第十一話 バンド名を決めるときは大抵グダグダになる 後編
高校時代の私。
のちのYAM7、―――そのギター担当マユミの、精神的立ち位置をここで再度、明らかにしておくとしよう。
その頃は女子になりたかった。
フツーに女子受けするバンドがやりたかった。
なんというか、そうなりたかった。
女子らしくありたい―――過去の自分よりも、華やかな女子女子とした感じの自分になりたかったのが当時の私である。
それはもう、ひたすらなりたかった。
これに関してはそれなりで相応の事情はあるものの、まあ……それは置いておくとして。
ていうか普通の考え方だよな。
だよね……?
その点で言うならのちに丸根マネと出会った頃は、彼に賛同したい点も多かった。
ガールズバンドとしてなんというか、大成したいと。
それで敏腕プロデューサーとして彼が奮闘、成功し、調子に乗ってもよいだろう。
この辺りの私の―――まあ十七才(だったと思う)の心情のあれこれは察していただきたい。
世間のいう、難しい年頃だったのだろう。
本当に難しいのは私以外だとは思うが。
本当に……難しく面倒な人間に絡まれることが多い日々だった。
私は被害者ではあっても加害者ではない。
今でも思う。
それで何で音楽なのか、っていうのにはきっかけもあるのだけれど、思い出したくもないこともある。
手っ取り早く自分を変えるためには打ち込む何かが必要だと思った。
……モテたいから始めたとかじゃあないぞ。
……たぶんね。
あまりそういうのでは、無い。
だがボーカルはそんな私の心情や、顔色もだ―――、意に介せずという様子であった。
思いついたことを言ってみて、それから考えるのがボーカルだった。
顎に指をあてて……推理ものか何かでもやっているのか。
うんうんと唸る。
「バンド名……地獄の……
不穏だ。
本当にバンド名を作ろうとしているのか。
この女にかかれば、いつ
ああ、インパクトだけならあるだろう、インパクトだけなら。
鼓膜の芯までつんざくようなのはいらないんだよ。
鼓膜の芯というのがあるかどうかは知らないが。
兎にも角にも、バンド名である。
私は一応考えてきた候補をいくつか話した。
「『ボトルメール』とかオシャレで良くない?」
ボトルメールに書かれているような、歌詞、歌。
海と言っても、ネットの海だけれど。
ネットサーフィン中に見つかった少し変わった漂着物、みたいな意味で。
ネットサーフィン。
実際活動の場はネット上が中心だった。
それは私たちが演奏するために大きな場所を借りたりすると、なんだかんだお金がかかるという理由もあった。
「ネットの海か。まあそうだけどさ……うちらの主なフィールド」
七海とは、実はネットで知り合ったようなものだ。
夢呼だか愛花が声をかけたらしいが、楽器をやっていて、近くに住んでいる同い年くらいの女子がいたものだから、メッセージ送って。
実際会ってみたら同じ制服を身に着け同じ高校だった―――とつまりこんな事例なのだ。
ベースだけでなくギターも弾けるが最近はベースが好きらしい。
私が一応考えたこの案、他人から聞いた話がヒントのようなものだった。
以前、母親の友人が自宅にやってきて、その時に話していたのを耳にした。
私が幼いころから会ったことがあるおばさんであり。
どうも海か、浜の近くに住んでいる人らしい。
―――波打ち際。
やっぱり木とか、ゴミばかり。
だけれど中にはちょっと驚くようなものもあって。
知ってる?
