第四十三話 愛花/真弓 すべてが終わったら


 愛花はすべてが終わった時のことを考える。

 

 すなわち、テーブルでウエイトレスが運んできた料理を囲む時だ。

 皆で、食べよう……美味しい店を探すんだ。

 肉だ。

 お肉でいい、食べよう、徹底的に食べるべきだ。

 ドラムスはカロリーをどれだけとってもいいという法律があるから。

 また演奏しないといけない。

 また通さないといけない。

 納得がいくまで、一曲、通さなければならない……きっとそうなる。 

 だって、今までもそうだった。


 制服を思い出す―――と言っても、もうおぼろげな雰囲気しか浮かばなくなってきた。

 夢呼と、あの頃は、二人だった。

 高校生の時、先生から呼び出し食らわないか冷や冷やしながら、夢呼がメンバー集めていて、YAM7やむななが、完成した。

 四人が揃って、あとで聞いてみたら「二回しか呼び出し食らわずに済んだ、軽傷だぜ」とボーカルは答えた。

 まあ夢呼の人間性については昔から疑っていたから、うん……そう……と私は目を細めた。



 県外のライブハウスに進出した。

 知らないバンドの人に、「良かった」って言われた。

 そもそも演奏になっているかどうか不安だったけど、自分コッチだってそうだよ、と笑われた。

 自分たち以外のバンドが、存在していたんだ……と思った。

 当たり前だった事実。

 だけれど、今まで夢呼とばっかりいたから、そんなのが毎日だったから。

 実感ゼロだった。


 

 その知らないバンドの、異様に目がキラキラした女の子と、ご飯、一緒に行った。

 始めていくところだったけれど、美味しかった。

 美味しいところ取られたなぁYAM7キミたちに、とも言われた。



 小さな頃。

 本当に小さな頃は―――お父さんの倉庫に居た。

 お父さんの昔の仲間の、楽器がケースに入っていた。

 錆びついていて、少し変なにおいがする楽器を、いじっているだけだった私たち。

 それだけで終わらずに未来へつながった。


 何度か、お父さんお母さんの、昔の友達がやってきた。

 

「こら、どうしたんだ愛花」


「いつもはここで練習しているのよ、この子―――でも知らない人が来ると恥ずかしいのね?」


 両親の話を聞き、知らないおじさんが苦笑していた。

 親の古い友人……というか、同じバンドだった人。


「いわば戦友だぞ!」


 ははは、と目は優しげに笑っていたけれど、あたしは怖いと思った―――いや、何を話せばいいかわからなかった。


「ドラムじゃあないけれどね、これが、当時、僕の使っていたものだ―――うっわ懐かしい」


 いいよ、恥ずかしいんだね、と微笑む。

 違う、恥ずかしいんじゃない。

 恥ずかしいんじゃあ、なかった―――この頃の愛花あたしは―――。




 ―――



 真弓はすべてが終わった時のことを考え、腹をくくる。

 今は腹をくくって、駆ける―――。

 

 脚に、とくにすねのあたりに痛みがある。

 戦いはしたものの、格闘はしたものの、度を越せば前に進めなくなる。

 走るなら今———まだ走れる、今。

 


 私はYAM7やむななに入った―――入らされたんだか。

 出来れば普通の生活をしたい、というのはどうやら私には無理なようで。

 そういう星のもとに生まれてきたヤツって、やっぱりいるよ。

 

 

 あの日と同じように、また走っている。

 家から出て……。

 親父に振り回されたあと、どうなった?

 今は夢呼に振り回されている。

 そんなものだ……どうしてこうなった。

 ああ、もう自棄ヤケだ、どうにでもなってくれ。



 死の危険はあっても、もう走るしかない。 

 私だって、死ぬのは怖い―――口に出しはしないが。

 怖いはずだが……。

 生きるほうが……どう、なんだ?

 そういえば、私はそんなに、人生が好きではない。

 生きていれば、楽しいことばかりではないからだ。


 前方で走る夢呼が、暴動者に睨まれていた。


「正直に言うなら」


 睨んだ奴が、こっちを向いた。

 困惑しかできないようで、私は駆けて過ぎる。

 あっさり、危機を置いてきぼりに出来た。


 正直に言うなら、楽しくなんて―――なかった。

 そうだ……こんな事件が起こるよりもずっと前から、そういえばそうだった。

 多くの人間が、その人生がそうであるように。

 

 頭に昇っている血を抜くんだ。

 そこまで怖いか?

 死ぬのって怖いか?

 本当の気持ちか、真弓……日和ひよっているとかそういうの抜きにして。

 死にたくないと心の底から、思っているか?

 そこまで今怖いか……怖がらず、走るんだ。


 脛のあたりの痛みが強い。

 肌がひりつく程度のことなら昔からあったが、今では。

 昔は鍛えていたので、足の皮は厚かった。

 分厚くしたというべきか……楽器も似たようなものだが。

 人体って、そうだ。

 毎日触っているかどうかで、程度は決まるのである。



 敵が来るならば転がすか、とも思った。

 できればそうしたい。

 奴らは両足を引きずるような歩き方をするが……そのことは私にとって、最善ではない。

 奴らが、たとえば中段蹴りをしてくれたほうが、まだありがたいけどな。

 軸足を刈りやすい。

 奴らの身体は遅い……十分に可能だった。


 戦い方に反省はあるだろう。

 突き、蹴り―――要するに空手を使ってくる相手だったほうが、慣れて対応できた。

 襲い掛かってくる暴漢は対策していても、絶対に噛みつこうとする、ああいったタイプは想定していないというか、マイナーだ。

 によって襲われると想定した格闘技ではない―――それは確かだ。



 思ったよりもロスというか、体力勝負になってしまった。

 稽古不足の体に鞭打ったかな。

 どんな格闘家だろうと、攻撃した側にも、蓄積する痛みがある。


 まあ、いいよ―――身体は温まった。

 全部やってやるさ。


 光が、出口が、確かに近づく。



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