第四十七話 脇目を振りながら走る

 白く、骨のような眼色が睨む中、七海は走り続ける。


 思わず息を飲んだ……暴動者の髪の鎖骨や肩のあたりで丸まりは、私と何ら変わらないように見えた。

 脇目を振りながら、見てしまいながら。

 残り少ないかもしれない人生を走る。



 私は、恐ろしい世界を走っている。

 愛花の背中を睨むから、せめてなんとか、走っていられる。

 なんだかんだといっても、癒し成分だった。

 前には夢呼、真弓、愛花と……はは、なんだか集団登校のような。

 小学生の頃は、そういえばこの四人とじゃあないけれど。

 



 ―――置いていくの?


 

 聞こえた声ではない。

 私の鼓膜には何も届いていない。

 そう言われはしなかったけれど、会場内の、ちゃんと人だった人が。

 そういう意思を持っているように見えた。


 暴動者の明確な悪意……ではない。

 このまま音楽に携わっていれば、親密な友人に、とまではいかないまでも温かい声をかけてくれただろう、そんな人たちが。

 今この会場内で、人を襲っている。

 見てしまう……見てもどうしようもない、事実があっても。

 その手が絶対に届かない位置まで、私は走る。


「……」


 ―――私は死んだよ。


「……そう」

 

 目を合わせないように駆け抜けた。


 つまり抜け駆けでもする、私はそうする。

 一人で逃げる。

 逃げた先で夢呼と落ち合えるなら、私はそこに向かう、だけ……!


 生き残るために、走る。

 私は今、ここで四人で、いることが好きで、誰でもは好きになれない。

 誰でもは好きにならない。

 

 誰でもとは親しく、なれなかった。

 誰とでも音楽はやれない。

 あの頃、どうなるかわからなかったけれど……、この四人になった。

 いろんなものを目にした。

 たくさんの人に色んなことを言われた。

 いろんな脇目を―――振っていた。



 夢呼の背中を追う。

 こういうことがあったからとか。

 こう言われたから、とかは、結局のところ、なかったけれど。


 夢呼がいないと駄目な私になっていた。

 いつの間にか。


 こんな人の代わりになる人は、いないんだ。

 男にだって―――いない。

 会えて良かった。

 今日、私がこのあと、どうなっても……!



 ―――———



 恐怖のはざまを走る。

 今。

 走る先にも暴動者がいて、バラバラの視点を持っていた。

 恐怖が臨界点に達して、思わず見上げる。

 ライブハウスの、無骨な天井を見上げる。



 丸いライトが散っていた。

 この会場内では、人々よりも、そういった機器のほうが温かみを感じる

 照明が星空のようですら、ある。

 リハーサルの時と変わらずの無表情な光が、この会場内で最も健康に見えるから不思議なものね。 


 この道を走る。

 夢呼のそばにいる。

 今、たくさんのノイズで背中があまり見えないけれど、それほど怖さはない。

 走り続ければ、また顔を見れる、会える。

 安全な場所に出てから……!



 ―――ひとりにしないで


 見上げたのは白い眼を恐れたからだ。

 白い眼に対し、優しくする自分。

 それが恐ろしい。


さびしいんだね」


 悪意のある、ではない。

 むしろ愛を求めているように見えた。

 ただ……あなたは私の視界の外にいてほしい。

 独りというわけでもないでしょう。

 この会場の暴動者たち。


「……あなたが独りで死んでいるわけでは、ない」  


 ないから。

 私には、それしか……それ以上の言葉はかけられない。



 私はまた新しい曲を弾くから……まだ全然やれてないのが、残っているから。

 走って、生きる!

 まだまだ、追いつけていない―――夢呼には!

 

 それで許してほしい?

 皆のためになるから……ってこと?

 ううん。

 私だ……わたし、わたし。

 私には、夢呼が必要。


 長生きしたいんじゃない。

 夢呼と会えたから幸せなんだ。

 生まれてきたことが嬉しいの。

 人を好きになれた。

 そんな七海じぶんになれた!

 二十年生きようが八十年生きようが、一緒だ。

 夢呼に会えない女は、可哀想な女だ。



 私はYAM7やむななのベースをやっている。

 ベーシストだ……正義の味方ではない。

 強い女でも……なかった。

 仲良くなれなかった人もいる。

 

 男子ひとを好きになろうとしたこともある。

 その想いが、でも、夢呼には、結局かき消された。

 他の何かを、選べたかもしれない。

 夢呼以外の誰だかを。

 でも夢呼と会って―――ちゃんと過ごしたい。

 

 揺れる、死人の腕がそでを掠める。


「っ!」


 たくさんの腕が、背後に遠のいていく。

 この後どんなことがあろうと―――私は夢呼と会えたことが、そんな生き方を出来たことが嬉しい。

 

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