漂着するものの中には。
たまにだけれど、楽器もあるのよ。
そんなお話を思い出しつつ、私は薦めた。
夢呼はもっとオシャレさがないものを好んだ。
ネットの海の前では中途半端にふんわりしたものはあっという間にかき消されてしまうのさ、などと態度を消さなかった。
「ネットの海のパワーに負ける……海の藻屑だぜ」
散々だな、ボトルメールに謝れ。
あとは、言いはしなかったが言動から色々と伝わってくるものはあった。
自分たちはただネットの片隅で好きな音を鳴らしているだけの子供なのだから、というのが、奴の思考なのだ。
確かに遊んでいるだけ。
その頃はそれだけで、いつ消えてもおかしくない存在だった。
極論、そんなものは―――バンド名は無くてもいいとさえ言っていた。
毎日好きなことをしているだけ。
いつもつるんでいる友達がいたとしても、それらをまとめ呼称するグループ名なんてない。
確かに、そういうものなの……かも。
私はバンド名に大きな意味を込めようとはしていなかった。
なんか、いい感じで……少しいい感じでいいだろう。
それに力を入れるのも、否定しないが特にその頃は時間が残り少なく。
即効性があり、ネットでの活動中に何かしらのインパクトが欲しいと夢呼がメインで考えた結果だった。
夢呼はネットの情報量多すぎる海に埋没することを、これ以上なく嫌っていた。
自分が目立たないと気が済まない性質だ。
自己中心的な意見かと思えば、いや四人だ、四人で目立つのだ前に出るのだということを握りこぶしを肩の高さに掲げ演説した。
そこまでする気持ちは全然湧かない私であった。
「地獄からの歌声とか死霊のなんたらのほうがパワーがあるし、聞いてるヒトたちに覚えてもらえるよ!」
聞いてるヒトたちに憶えてもらうのがそのイメージだと私の青春は粉砕されるんだよ。
私の目指す、なんだか素敵なものが。
本当に……あの眼鏡女の発想は毎度毎度、愚かな男子生徒。という感じである。
まったくもってニガテである。
聞けば夢呼は、兄と弟がいるらしい。
ああ、そう……なんだか納得した……少し。
会議の場所は高校の外になり、途中お菓子など買いつつ駅に移動した。
十代の頃だ、結局、良く喋る四人、そのわりにはなかなか決定しなかったことは予想がつくだろう。
私の案が採用されるかは別として、その行方はわからないとしても。
夢呼が突発的に出すホラー系統の用語は阻止したい。
一方の七海はバンド名を作る時は割と堅実だった。
何やってるのよ、くだらないところで言い争いなんてしないでねと嘆息して(そうだもっと言ってやれ七海)アドバイスする。
すごく常識的でお母さんみたいな雰囲気だった。
堅実というか、当たり前でもあった。
「音楽の言葉から何か取ればいいじゃないの……クレッシェンドとか?」
長い髪が揺れる、耳の辺りをかきあげる仕草。
それがちゃんとさまになっている女子はあまりいないと思う。
当時から男子の注目を集めていたのが七海だった。
いや……あとの二人も黙っていれば決して悪い見た目ではないのだが、色々と幼稚園児じみているので色っぽい話はあまり聞かない。
写真だけとかならまだアリだが、奴らが動くと恋愛対象から外れる。
以前私がそれを愛花に話した(苦言を呈したら)ことがあった。
夢呼も愛花はぷんすかと怒り、反撃してきた。
「ぷんすかだぞ、真弓!」
そのまんま台詞のなかに入れるな、夢呼。
で、愛花も両腰にこぶしを当てて胸を張っている。
息も荒く、非難の眼差しだ。
「そうだゾ真弓ぃ―――『幼稚園児』じゃあないよ! ―――私がむかし行っていたのは、『保育園』だったんだからね!」
ああ……そうかい、そうですか。
あと愛花、張った胸はでかい、あいつ。
なんか胸の下に影あるもん……シルエットあるもん。
七海の話に戻ろう。
女子は他にもたくさんいた、多かったはずだが、いつの間にか見惚れる自分がいた。
本人はそれをどう思っていたかは知らないが、男子とも仲が良さそうだった。
羨ましい―――かは知らないが、黙らされるものがある。
仲がいいかはわからないが距離は近いという噂はあった。
だからこのバンド、続くか?みたいなことは私が勝手に思っていた心配だ。
今は集まっているけれど。
