リヴ・フォーエヴァー

高槻 ソウ

第1話 始まり


俺の名前はアイザック・サーモス。


父はそこそこ名の知れた数学者らしい。


母はそれ以外の父のことを俺に話してはくれなかった。それ以上のことを俺は知りたくもなかった。


物心ついたころから母と2人でドイツのラウフという街で暮らしている。


なんの変哲もないただのど田舎だ。


昼から酒を飲む警察がいて、鼻水を垂らしたクソガキが木の枝で猫を殴っている、そんな街だ。


俺は小さい頃からドイツ語を喋るジャガイモどもに苛められている。


ドイツ人どもは人の名前も正しく読めないのか、俺のことをイーザック、イーザックとまるで自分の言語が絶対であるかのように呼ぶ。実に腹立たしいことだ。


今日も豚小屋に投げ入れられ、顔面クソ塗れだ。


奴らは加減というものをしらない。まるでクソのような奴らだ。


豚のクソの匂いは夕食の時までとれなかった。


おかげで母さんの手料理に嫌に食が進まず、母さんの機嫌を損ねてしまったのだろうか。少し陰りのある何か言いたげな表情をしている。ついてない日だ。


もしあの時、俺が豚小屋に投げ飛ばされた時、ウィリアム・ザールが来なければ、俺は豚とセックスまでさせられていただろう。初めてが豚だなんて、そんなことはまっぴらごめんだ。


「ぐぁっ…んんんんんん…くっそ…ザックの野郎…きっとウィルに媚び打ってやがるぜ…あんな奴の肩を持つなんてウィルもどうかしてるぜ…イッテェー…」


いじめっこ集団がウィルの容赦のない蹴りにたじろいだ。


ベン・シュミットはウィルに蹴り上げられた金玉を左手で押さえながら、俺に唾を吐いた。俺は流石に頭にきて何がベンの奴をギャフンと言わせたかった


。俺にはユダヤの血が流れていることからベンは俺のことをジャウザックとからかう。イーザックと呼ばれるより腹立たしいことだ。まるで自分だけでなく母さんや、顔も知らぬ父、ましてや自分の先祖までも侮辱されたような気がするのだ。


そんな風にからかわれることが頭にきて、泣いてしまう。そうさ、俺は弱虫な男なんだ。


鍛冶屋の息子であるベンがやられたことで、いじめっこ集団は少しつまらなそうに奴を抱えて帰っていった。あいつらに石でも投げられたらよかったのに。あろうことか俺の悔し涙を豚の尿だとか言って背を向けやがる。


奴らが帰っていくのを横で見守っていたウィルが俺にハンカチをよこした。


「ザック、今回はお前の勝ちだぜ?あいつらは手を出したがお前は手を出さなかった。真の男ってのは無闇な争いはしねぇのさ。俺はお前を誇りに思うぜ。ザック。」


ウィルはそう俺にいうと豚のクソを匂うかのように鼻を摘んだ。


「それにしてもひでぇ匂いだな、ハハ、風呂に入るまでは俺に近づくなよ?」


その言葉に俺は幾分救われた、涙だって止まった。親友のありがたみを感じる。


「ってめぇ、ダチに向かってなんて事言いやがる!!くらえっ!!」


俺は手についていた豚のクソをウィルに投げつけた。


豚のクソは直線上を駆け抜けて、ウィルのケツにぶち当たるように思えた。いや、そうなるはずだった。


しかし、ウィルはまるでケツに鼻でも付いていたかのように、すっと、横に避けたのだ。


あー、ムカつくぜ、親友に助けてもらって、恩をクソで返した挙句、それを綺麗に避けられたとあっちゃあ、自分の情けなさにまた涙が出てくる。


「ったく、お前の行動はバレバレなんだよ。早く家に帰って風呂に入ってこいよ」


そう言われて、結局俺は泣きながら、クソ塗れで家にたどり着いた。日が傾き始めた頃だった。


すると母さんは誰かと電話をしていた。


「えぇ、はい、ですから。アイザックは強い子に育っています。はい。」


強い子だって?


田舎のクソガキにクソまみれにされ、親友の助けも素直に受け取れない俺が?本当に嫌になるぜ、母さんの優しさも、親友の優しさにも応えられない自分がだ。


その夜、母さんから話があった。


「ザック、あなたに大事な話があるの、ちゃんと聞いてね。」


やはりな。母さんの憂いのある表情からなんとなく嫌な予感がした。豚小屋に投げ飛ばさる予感じゃない、きっと、もっと何か予想もできない、という意味の嫌な予感だ。


「どうしたの?母さん。」


何も気にしていないかのように、いつものように俺は返事をした。


「あなたは明日イジンセを迎えるでしょ。だからあなたには話しておこうと思って。お父さんのことを。」


イジンセとは16歳になる男女が神様の加護である精霊を享受するしきたりの事で、今は精霊式、精霊祭などと呼ばれている。主に信仰国であるミヨシロ、一部獣海などで盛んに行われている成人の儀式である。


「と、父さん、、、?」


思わぬ人物に俺は出かかっていた鼻水を盛大に飲み込んでしまった。





これは俺が子供から大人になるべき運命を辿る物語である。身体的、というわけではない、心、という意味で俺が男になる物語だ

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