第四十六話 七海、出会った頃 3


 振り返れば、一番最初の頃は、真弓と話してばかりだった。

 

 夢呼と比べれば口数は少なく、何を考えているのかわからない節があった真弓。

 こんなに出来る子だとは、思わなかった。

 学校の授業以外では、楽器に触れたことがない。と言っていたけれど―――そこに嘘はないようで。

 

 それを変えたのは練習量なのだろう……と思う。

 指が痛くなるはずのライン。

 それを超えてからの継続が、つまり……終わらない。



 普通の人が「指が痛い」と訴えはじめる時期からの、練習の継続が凄まじい。

 一度そのことが気になって訊ねたんだけれど、真弓も、正直に、というか……指は痛いと言っていた。


「まあ、痛いよ……。 ただ、抜き手の時のほうが痛いことは痛い」


 ぬきて、というのが何なのか、結局あれから調べていないけれど。

 生来せいらい、我慢強い子なんじゃあないかなあ、とその時はそれだけ思って、留めた。



 表情は必死さがあった―――そういうところは夢呼とは真逆で。

 それを言っても仕方がないけれど、どうしても夢呼と仲良くなれないところがあった。

 


 兎にも角にも、音楽経験はないというのは本当だったらしくて。

 私も教えることや思い出さなきゃならないことの量は多く、でも苦労は少なかった。

 嫌では、なかった。

 なんとなく身を寄せた私だけれど、でも思った以上に良い影響を受けた。

 

 

 真弓は、つまり……凄まじい天才では、なかった。

 それでも、フィジカル面の強さは、ふとした瞬間に何度も感じられた。

 そして、その曲に対しての熱意。

 熱意だろう、と……思うけれど。

 いや、わからない。

 ……真弓のことを、今もわからない。

 すべて知ったわけではないし……すべてを知れるのは、おかしいことだよね。

 例えば同じバンドに所属できても。


「ふ、くっくく……!」


 真弓はたまに。

 ギターを持って、笑う……楽器を見て微笑むんだけど。


「下手だ、とても下手だ……難しいなあ、これ」


 そんなことを呟いている。

 とても嬉しそうに―――笑って、言う。

 赤ん坊を抱きかかえている様子にも見える。

 不思議な子だ。

 下手って、そんなことないよ。


「そんなことないよ……ま、びっくりよ。ここまでできるヒトなんて思わなくて」


 真弓は聞いてるんだか聞いていないんだかわからない笑みを浮かべていた。



 楽器をこれでもかと睨みながら、「出来た」「うまくなった」と。

 自分に言い聞かせているように見えた。

 今までの、現状の自分ではいられない。

 脱出したいとでもいうような。

 いや逃げ出したいとでもいうような。



 そんな真弓のことを気にかけている日々。

 ……まあ、夢呼を心配することはあまりないし。

 心配してもまるで意味をなさないのです。

 気が付いたら消えて、どこかで何かしているときが多かったというのもあるし



 こうして、人に教える側なんかに立っているから、気を張る嬉しさはあったけれど。

 ただ練習という日々だけでもない。

 ただおとなしいだけではいられない。

 夢呼がいる以上、絶対に静かにはならなかったのだ。

 少し苦手なこともできるようにならないといけない、しなくても、夢呼が。

 倉庫の外から走ってきて。


「十日に決まったよ、曲をアップする日がっ!  」


 それって三日後じゃん―――、みたいなことが多い。


「なあに言ってんの! こないだから七海が演奏してるでしょ、実質もう持ち歌なの!」


 私がやっているのはもう、鼻歌みたいなものなんだけれど、つまりちょこっとだけ。



 まただ―――ある程度レベルになるまで、新曲をこなさなければならなく、なった。

 新曲をやると、少し苦手なフレーズは確実にある。

 ……ので、時間が欲しい。


 まあ実際は何日か投稿が遅れて、ネット上のファンたちにごめんなさいしていたりしたけれど。

 なお、当時は本気で必死で待ってくれている人なんていない……いや二人くらいはいたかも、ガチな人……そんな日があったかも。

 実際に高校生バンドを、四人を。

 ……クオリティは粗がありすぎるけれど、カタチ、成り立っているのは注目を引くらしく。

 確かに応援してくれる人は、いた。

 そんな毎日だったので、なんだかんだで上達した演奏。

 上達してしまう演奏。



 あと面倒ごと……だいたい、夢呼なんだけど原因。

 そんなことをしているうちに、私の心配事は……だんだん思い出せなくなっていた。

 指の腹で弦に触れる。

 そうだ……この時間が続くならそれでいい、と思っていた。


 嫌なことがあった。

 つらいこともあった。

 ……はずだった、私は。

 人間だし、悩みあって当然、と大人に言われても、なんだろう―――少し腹が立つだけ。


 けれど、どんどん新しい音に塗りつぶされていった。


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