前述したが四人集まるのは稀有だ。
自分も髪は長かったけれど、稽古の時の癖でひたすらポニーテールだったのとはまるで違う雰囲気を醸す。
と、クラスも違ったし、まだこのベーシストとあまり接点がなかった私は思った。
七海は自分の発言を噛みしめ、明るい笑顔になる。
「そうよ。クレッシェンドはいいじゃないのぉ。流石に普通が過ぎるかもしれないけれど。だんだん、こう……成長していくよ、みたいな。成長していくバンドだよって。クレッシェンド」
え、逆になんで誰も音楽の言葉を使おうっていう発想がないの、と困るような照れるような表情になるベーシスト。
ダ・カーボ、フォルテ、ピアノ……他にもいくらでも。
エトセトラ、エトセトラ。
エトセトラって響きはいつか歌詞に入れたいとボーカルがぼやいた。
と、音楽の教科書を見れば誰もが見たことはあるような、そう、用語だ。
親しみを持てるのではないか。
「クレッシェンドって言ったのか、七海……!」
夢呼も目を見開く。
それはナイスだ、と呟いた眼鏡。
おお、そうだよ。そういうちゃんとした健全なバンド、いいじゃん。
四人の中ではおそらくもっとも落ち着きがあるベース担当である。
うわ、ちゃんとした人だ。
夢呼が連れてきた―――(連れて来れたのかよ、出来たのかよあいつに)、ちゃんとした人だ。
真弓視点では少なくともそう思えた―――あの当時はそう思えたのだ、とは真弓の苦悩である。
丸眼鏡女も精神年齢の高い七海の意見にハッとさせられた真剣な表情をしてうーん………と悩んでいる。
やがて口を開く。
「『墓場からのクレッシェンド』……!」
「お前はそっち系から離れんかい!」
この日の私はツッコミを入れるのが仕事だった。
それに終始した。
……情けない。
情けないが、当時の事情もある。
四人の中では新入りなので初期メンバーにはそこまで強く言えないという事情があった。
それに比べるとどうも夢呼と愛花は保育園時代からの付き合いだということらしいが。
アウェイではないが私の陣地が狭いような、そんな力関係である。
この女、もしかしてそういう私の心境をわかってやっているのか?
おちょくっているのか?
「マユミが考えてきた『ボトルメール』とかもアレだね……海に流すペットボトルだろ? 最近、海洋汚染プラスチックの環境問題とかで世間も騒がしいからねェ……」
「そこを……!? ロックバンドのボーカルがそこを! 気にするのか……?」
それ、ペットボトルでもプラスチックでもないぞ。
昔ながらの瓶詰めの印象で考えてきたんだけど、私。
夢呼は腕を組んだまま、うぬう、と唸る。
「環境問題の団体とか偉い人たちの中の、脳味噌が故障しているクレーム野郎が、私たちを非難アンド罵倒する可能性があるしねェ……ここは慎重にいこう」
「ユメコがそー言うならあたし賛成! 海はキレイにね!」
「…………」
議論は白熱したかどうか、わからないが。
本当になんの話かわからなくなる段階までいっていた……。
どうせならもっと過激でインパクトのあるモノにしたいとぼやいていたし喚いていたのだが、メンバーの名前、頭文字を並べようという、至って問題無さそうな意見が出た時、夢呼は少し悩んで賛同した。
「ふむ―――YAM7、やむなな、なら覚えやすいか……なんだか響きが『やむを得ない』と似ていて、それもグッとくるポイントだねェ………よし、バンド名はとりあえずそれでいこう!」
それがどうしてグッとくるポイントなのか私にはずっとわからないが、ウチのボーカルはそれで満足したようだ。
大人しくなってゴーサインを出す。
まあ私も私で、バンドメンバー、ギターとしてそこまで嫌ではなかった。
ええ、はい……ホント、一歩間違えば死霊のレクイエムとかになりそうだったから。
ほっとした。
ひらがなで言ってみた響きはまるっこさを感じる。
これはこれで私の目指す高校生活―――高校生活に限らないが。
こんなことになるとは思いもしなかった、女子バンドだ。
女子バンドになってしまった。
本当に、バンド活動が始まったんだ。
そんな、とある高校生の春であった。
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