報なんて入ってくる訳もなく、風が噂するくらいだ。
「本当よ、11年前、丁度あなたが生まれた日の夜、お父さんはティマックに呼ばれたの。
確か、信仰の数値化とその再現の研究内容が似たものがあり協力を、とかなんとか。
その後1、2年に1回あるかないかで電話をしてきたわ。いつも開口一番に、ザックは元気か?!って聞くのよ。
それでツイさっき、5年ぶりに電話があったの。
あなたの成人へのお祝いを送るから、ですって。
ザックも大きくなったし、そろそろ話す頃だと感じていたわ。
いつかお父さんに会ったら今話したことは内緒よ、彼、謎めいた父でいたい、だなんて言って口止めしてるの、私があなたに話すのを。意外とお茶目っでしょ?」
あー最高だ、全然内容が入ってこない。
明日から精霊式だってのに思わぬ衝撃の事実だ。
「どうして母さんは父さんと一緒に行かなかったの? 」
「行かなかったわ。なぜって、それはね、ここドイツはお父さんとお母さんが生まれ育ったところなの。だからお父さんがここで育って欲しいってことで住むのを決めたの。お父さんとウィルのお父さんは幼なじみなのよ。あなたたちは昔のお父さん達にすごく似ているわ」
「え、ウィルのお父さんと幼なじみ?!それも初耳だよ。お父さんはどんな人だった?」
「ザックみたいに強い子だったわよ、頭も良くて、よくウィルのお父さんと大人をからかって逃げ回っていたわ」
「へぇぇ、他には??どんなことをしてたの??」
「えっとね、後はお父さんが精霊をいただいた後どうしても自分から出せなくて四日くらいずっと泣きべそかいていたこととか? あ、ほら、ザック、明日かイジンセでしょ。早寝しないと神様からバチを当てられて「精霊」を頂けなくなってしまうわよ」
豚のクソ塗れ以上のバチなんてあるもんか、と言いたかったがたしかに「精霊」を頂けないとなると俺は確実に、絶対にいじめられっ子のまんまだ。「ココロ」が弱いままだ。
絶対にそんなのは嫌だってもんだ。
精霊式が終わってもっと父さんのことを聞こう。
そう思った。
まだ心臓が鼓動を目にまで寄せてくる。初めて聞いた父の話はとても新鮮で、俺は父がどんな人か想像を膨らませた。
「ちぇ、わかったよ。その代わり帰ってきたら話を聞かせてね、父さんの話を」
「お父さんとの馴れ初めの話でも聞かせてあげようかしらね。おやすみ、ザック」
「おやすみ、お母さん」
ベッドに入っても興奮が治らなかった。
父さんはどんな人だろうか。
ティマックで何をしているのだろうか。
信仰の数値?
正直意味がわからない。
あー、気になるぜ、全く。
だけど俺は寝なきゃいけない。
明日から精霊式だ、丸一日あるらしい、相当きついと聞く。
俺は生きて帰ってこれるのだろうか。
精霊が現れなかったらどうしよう。たまにお祈りを忘れたりしてるし十分にありうる。
あー、ウィルにうんこ投げなきゃ良かったぜ。バチが当たっちまうぜ。このままだとよ。
そんな不安でまた目が覚める。
クー、情けない、自分に自信が持てない情けなさって言ったらそりゃあもう、女の子にこのヒョロヒョロの毛のない裸を見られるくらい情けないぜ。
仕方なく俺はズボンを下ろし自慰をした
早く終わらせようと思ったがその必要はなかった。そう思った時既に行動は終わっていた。
紙で拭うと栗の花の匂いが豚の糞の匂いと混ざってなんとも言えない気分になった。
はて、なんで俺は自慰行為なんてしたんだろう。
疲れがどっときた、なんかもうどうでも良くなって俺は眠りについた。
風がざわつく夜だった。
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